十六歳
私はレトさんに拉致されてあげる前に、ミスティに連絡を入れていた。
皆が心配しないように、アルノと口裏を合わせなければならないし、ヒースが帰ってきて慌てておかしな事をしないように止めてもらわなければ。
「本当に行くの?」
ヒースには本当の事を伝えるように頼んだ。
ヒースを欺けるとは思えない。すぐに私の不在に気がついて探し回るはずだ。
「だって、叔母を人質にとったんですってよ」
クララベルがしばらく音沙汰が無かったのは、私が自ら婚約者を辞退するように仕向ける材料を探していたのだろうか。
私が叔母を探しているのを知って、頑張って探させたのだろうとおもうと、ちょっとした感動を覚える。
「……あいつ馬鹿だな」
馬鹿な子ほど可愛いという事だってある。
「あの子はあの子なりに頑張っているのよ、たぶん」
「頑張り方の方向性が問題だろ」
ミスティには、お馬鹿の子の可愛らしさに胸躍らせる性癖はないのかしら。
「とにかく、ヒースを頼むわね」
「サリの叔母さんの事が絡むとなると、荒れそうだなぁ」
私が叔母の目の前で自ら命を断つという愚かな計画を立てていた事は、未だにヒースにとって気楽に流せることではないだろう。
城に乗り込むくらいのことはするだろうが、それはレトさんの考える騒ぎとしてふさわしいものだろう。
「トムズさんとジェームズさんに話を通しておいて。
それと、ミスティも付き添いで城に来る準備をしておいたら? ヒース一人じゃ心配だし。それに、ほら、直接姫様に文句を言えていいんじゃない? 非常事態だから許されるはずよ」
ミスティは、前髪の長くなってきたふわっとした赤毛を掻き上げて、溜め息を吐いた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「サリ!怪我はないか?」
ヒースはひとしきり万力のような力で締め付けておいて、ほんの少しだけ身を離し、ペタペタと顔を撫でまわし、全力で私の無事を確かめている。
怪我をする要素が無いわよ。強いて言えば今?抱きしめられすぎて苦しい。
「サリ……サリ、サリ……」
無事を確認したら、またものすごく密着した抱擁だ。
苦しいし、恥ずかしいから。
「ちょっと、ヒース、はなして……」
胸に手をついて距離をとろうとしても……うわっ、筋肉、これ筋肉よね。
これを押しのけられる気がしない。
「無理だ……」
私もなんだか無理よ!
「何もされてないから、大丈夫よ」
「む、り、だっ!」
「ええー!?」
これは、思ったよりもダメな状態で城まで来てしまったようだ。
後ろをついてきたミスティを見ると両手を見せて首を振っている。
打つ手なし……ね。
ちゃんと説明してから連れてきたのか疑わしい。
「ちょっ、話が出来ないから手をほどいてってば!」
「俺が無理なんだ!」
「わかったから、無理なのはわかったから、落ち着いて!」
ここ最近、まったく遠慮がなくなったわね。
「ここは安全な気がしない。うちに帰るぞ」
ほらごらんなさい、クララベルが目を点にして引いているわ。
「待ってよ、今、とっても大事な話をしてるのよっ!」
「それは、サリより大事な話か?」
え?なに?
なにを言ってるの?
支離滅裂よ。
「ヒース、驚くほど、全然、まったく、意味がわからないわよ!!」
「もう死ぬ必要はないといっていて、なぜ叔母に会う必要がある?」
あ、ああ、そうだった。
なんだかあまり意識に入ってきてなかったけど、叔母がそこに座っているのだった。
「違うの!この場合、叔母は関係ないわ。今は、クララベルの事情を聞いてる所なの!」
ヒースには私の叔母という単語が鬼門だったようだ。
「知るか。サリ……まさかまだあの頭のおかしな復讐をあきらめていなかったのか? 叔母なんてもうサリには関係ない。忘れろ」
目が据わっているだけじゃなくて、光ってる。
これは普通に言っても通じないやつよね……。
「困ったわね……」
もう、どうすればいいのよ。
物語なら、怖かったーってヒロインが泣くところなのに、ヒースが涙目よ。
こういうのって、普通立場が逆じゃないの?
