第3話

 そういえば、さっき日野さんが何か話しかけてくれていた気がする。と一時間目が始まる五分前になってからそう思い出した。


 そして、それを聞き流してしまったことも。


 思い返すと聞き流したあと悲しげな雰囲気が横から漂ってきたり、「ふんすっ」と鼻で息をして何かを決意した様な雰囲気が漂ってきたりした。


 もしかして、話しかけたのにちゃんと答えが帰ってこなかったから日野さんは悲しんで、二度と話しかけない決心をしたのかもしれない。


 いや、もしかすると無視までしてくるかもしれない。


 僕としても、それは流石にイヤだ。


 流石に、隣の席の人とは仲良くしておきたい。


 謝るか。と思った時、重大なことを思い出した。


 一時間目の授業は英語。


 宿題が出ており、当てられる可能性があること。


 担当の教師は、宿題をやっていない生徒を休み時間に呼び出し、長々と説教すること。


 そして、宿題をやっていないという事実。


 急いで宿題を始めようと、ノートを出す。


 その時、


「ねぇ……月野くん?」


 そう言って日野さんが僕の顔を恐る恐る覗いてきた。


「ん?」


 焦ってはいるのだが、直前に謝ろうと決めたことを繰り返すわけにもいかない。


 もしかするとこの対応によっては日野さんが無視してくるかもしれないのだ。


 僕は、体ごと日野さんの方を向いた。


「無視しないでください」


 僕が思わず口に出してしまった言葉に日野さんは「へっ?」という顔をしたあと、「それは私のセリフなんだけどな……」と呟き、


「英語の宿題、やってないなら見せてあげようか?」


「え?なんで?」


 日野さんに対して、思わずそう漏らした。


 さっきき聞き流した件で文句でも言われると思っていたところに、魅力的な提案をしてくれたからだ。


 その言葉に日野さんは不安そうな顔をした。


「月野くんを見てたら、焦って英語のノートを取り出してたから……イヤならいいんだけど……」


 今にも提案を取り下げそうな雰囲気だ。

 なので僕は、


「是非お願いします」


 と前のめりになって言った。


 すると、日野さんは安心したような顔をして、鞄のなかからノートを取り出し、


「どうぞ」


 と渡してくれた。

 時間もないので、ペコリとお辞儀をしてすぐにノートを写し始める。


 何故かそれを日野さんがじっと見てくる。


 じっと、僕の顔をだ。


 流石に恥ずかしい。


「えっと、あんまりじっと見ないでくれる?」


 僕は日野さんのほうを見て言った。


「そ、そうだよね」


 日野さんはまた不安そうにして僕から目線を反らした。


 感情豊かだなぁと僕は横目で日野さんを見る。


 いや、そんなことしてる場合じゃない早く写さないと。


 あと少しで先生が来てしまう。


 そう思って僕はペンを走らせた。

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