ラルゴ・バロッキー
昨夜は、それはもう慌ただしかった。
バロッキー家の婚姻は王家への届出が必要なのだそうで、家長自らエミリアの父の商家へ
いつもは割と静かだという屋敷は、夜中灯りがついていて、人が屋敷を出入りする気配が消えなかった。
そんな中、私は特にすることも無かったので夕食までは本を読んで過ごした。
トムズさんは早々に出かけて私が起きているうちには帰らなかったし、ルミレスやミスティも夕食の席に着くことなく、忙しそうにしていた。
私とヒース、ラルゴとイヴさんだけで夕食を囲んだが、イヴさんも途中から呼び出されて退席した。
イヴさんは二日目にして給仕を任せてしまって、と申し訳なさそうにしていたけれど、ここに来てから何もすることが無くて居心地が悪かったので仕事をもらえたのがありがたいくらいだった。
何もすることのない自由を楽しめないのは、身に染み付いたものなので仕方がない。
ヒースが退席した皆の分、会話を繋ごうと四苦八苦している間、ラルゴって故郷の妹達とだいたい同い歳?などと、別の事に意識を飛ばしていた。
ヒースの話術に落ち度はないのでガッカリしないように。
イヴさんの息子でミスティの弟であるラルゴは黒髪に深緑の目の美少年だ。
目の色も深いのであまり目立たないが、近くから見ると幾筋か血のような赤い筋が確認出来る。
まさに紅顔の美少年と言った形容が相応しい。
妹達なら頬を染めて夢中になるだろう
眼福、眼福。
ミスティはイヴさんに似ているが、ラルゴは父親似のようだ。
ラルゴはその歳に不相応な落ち着いた雰囲気で、少し眉を寄せてヒースに話しかけた。
「ヒース、サリの身の回りのものが少なくて可哀そうだよ。ずっと家にいるんだから、色々要るでしょう?」
(まあ、賢い坊ちゃんだこと)
でも、ずっとはいないつもりだから、なんにも要らないんだけど……。
「……そ、そうだな」
ヒースは思案顔で私に視線を寄越した。
(だから、要らないってば)
私はあわてて首を振る。
「明日も家はバタバタしそうだし、買い物にでも行ってきたら? アルノもまだ戻れないんでしょ?」
たしか、アルノっていうのはまだ会っていないヒースと同い年の青年だったかな……と、ここに来てから一気に出てきた沢山の名前を整理しつつ、密かにお代わりしたスープを頬張った。
イヴさんのスープは、本当に美味しい。
「アルノはいきなり仕事が増えて頭を抱えているだろうな。明日は誰もサリに時間は取れないだろうし、トムズさんに留守にしてもいいか聞いてみるよ」
皆が何やら忙しそうにしているのに、ヒースは私の世話ばかり焼いていていいのだろうか、と少し心配になってヒースに尋ねてみた。
私のせいで仕事を滞らせているのではないだろうか。
「ヒースは忙しくないの?」
「俺は現場での仕事が多いから、今みたいに書類仕事が中心の時は大人しくしている。計算や書類を作ったりはアルノが得意かな。ハウザーは外商担当だ」
それぞれ得意分野が違うのだと説明される。
「現場って何の現場?商売に力仕事が必要なものでもあるの?」
「ヒースは鉱物を探せるんだよ」
ラルゴが誇らしげに答えた。
「鉱物採掘の現場っていうことね」
一度、父と露天掘りをしているところを見に行ったことがある。
大勢の坑夫が石を割る道具を腰に差して、重そうな石を切り出しては担いで運び出していたのを思い出す。
(なるほど、それでその体なのね)
ちらりと引き締まった腕を盗み見てしまった。
こちらも眼福眼福。
「今の時期は鉱山での仕事は休みなんだ。雨が多い時期や乾燥しすぎる時期は、採石するのが危険になるから」
カヤロナ国は多くの種類の鉱物が採れ、宝石やその加工品の貿易で国を潤わせている。
今日読み漁った本からの知識だ。
地続きであるにもかかわらず、隣国では産出されない鉱物が国境を越えカヤロナに入ったとたんに満遍なく採れる事が特筆されていた。