「サリは、もう、帰るからな。クララベル、ジェームズさんの手前いろいろ見逃してきたが、これまでだ」
冷え冷えとする声でクララベルに告げるヒースは、魔物と呼ばれるのにふさわしい不機嫌さだ。
こうなったヒースを何か言って丸め込むのは厄介ね。
入ってきた扉に向かって私を拘束したまま引き摺っていこうとするヒースをどうにか止めて、手っ取り早くヒースを黙らせるためにヒースの襟を掴んで引き寄せる。
私は覚悟を決める間もなく、息を止めてヒースの唇を奪った。
一瞬硬直して、キリキリと締め付けていた腕が弛む。
唇を解放すると、目をまん丸にしてすっかり呆けている。
「ヒース、今、とても大事な話をしているの」
両手で頬を挟んでその瞳をのぞき込む。
「初めて叔母に会ってみたけど、復讐心は湧かなかった。もうどうでもいいみたい」
自分でも驚くほどに他人だったことに気が付いたところだ。
「……そうか」
「もちろん、もう死ぬことなんか考えてないわよ。今は私が死んだら、困る人もいるし」
ここでヒースに甘い言葉を送りたい気持ちはあるのだが、ギャラリーを無視できるほど客観性が死んでいない。
「……そうだ」
伏せた視線が私の唇のところで止まる。
「……」
今までの自分の行いを冷静に反芻したのか、それともとんでもなく不埒なことを考えているのか、ヒースは耳まで赤くした。
「私、クララベルに話すことがあるの。ちゃんと一緒に帰るからもう少し待てるわよね」
カクカクと頷き、身を縮め、私の肩口に隠れるように縋り付く。
力は弛んだが離すつもりはないようだ。
「サリ、とにかく、無事でよかった……」
そうは言っても、クララベルが絡んで身の危険が迫ることなんてきっと無いと思うわ。
見てごらんなさい、あの子、おかしな顔色になってるもの。
「えーと、姫様、とんだところをお目にかけまして。
ご覧の通り、ヒースはもう、私から離れられないんです」
それと、つい呼び捨てにした不敬は許してほしい。
「あ……」
二の句を継げずに口が開いているクララベルに、なんとなく申し訳ないような気持ちになる。
「ヒースの醜態を責めないでやってください。家に私の気配が無くて、私の気配を追って探しに来たのです。番の無事が分かって、凄く、凄ーく視野の狭い感じになっているだけですから」
クララベルに見せていた冷たい貴公子みたいなヒースは、完全に地に落ちて砕け散ったに違いない。
「あの、大変お気の毒ですが、姫様の前にいたキラキラのヒースは偽物です。いつものヒースは、だいたいこんな感じですから」
「うそ……」
力をこめていたクララベルの拳がぱたりと垂れさがる。
そこで、もう一つ残念なお知らせだ。
「姫様のお気に入りのジェームズさんだって、家ではこんなですよ。イヴさんに始終ベッタリで、語尾の垂れ下がったような喋り方をしてます」
私も初めて見た時は幻聴かと思った。
「父さんのほうがいつも酷いよ、イヴと離れてるの辛かったーとか言って、城から帰ってくるなり食事中までイチャイチャイチャイチャ。息子としては目を覆いたくなるよね」
ヒースに続いて部屋に入ってきたミスティが、美貌の父の真実を暴露する。
「ジェームズまで? 嘘よ……さ、詐欺だわ……」
ヒースよりもジェームズさんのかぶっている猫の方が大きかったようで、クララベルはみるみる萎れていく。
「姫様、竜の血は斯くも扱いづらいものなのです」
私の肩口を抱きしめるヒースの腕を撫でながらクララベルに告げる。
王子様のようなヒースも悪くなかったけれど、私のヒースはバロッキーの皆が良く知る、思っている事が表情に出てしまう優しいヒースだ。
「姫様、謝罪を」
時を見計らっていたのか、レトさんが尖った声でクララベルを促す。
人一人を誘拐して人質とした罪は軽くない。
叔母が騒ぎ立てれば立場を危うくするかもしれない。
「いやよ! レトが協力してくれたなら、こんなことやらなかったのに!」
レトさんは疲れたように頭を振る。
「私がどんな思いで、何度お止めしたのか、姫様はちっともわかっておりません」
レトさんもクララベルの真っ当な幸せを願う数少ない大人の一人なのだ。
立場上クララベルの行いを正す事は出来なかったが、今までも何かと立場を越えて進言してきたのだろう。
「だって……怒られると思ったから、レトには頼まなかったんじゃない」
しかし、どうやら立場は捨てたようだ。
鬼の様な形相で言い訳をするクララベルを睨んでいる。
「尚悪い!!」
叱責する大声が部屋に響く。
この語調は、子を叱る母親のものと相違ない。
クララベルは、レトさんの剣幕に身を縮めた。
