プロポーズ
「あなた、ちゃんとバロッキーについて知らされているの?」
「はい。こちらに来てからイヴさんやハウザーさんから一通りの事は聞きました。それと先ほど本でも読みました。ヒースの爪も見ました」
今度は思案するように、美しく整えられた指先を頬に添わせるエミリア。
そんな仕草も麗しい。
「知っているなら尚のこと。異国の、しかもバロッキーに嫁ぐなんて。いくら借金の為だからって、あんまりではなくって?」
「エミリア姉さん、うちに嫁に来るって言った口でそれ言う?」
「おだまり、ミスティ」
フワフワ頭のミスティは口を尖らせるが、エミリアは無視して続ける。
「嫁ぐ私が言うのもおかしな事だけれど、この国でバロッキーに嫁ぐ事はいろいろあって――本当にたいへんなことなのよ。
エミリアは気づかわしそうに眉根を寄せる。
「知らずに来たかと言われれば、確かにそうなのですが、私も商家の娘です。利には聡いほうだと思います。こちらに来ることが今までの生活を続けることより利が勝ったのです。それに、私の国には、この国にあるような竜に対する過剰な畏怖はありません。心配御無用です」
「そうなの? それならいいのだけれど……」
これ以上、自分のことで気を揉まれるのは面倒なので、ハウザーの事について話を振る。
「先程ハウザーさんにお会いして、あなたの事をお聞きしました。貴女のこと、本当に大事にしている様でした。もし連れ添うならあなた以外にはいないと。それが叶わないなら家の長子としての権限は誰かに委ねるとも」
バロッキーの本家では血統ではなくて、単純にその世代の年長者が家を取りまとめる仕事に就くらしい。
誰かが家を出ればハウザーの継ぐ権限は次の年長者に移されるのだとか。
「まぁ」
エミリアは瞳を揺らして、言葉を詰まらせた。
「ハウザーはそんな事を考えていたのか?!」
ヒースは新事実に傷付いたような声をあげた。
エミリアが恋人だということもさっき知ったみたいだったしなぁ。
なんか、先に聞いてしまって、ごめんねって感じ……。
「ハウザーがそんなことを話したのは、私が全くの外部の者だからでしょう。何も事情を知らない人の方が話しやすいこともあります。……ヒースに隠そうとしていた訳では無いと思うの」
ヒースへの愛が重すぎてこうなったんだろうけど、と続けていいものだろうか。
「ヒース、ハウザーはあなたが可愛くて仕方ないのよ。私のことでネチネチと悩んで、何年も待たせてるなんて、格好悪い所見せたくなかったのよ」
優しく笑ってエミリアが言った。ハウザーへの言葉は
「ハウザーって、思い詰めるタイプだったんだね」
ルミレスが呆れたように溜息をつく。
溜息に乗せて私の方に流し目で微笑む事を忘れない。……器用ね。
「うふふ。でも、今頃、お父様に『娘さんと結婚させてください』って頭を下げているのだと思うと胸がすくわ。今更遅いって断られるといいのよ」
「おじさんはエミリア姉さんをうちに押し付ける気だったもんね。ねー、いつからハウザーと恋仲だったの? 二人とも色気のないやり取りばっかりだったじゃない? あんなの、本当にただの幼なじみなんだと思ってたよ」
そう茶化すミスティはエミリアを逆なでし続けている。
「さっきから軽口を叩くのはこの口ね! もうすぐ本当にお姉様になるのだからしつけてやる必要がありそうね」
エミリアがミスティの口の端を抓り上げる。
……ミスティは天使のような顔に似合わずゴシップ好き、と。
「それで、このお嬢さん……サリだったかしら? サリはハウザーでないのなら誰と結婚するの?」
あ、また私の話に戻ってきてしまった。
「まだ決まってないんだよねー。もともとはジェームズさんの花嫁にっていう契約だったらしいんだけどね」
ルミレスが説明する。
