不殺の不死王の済世記
笹木さくま/ファミ通文庫
序章 シと出会った夜 その1
死──命あるものには
それは十二歳を迎えたばかりである
「はぁ、はぁ……」
そんなミラの細い体には、まるでカビのような緑色の
最高位の
「お母さん……」
ミラは
だが、彼女の母親が看病に現れる事はなかった。
このエリュトロン王国は人口十万人にも
もちろん、一介の村娘にすぎないミラはそんな事情を知る
「誰か……」
助けを求める少女の元に、他の村人達が駆けつけてくる事もない。
八十人ほどが暮らしていたこのクリオ村は、緑腐病によって
体力のない老人達が
絶望して自害する者も現れるなか、
それも夜空に浮かぶ月が落ち、太陽が顔を出す頃には、ほとんどが冷たくなっているだろう。
「私は……」
発熱と痛みで朦朧とした意識の中で、ミラは弱々しくベッドを
その手に込められていたのは、迫り来る死への恐怖か、それに対して何もできない
自分でも分からぬまま、
「お母さん……?」
ミラは涙を
だが、月光を背に
それどころか人間ですらない。
黒いローブを
ただ、その顔には眼球がなく、鼻がなく、
「あぁ……」
ミラは弱々しく息を吐きながら理解する。ついに冥界へ旅立つ時が来たのだと。
ローブを羽織った動く骸骨。それは巨大な
そのため、骸骨が枕元まで歩み寄ってきても、彼女は恐怖に
「殺して」
ミラは自分でも驚くほど鮮明な声で、この苦痛を終わらせて欲しいと願う。
人間の
けれども、そんなミラの願いを、骸骨は首を横に振って
「申し訳ありませんが、私は二度と人間を殺さないと
白い歯をカタカタと動かしながら、低く落ち着いた男性の声でそう告げる。
「……何で?」
すがりつくように問いかけるミラに、骸骨は何も答えず、彼女の背中に手を回して上半身を起こさせる。
そして、
「飲んでください」
骸骨はそう命じながら小瓶を
逆らう力もなくそれを飲み込むと、骸骨は満足そうに
「これでもう大丈夫です。明日の朝には熱も痛みも消えていますよ」
「えっ!?」
ミラは驚いて大声を上げて、そんな力が残っていた事にまた驚いてしまう。
改めて
ただ、嫌な感じはない。むしろ緑腐病によって蝕まれていた体が、優しい炎で浄化されていくような
「これは……」
「
その瞬間、先程まで迫っていた永遠の眠りとは違う、目覚めの約束された安らかな睡魔が襲いかかってきた。
──どうして、私を助けてくれたんですか?
その問いを口にする
◇
幼い頃、ミラは
皆と一緒に遊べないのは残念だし、家事の手伝いができないのは心苦しいが、とても楽しみな事があったのだ。
「ほら、お薬だよ」
ベッドで横になっているミラの元へ、母親が
中身は薬草・カモミールの粉末をとかしたお湯で、その独特な
「苦いから嫌だ」
「ワガママを言わないの」
「ちゃんと全部飲んだら、ハチミツを
「本当っ!?」
待ってましたとばかりに、ミラは目を輝かせる。
貴重な
それを一匙だけでも味わえるなら、
「絶対だよ!」
「おや、そんなに元気なら、お薬もハチミツもいらないかな?」
熱も忘れて大声を上げるミラを見て、意地悪を言う母親の手から、彼女は急いでコップを受け取る。
そして、息を吹きかけて薬湯を冷まし、強い苦みに
「うぇ~」
「はい、よく頑張ったね」
顔をしかめるミラの口に、待ち焦がれていた黄金の輝きこと、ハチミツをすくったスプーンを、母親がそっと差し入れてくる。
「
「何て事を言うんだい、この子は」
感激のあまり本音を
女手一つで娘を育てるために、いつも
それがハチミツの甘さと相まって、ミラは大好きだったのだ。
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