「さあ、皆様に謝罪なさいませ。それがお出来にならないなら、私は姫様の近衛から外して頂きます」
レトさんに腕を組んで睨みつけられながら、クララベルはとても小さな声で「ごめんなさい」と言った。
どうやらクララベルにとってもレトさんは大事な人のようだ。
何に対してのごめんなさいかはさて置き、私はここで一つ、話を纏めてしまわなくてはならないのだった。
「姫様、ヒースと出会ってどのくらい経ちますか?」
クララベルはちらっとレトさんを見て、まだ怒った表情を崩さないのを確認すると、ボソボソと私の質問に答えた。
ヒースは私の背に張り付いたままだ。
「私が十歳の時に、遊び相手としてジェームズに連れられて来たのが最初かしら?」
「あの時、父さんに、なんでヒースばかり城へ連れて行くのかって訊いたら、ヒースが一番我慢強いからって言ってたっけ。はっ、今ならよくわかるね!」
クララベルはミスティが茶々をいれるのを嫌そうに眉を寄せる。
姫様もミスティに酷いけど、ミスティもまあまあ酷いわよ。
ジェームズさんはミスティを連れて行ったら、姫様と問題を起こすから連れていけなかったのね。
「竜は一瞬で相手を選びます。長く知り合って距離が近づかなかったのは、おそらく縁がなかったということです」
竜の血に恋する者にとっては残酷な事だと思う。
「そんなの、あなたに言われなくたって分かってたわよ! ヒースは私といても、本当には笑わないし、本当に怒ったりもしなかったもの」
私には想像のつかないヒース像が語られる。
冷静沈着で感情が分かりづらい……それもヒースの一面なのだろう。
私の知らないヒースに出会ったクララベルを羨ましいと思うと言ったら、嫌がられるかも知れないけれど。
「もういいの。そんなベタベタと蕩けるような顔をしてる気持ち悪いヒースは要らないわ。私の理想の王子様のようなヒースは幻だったということね。私、竜の執着を軽く考えていたわ。次は気をつけるからもう説教は結構よ、レト」
次……か。
急に毒気を抜かれたような気持ちになる。
私たちはそれぞれの内容は違っていても、同じ十六年を生きてきて、まだ生の途中なのだ。
そうか、玉砕しても、十六歳には先があるのだった。
私とは違う十六年をこの子は生きて、御免なさいと謝って、失敗しても次があるわ、と言い切る。
それはなんと生の魅力に満ちている事だろう。
不安そうに、こちらを窺う叔母にも目をやる。
叔母は十六で逃げて、その後どう生きてきたのだろう。
「ヒースが優しかったのは、単に私が姫だったからなのよね。ジェームズだってそう」
今まで味方だと思っていた人を疑うのは心細かろう。
「そう思いますか?」
「わからないわよ!皆、私の前でいい顔ばかりするのだもの。なにが本当なのかわからない」
母を失った王女を皆が腫物を扱うように接してきたのだろう。
王には父として母を失った娘を正しく導く器量はなかったようだ。
その中でジェームズさんはきっと正しい父性をもって姫に接していたはずだ。
だから、クララベルもジェームズさんを信頼して側に置きたがったのだろう。
「本気でいってるなら、その目はガラス玉以下だね。父さんはいつだって城の仕事なんて断れたんだ。それじゃなくても城ではバロッキーに対する風当たりは強いのに。それでも面倒にしかならない仕事を引き受け続けたのは誰の為だと思ってるんだよ」
クララベルはミスティの正論に下を向く。
「あの、子どもの前でも恥ずかしげも無くデレッデレで、母さんにくっついてるヒトが、数日城から帰れないってベソかきながら、なんでお前の我儘に付き合ってやってるのか、少しは考えろ!」
ジェームズさんの不在にはミスティにだって思う所があるのだろう。
「なによ! 皆、私が邪魔なのよ! お父様も私を疎ましく思っているに違いないわ。どうせなら、あんな近くの国じゃなくて、遠くの……誰も私を知らないような国に捨てればいいのに」
本当に、クララベルもバロッキー家でイヴさんに育てられたなら良かったのに。
そうしたら、きっと寂しい想いなんかしなかった。
「姫様、少しでも悪いと思っているなら白状なさいませ。この騒ぎは元を正せば、姫様の妹君に結婚を譲る為なのでございましょう?」
私の問いに、クララベルは狼狽する。
「なっ、そんなこと、あ、あるわけないでしょっ!」
「姫、観念なさいませ。私がサリさんに事情をお話しいたしました」
レトさんにも詰められ、逃げ場が無い。
「レト! なんてことしてくれたの……」
「姫様は努力の方向がおかしな事ばかりなさいますが、本来は心持ちの優しい方と存じております故」
