【皮がとろけても】


「エミリア……これから市場に行くつもりだったのに……」


 俺は煌びやかに飾り立てられたサリを見てため息をついた。


(これは目立つ)

 

 いや、エミリアは広告に使うつもりだから目立って正しいんだが。


「いいじゃない、服の宣伝にもなるわ。目立って結構よ!」


 サリはうちに来てから一歩もバロッキー家から出ていない。

 ラルゴの言う通り、色々なことが足りていない、物質的にも精神的にも。

 もう少し気晴らしさせてやりたいと思っていた。

 市場を楽しんでもらえるかどうかはわからないが、とにかく何かしてあげたかった。


「ヒースの上着がサリの服に合わないわね。ちょっと待ってて、ヒースには別の上着を貸すわ。サイズが合うかしら。可愛いサリの隣を歩くにはエスコートできる服じゃなきゃ! まぁ、サリの可愛らしさに目が行くから、ヒースの変装なんか霞んでしまうとおもうけれど。こそこそ行くよりかえって楽しめるのではなくって? そうだわ、馬車もうちのを使ってちょうだい。店の名前が入ってるから丁度いいわ」


 未来の義姉は昔から押しが強い。

 俺に対して血族でもないのに普通に接してくれる稀有な存在だ。

 小さい頃からバロッキー家に出入りしているので、俺たちのかなり控えめな社交性を憂いては発破をかけてくる。


「それよりどうかしら? サリの可愛らしさについての感想はないの?」


 エミリアは含みのある語調で、にんまりと笑う。

 勘のいい人だから、バロッキーにとってのサリの特異性に気がついているのだろう。

 不躾に直接見るのは気が引けて、鏡越しにサリを見る。

 良く化粧映えしているし、服も似合っていると思うが、そんなのはもう俺には関係が無いことだ。


「これで家に帰ると、ルミレスが煩くすると思う」


 竜の血は美醜に素直に反応する。

 相対評価ではなく竜の血による絶対評価なので個人的な好みとは別の話だ。

 対称性や比率に関係しているようだ。

 それ故にバロッキー家の扱う商品は美術品や建築、装飾品が多い。


「あの子はバロッキーの血に忠実だものねぇ。ルミレスが本気になったらヒースでも容赦しないかもしれないわよ」


 ルミレスは美醜に関しては特に鋭く、女性を愛でるのも趣味だ。


「ルミレスがそうなるなら仕方が無いだろ。サリのこと気に入っている様子だったし」

「杞憂だわ」


 そうだろうか。

 竜の誰がサリを望んでもおかしくない。

 左右対称に整った顔、無駄のない肉の付き方、美しい肌、長く繊細な指、バロッキーの誰もが好ましいと思う見た目だろう。

 ……いい匂いもするし。

 きつく編み込んでいた髪は解かれ、ゆるく結われた一筋以外は服に沿って揺れている。

 編まれていた時は落ち着いた栗色に見えたが、毛質が細く、光に当たるとよく磨いた銅に近い色だ。


「髪、長いな」


 鏡越しに声を掛けると、髪と同じ銅色の目が緩やかにこちらを向く。

 瞬きをして見上げる眼を飾る睫毛はくるりと整えられ芸術品の域だが、俺にはその奥の意思の強そうな瞳の方に心がざわめく。


「そうね。いざとなったら鬘にして売ろうと思ってたから」


 笑って冗談のように言うが、おそらく本当にそう思っていたのだろう。

 意に沿わぬ相手からの求婚もあったと言っていたのを思い出し、口の中が苦くなる。


「それは……さぞ高く売れただろうけどな」

「そうでもないわよ。髪だけだったら、珍しい色でもないし。でも、髪と一緒に乙女を売るくらいのことをすればそこそこの儲けになったかもね」


 平然と言ってのける少女に胸が痛む。

 どれほど過酷な毎日を過ごして来たのだろうか。

 少なくとも見ず知らず異国の地で、知らぬ誰かに嫁ぐことを選ぶほどに差し迫った状況だった。

 サリは、この細い腕で何を守ってきたのだろう。


「その口振りは、もう少しでそれも有り得たってことか?」

「そうね、ギリギリだったかも。契約書を見つけられて本当についてたわ。安売りしないで済んだもの」


 紅が引かれた唇が微笑みの形に結ばれるのを、食い入るように見つめていたのを気付かれぬように、目を伏せる。

 化粧の匂いがサリの柔らかな香りを邪魔して腹立たしいが、視覚的には絶対的にサリは美しい。

 俺にとって、サリの服とか化粧とか、美醜すら初めて触れられた時からどうでもいいものになってしまっていた。

 紅など差さなくてもサリの唇は花弁のように淡い透き通った美しい色だったし、肌も白粉など不要なほど滑らかだった。

 温かかったし。

 誰に嫁ぐのでも構わない、バロッキーの屋敷にこれからもずっとサリがいると思うだけでふわふわした気持ちになる。

 サリの皮がとろけて見た目が分からなくなったとしても、サリがサリならそれだけで歓喜できる。

 あっという間に、それくらいに絶対的な位置を占めてしまったのだ。


(――俺の物にはならないのに)

 

 俺は暴れ出しそうな竜の血を押し殺して生活しなければならなくなるのだろう。

 それでもいいと思った。サリがここから去らないのなら。

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