「バロッキー家は採掘業もしているの?」
「表向きは普通の商家さ。美術品とか宝石、家具や貴金属を扱っている」
「宝石って、まさか採掘したものを捌いているの?」
採掘業は手間がかかるし人手もいる。
鉱物が出なければすべてが無駄になる博打のような仕事だ。
せっかく開いた鉱山もいくら大規模に掘っても資源が尽きればお終いだ。
そんな大掛かりな仕事をバロッキー家は家族経営でどうにかしているというのだろうか。
果たしてそんな商売が成り立つのだろうか、と首を傾げる。
「そう。うちは掘り出すところから全部身内でやっているんだ。何でも掘ってるよ」
「バロッキーはそんなに大家族なの?」
「いや、ある程度出る場所まで掘り進めたら、現場で働くのは俺みたいな竜と、バロッキーの分家の者だけさ。資源そのものよりも、その加工品がバロッキーの商品だ。竜の血が濃いものだけが出来る現場の仕事っていうのがあって、俺は一番それに向いてる」
「ええ?! 少人数で何種類も鉱物を掘り出すっていうの? シュロでは山一つ平らにしてどうにか銅が取れるぐらいで、後は禿山になってしまうのよ」
「そんなことする必要はない。竜には金属や石の匂いが良くわかる性質をもつ者がいるんだ」
「僕も鉄鉱石くらいなら分かるよ。独特の匂いだし。銅も簡単! 金とか水晶は匂いが薄いから難しいんだ」
「匂いで分かるものなの?」
「竜らしいでしょ。お宝に鼻が利くんだよ」
ラルゴは屈託なく笑うが、私はカヤロナの国家的な秘密を知ってしまったのではないかと冷や汗が出る。
――驚いた。
バロッキーの特異性は国と対立するに足るだろう。下手をしたら国を脅かす。
なるほど、それで国を挙げてバロッキーと市民に溝を作る必要があるわけだ。
「まだ、家族でもないのに、そんな大事な事まで私に話してしまって大丈夫なの?」
流石にこんなことを知って、生きてこの家から出ることはできないかもしれない。
まぁ、死ぬからいいけれど。
子どものラルゴがこんなに軽く一族の秘密を語ってしまうのを心配してしまう。
「え? サリはヒースと結婚するんじゃないの?」
あ、ヒースが
「あー、ええと、まだ誰と結婚するか分からないの。それで一通り皆さんとお会いしている最中なのよ」
「えー! 絶対、ヒースがいいよ! おすすめだよー。いい夫になるよー。僕が保証するからさ」
美少年に保証されてしまった。
それはそうだろう。私もヒースはいい夫になると思う。
ヒースと結婚したら楽しそうだ。
「ラルゴ、いくらサリがバロッキー家に来てくれると言っても、サリにだってより良い結婚を選ぶ権利がある。滅多なことは言うもんじゃない」
ヒースがまた自虐を含んだことを言う。私はそれを放っておけないのだ。
「うーん、ヒースの言うのとは違うのよ。私の契約だと逆にヒースじゃ良すぎると思うのよ。今の話だって、聞けばヒースは家業の
ヒースを保証してくれたラルゴになるべく丁寧に説明する。
するとラルゴはキラキラと目を輝かせた。
「それってヒースが嫌じゃないってこと?」
「ええ、全然嫌じゃないわよ」
――本人がいるのに、こんな答えづらい質問をしないでほしいのだが。
バツが悪くて、ヒースなんか変な顔色になってるじゃない。
「ヒース! よかったねー」
ヒースの狼狽えた様子を見て、ラルゴはニコニコと猫のように笑う。
「サリを困らせるようなことは言うな、ラルゴ」
ヒースは誤魔化すようにスープのおかわりの為に席を立った。
(楽しいな……)
ほんの少しの時間、ヒースと楽しく暮らす妄想をしてしまった。
あり得ない妄想に時間を使うなんて、贅沢な時間の使い方だ。
これからどこで死んでも、このふわふわした感じを覚えていられたらいいのに。
そうしたら、楽しいこともあったなと、走馬灯を見る時に美しい思い出も流れるだろう。
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