レトさんが優しく笑う。
「レト、私の事、努力の方向がおかしいと思っていたわけね……」
付き合いは浅いけれど、私もそう思うわよ。
「それで、姫様は妹君に縁談の権利を譲りたい、そこに偽りはありませんね」
「……そうよ」
観念したのか、投げやりに肯定する。
「交換条件であるバロッキーの夫を得る為には手段を選ばない……私の叔母を攫ってきたのはそういう事ですね」
「攫ってきたのではないわ! サリが叔母を探している事を告げたら協力するというから来てもらったのよ」
それであんなにやんわりとした拘束をされていたのか。
その件については後でじっくり話を聞こうと思う。
「それは喜ばしい報告です。身内に犯罪者が出てはジェームズさんが気の毒です」
私はクララベルが誘拐したのではないと聞いて、胸を撫で下ろす。
「ジェームズ? サリの叔母を連れて来させたのは、うちの使用人よ」
さてさて、合点がいかないクララベルに、私が思い描いている計画を披露しなくては!
「よろしいですか、姫様。ヒースは姫様にとって良い夫にはなりません。慌て者で、大変暑苦しい執着の強い竜ですので」
不安が去ったのか、ヒースは今は大人しく私とクララベルのやりとりを聞いている。
後ろから囲うように手を巻きつけて、わたしを離してくれる気配は無いけれど。
チラッと上を仰ぎ見ると……あ、見なかったことにしておこう。
キスの続きをねだられそうな顔をしている……。
気がついたのかミスティも微妙な顔をしている。
「もう分かったって言ってるじゃない! イチャイチャイチャイチャ、暑苦しいのよ!!」
陶酔していたらしいヒースが、大声にビクッと跳ねる。
「えーと、ヒース、離れてて」
「出来ない」
「大丈夫だって言っているの」
「駄目だ。サリが害されない保証がない」
今のクララベルに何ができるというの?
「私、合意でレトさんについて来たの」
「なんだって?」
ミスティはヒースに話をする暇もなかったようだ。
「後で説明するから。本当に大丈夫なの!」
ヒースは、渋々わたしの拘束を解いたが、軽く腰に手をまわし寄り添う。
これが譲歩できるギリギリのようね。
ひとつ咳払いして、だらけた空気を引き締めようとするが、もうなんだか色々と手遅れだ。
「えーと、それで、代案として、ミスティを夫にするのがよろしいかと」
私は取ってつけたように背をしゃんと伸ばして進言する。
「はぁ?!」
「なんですって?!」
二人が声を揃えて不満の声をあげる。
「サリ、なにいってんだよ?」
ミスティが言えば、
「私だってこんな奴ごめんだわ」
とクララベルが返す。
それを見て私は大きく頷く。
「二人とも嫌い合っているようでたいへん結構。姫様、安心なさいませ、ミスティはいずれ死にますので」
「どういうこと?」
クララベルは私の過激な発表にぎょっとする。
「……あ、ああ! そうか……」
ミスティは合点が行ったようだが、クララベルは首を捻っている。
「私は、出来ることなら妹に縁談は譲りたいけど、だからといって嫌いな男を夫にしてもいいとは思ってないわ」
私は、ふふふと笑う。
「ですからね、姫様、ミスティと偽装結婚なさいませ、と申しております」
「偽装結婚?!」
「今となっては、姫様が嫌がらせでミスティを囲ったことが良い具合に働きましょう」
外に流す恋のきっかけとしても申し分ない。
「何のことよ?」
クララベルは怪訝な顔をしている。
「ミスティへの嫌がらせで、絵を気に入ったと仰って囲い上げたのではありませんか?」
「え?」
「絵でございます。最近、取り置かれたでしょう?」
思い当たったのか、ミスティを睨みつけて、悔しそうに歯軋りをする。
「そんな……あれ、ミスティが描いた絵だったの?」
どうやら故意にやった事ではなかったらしい。
「知らないで選んだのでしたら、驚きですが」
あの馬車に乗ってきたから侮っていたが、審美眼は確かなのかもしれない。
「それじゃ、なんだって、俺の邪魔をしたんだよ?」
ミスティは苛立って腕を組む。
「……昔、ジェームズにねだって、内緒で私の肖像画を描かせたことがあって。それは、たった一枚だけで、誰の作かも教えてくれなくて……」
皮肉な事だ。
ミスティの絵の最初の真の理解者はクララベルだったようだ。
「外国に売りに出す絵の中に、あの絵と似た作品があったと思ったから……」
語尾を濁したクララベルに、ミスティは舌打ちしてあらぬ方を睨む。
沢山の絵の中からミスティのだけを選び出すのなんて、クララベルはパトロンとしてなかなか見所があるのではない?