「そんなに古い契約なの?」
「そう、だから書き直したんだ。不履行には出来ないから、僕らの世代の誰かと、って。
気に入ったら結婚して貰えるんだよねー」
ルミレスはちらりちらりと視線をこちらに寄越す。
年はそれほど違わないはずなのに、変な色気がある青年だ。
「いえ、私に決定権など持たせないでください。私としては、そちらの都合で決めて頂きたいのですが」
「じゃぁ、僕でもいいよね! あ、ヒース、お茶こぼれてるよ」
カチャカチャと不器用そうにヒースの茶道具が音を立てる中、調子よく口説いてくるルミレスにあいまいな笑みで返す。
(あなたが下衆な性格か酷い性癖をお持ちなら喜んで、だわ)
「あら、ヒース、手をどうかしたの? また何か拾ってきた? 猫? 犬かしら?」
気がついたエミリアがお茶を配膳するヒースを見上げる。
「何で俺が犬猫を拾ってくる前提なんだよ」
「ええ? だって、しょっちゅう拾ってくるじゃないの。馬を拾ってきた時は驚いたわよ」
「馬は拾ったんじゃなくて付いてきたんだ。何でもかんでも拾って来るみたいに言わないでくれ」
「ま、私とハウザーもあなたを拾ったんだけれどね。いい拾い物したわ。私、ヒースのいれるお茶が一等好きよ」
こぼしたお茶を拭きながら言い訳をするヒースは可愛い。
いや、年上に可愛いは無いか。
実際、本当にヒースのお茶は美味しい。同じ茶葉を使っても味が違う気がする。
「エミリア姉さん、ヒースの奴、花瓶を割ったんだ。客間の高いやつ」
ミスティが告げ口する。
「サリが手当してくれたんだよ。手際良くてかっこよかったなー。看護婦さんみたいだったよ」
ルミレスがニコニコしながらエミリアに告げると、エミリアは一段声を高くした。
「ヒースを?」
「ヒースをだよ」
エミリアが大きな目をさらに大きくして、なにか言おうとした時、息の荒いため息と共に客間の扉が勢いよく開けられた。
「花嫁がまさか、自分の家に乗り込んで……なんて叫んだんだって? エミリア」
額を押さえながらもう一度ため息をつく渦中の青年は、乱れた麗しい長い髪を撫で付ける。
「ハウザー!」
皆の視線がハウザーに集まる。
「私の家に行ったんじゃなかったの?」
「行った! 行ったよ! 行ったら、君の家の人、みんなに残念な顔で見られた」
やっぱり残念な人扱いされていたのか。
「間が悪いわね、本当に」
同意するが、頷かないでいてあげよう。
「僕が結婚を申込みに行くのと行き違いで、結婚しろと怒鳴り込んでくるようなガラの悪い令嬢にだけは言われたくないね。いや、なんだっけ? 僕を寄越せって言ったんだっけ?」
「あら、そんな下品な言い方じゃないわ。『私にハウザーをくださいませ!』よ」
心外だとばかりにツンと顎を突き出して、睨みつけながらエミリアは叱りつけるように返す。
「ハウザー、まだそこに突っ立っているの? あなた、私に結婚を申し込みに来たのではなくって?」
「そうだよっ!! エミリア、僕と結婚してくれっ!!」
ハウザーはそこまでの軽口から、一転して赤面して絶叫した。
周りから「おーー!」という歓声があがる。
なかなかこんな場面に居合わせることも無いので不謹慎ながら私も観劇させてもらおう。
「待ちくたびれたわ」
拗ねたように目を伏せるエミリアの掌に、ハウザーは申し訳なさそうにそっと手を伸ばす。
差し出された手を素早く捕らえたエミリアは、それをぐいと引いて立ち上がった。
「そんなことより、ちょっとこちらへ。確認したいことがあるの」
二人は慌ただしく客間から飛び出していった。
残された私たちは、めでたしめでたしと、午後のお茶を楽しんだ。
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