第26話

「……何?」


 私はそう言って電話に出た。


「……日野さん。大丈夫?」


 不安げな声で月野くんは私にそう聞いてきた。


 大丈夫もなにも、月野くんのせいで頭の中がぐちゃぐちゃだよ……そう言いたくなるが堪える。


「……大丈夫じゃない」


 私はそれだけ言う。なんとも意地の悪い返事だと思うが、これくらいしか今の私には言うことができない。


「……そう」


 月野くんは、それだけ言って黙る。

 沈黙が続く。


「僕が、何かしたんだよね?」

「うん」

「何が悪かったのか教えて欲しいな……」

「……月野くんのばか」


 思わずそう言ってしまう。伊東さんに嫉妬して……とか言ったら私が月野くんのことを好きなのが丸わかりだ、と思ったからだ。

 こんな風に取り繕って誤魔化してしまう自分がやっぱり嫌いだ。


「バカとでもなんでも言って。僕は日野さんが苦しんでる方が嫌だから」

「……なんでそんな風に私に構ってくるの……」

「なんでって……日野さんが大切だからだけど」


 思わず息がつまる。顔が熱い。心臓がばくばく鳴っている。


「……ふぅ」


 一度深呼吸する。


 そして、月野くんのことだから、大切な友達的な意味なんだろうな……と思う。

 でも、嬉しい。私は月野くんにとっての何かになれていたというだけで……少し気持ちが楽になった。


「……もぅ。そんなことばかり言っていたら、リーナちゃんに怒られるよ」


 私は、そう言う。伊東さんは、月野くんにとって私以上に大切なものになる、いや、なったんだろうと思いながら。


「……へ? なんでリーナに怒られるんだ?」


 それに対して、月野くんは変な反応をした。首を傾げているのが見えそうだ。


「なんでって……リーナちゃんと……その……付き合うとか、そう言うことになったんじゃ……?」


 何かがおかしいと思いながら私はそう尋ねる。


「……へ? どうしてそう思ったんだ?」

「……え? だって、体育館裏っていうテンプレみたいな場所で話してたし……それに……前まで伊東さんって言ってたのにリーナって……」

「……」

「……」

「……それで、付き合い始めたとか思ったのか……」


 月野くんは、そう呟いた。


「え? 違うの?」

「違うも何も……」


 そこで一度月野君は迷ったそぶりを見せた。


「本当は言っちゃだめだと思うんだけど……言わないと信じてくれなさそうだから……」


 そう前置きして月野君は、私に話してくれた。


 伊東さんに、リーナと呼んでほしいといわれたこと。伊東さんは、水野君のことが好きだということ。伊東さんが、月野君に水野君との仲を取り持ってほしいと言ってきたこと。


「……はぁ……まだ一日もたってないのに言っちゃった……明日謝らなくちゃな」


 最後に月野君はそう言ってため息をついた。


 聞いてみて、私が勘違いして勝手に落ち込んでいただけということが判明した。なんだか、恥ずかしくて顔が熱い。でも、心はすっきりしてきている。だって、これで伊東さんは私の恋敵ではないと分かったから。



 とはこれからは心の底から仲良くやっていけそうだ。



「……私も、リーナちゃんと水野君が仲良くなる手伝いをしちゃダメかな? それなら、リーナちゃんも月野君が私に話したことを大目に見てくれるかもしれないし……それに、私もリーナちゃんを手伝ってあげたいもん」


 月野君は少し考えるように黙り込んだ。


「……じゃあ、明日リーナに謝るとき、日野さんも一緒に来てくれる?」

「もちろん! あと……」


 私は、一度そこで言葉を切る。

 ここで私は変わるんだ。そう自分に言い聞かせる。

 そして私は言った。






「……私のことも名前で呼んでほしいな……かげくん」








 ああ。

 体中が熱を帯びている。でも、これでいいんだ。これからは、とりつくろわない人になっていこうと決めたから。

 少しずつになるかもしれない。だけど、もう一歩は踏み出した。


 かげくんは「ふぇ?」と上ずったかわいい声を上げた。


「ダメ……かな?」


 私は、できる限り可愛い声を意識して言う。もう、私はかげ君を手に入れるまで止まらない。


「そんなわけ……」

「じゃあ、お願い」

「……」

「……」

「……ひかり」

「ふぇ⁉」


 今度は私が変な声を出す番だった。

 まさか、いきなり呼び捨てとは……私の決心がどこかへ飛んで行ってしまいそうだ……


「かげくんはずるいよ……」


 私はそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る