うれしい誤算の発覚に、私は笑わないように頬の内側を噛まなければならなかった。
「色々な所を通して、出所を眩ませて、国外に売られる絵に俺の絵を紛れ込ませるつもりだったんだよ。お前が余計な事をしなけりゃな」
舌打ち交じりに吐き捨てるミスティに、不可抗力だったと反駁する。
「……私だって知ってたらそんなことしなかったわよ」
雑に扱われることもなく、ミスティの絵はクララベルの手によって大事に保管されているようだ。
「今となっては大変都合の良い話です。バロッキーの画家と姫様の道ならぬ恋……偽装結婚に誂え向きですね」
「俺はそんな道化を演じる気はないし!」
そっぽを向き続けるミスティに、指を突き付ける。
「いいえ、ミスティはやるわ。姫様、しばらくミスティを仮の夫として人の目を欺き、時期がきて姫様がミスティが必要でなくなったら、外遊に連れ出しミスティをシュロにお逃しください。崖に落ちたとか、獣に襲われたとか、ミスティは死んだことに致しますが、その後は私が手配いたしますので。姫様は程良く喪に服し、それからお好きな殿方を後添えにお迎えになればよろしいでしょう」
二人とも多少の我慢は必要だが、これならどちらにも利がある。
上手くいけば、クララベルはバロッキーと市井を繋ぐ広告塔にもなるので旨味の二重取りだ。
トムズさんも駄目だとは言わないだろう。
「彼の本当に描きたい絵をこの国は認めません。だからといって、バロッキーは国外に出る事も叶いません……死なぬ限りは。姫様は都合の良い時だけ夫がいれば、妹君に憎まれる縁談を避けることができましょう」
我ながら良い話だと思うのだが、二人に納得してもらわないことには話が進まない。
「ミスティと姫様ほど仲が悪ければ、成し遂げられるはずです!」
私は、にっこりと笑って二人を煽りに煽った。
ヒースを見ると複雑そうに片眉を上げている。
「ふん。なるほど、一理あるかもね」
「別れる時の後腐れもないわ」
無事に二人の利害は一致したようだ。
「いいわ、その話乗りましょう。まずは私がしばらくミスティのパトロンになるわ。ジェームズの息子なのも話をでっちあげるのに都合がいいし。婚約は内々にお父様と打ち合わせるわ。外遊に連れ出すには単に婚約者の立場では無理ね。王家の結婚は十八を過ぎてからよ、結婚しても暫くは夫役をしなければならないわ」
やるべきことが見えたのか、クララベルは急に王女らしい風格を取り戻した。
そうだ、人はいろいろな面を持ち合わせているのだ。
クララベルの今までの姿のほうが希少な一面だったのかもしれない。
「はっ、清いままで寡婦にしてやるさ。こんなブス、指一本触れる気がしないし」
ミスティは相変わらずクララベルに食って掛かっている。
こんな調子で大丈夫なのかしら。
「なんですって?! まぁ、いいわ。これだけ嫌いあっていれば、死んだことにしてもちっとも気が咎めないだろうし!立派な葬式を出して差し上げますわ!」
ぎゃあぎゃあと舌戦は続く。
二人がやかましく罵り合うのを尻目に、ヒースが小声で囁く。
「サリ、言い忘れていたが、ミスティの初恋はクララベルだ」
「……え?」
私は盛大な間違いを犯したことを知った。
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