おやまクリッカー!!!!!!

加湿器

第1話

 ある日の昼休み、気が付くと俺のスマホに見たことのないアプリがインストールされていた。タイトルは「おやまクリッカー」。


 興奮してきたな。早速やってみるか。


 『すてきなおやまを育てよう!』と書かれたタイトル画面をタップすると、『認証画面』と表示され、カメラ機能が起動した。


『最初に、育てたいおやまを登録してください!

 注:認証できるおやまは美少年に限ります』


「テメェ、1分以内に買ってこいっつったろーが! 」


 不意に聞こえてきた声に顔を上げると、クラス一の美少年である不良の河合カワイくんが、隣の席の小田倉オタクラくんに暴力行為を働いていた。


 俺は何となく、河合くんの姿をスマホのカメラに収め、シャッターを切る。ご丁寧にもシャッター音OFF機能が搭載されたアプリが彼の姿を認証すると、しばしのローディングの後、左右で三つに分かれた画面が表示された。

 チュートリアルらしき吹き出しには、それぞれの画面の機能が表示されている。


『左右ペイン:おやま画面です! 「てっぺん」をクリックして、しあわせポイント(OXT)を集めましょう! 』


 そう書かれた左右の画面には、なだらかに膨らんだようなグラフィックと、小さな豆のような「てっぺん」が表示されている。

 『等高線』と表示されたボタンをタップすれば現在の状況が確認できるようだ。試しに表示させてみると、【T:U差3cm/ヘイヤ級】の表示と共に、全体で2本ほどの等高線が表示されている。


 なるほど、この平野つるぺたを立派なエベレストたわわに育て上げるのが目的というわけだ。


『中央ペイン:インフォメーションです! 集めたしあわせポイント(OXT)の確認と、施設が購入できます! 』


 そう書かれた中央の画面には、上部にしあわせポイントとやらの累計と貯蔵量、下部にはショップ画面らしきものが配置されている。どうやら最初は手動で集めなければいけないようで、施設とやらはすべてロックがかかった状態になっている。


【貯蔵:0 OXT】

【累計:0 OXT】


「おいオタク! これヒレカツサンドじゃなくてハムカツサンドじゃねーか! 」


 河合くんがなにやらわめいている。まぁ俺には関係のないことだ。


 早速ゲームを始めよう。俺が自慢の秒間16連打でタップすると、「てっぺん」がふるふると震え、中央の画面にしあわせポイントが集まりはじめた。


「ひぅンっ! 」


 なるほど。


 よくはわからないが、河合くんが急に胸を抑え、体を震わせる。同時に「おやまクリッカー」の中央画面では、俺の算出したしあわせポイントに合わせて、おやま開発のための施設がアンロックされ始めた。


「うるっせ……っ! 話しかけんなって……!」


 急に悶え始めた河合くんに、小田倉くんが声をかけているようだ。あんな風に扱われているというのに、優しいというか、甘いというか。


 まぁ、俺には関係ないことだ。早速施設を購入してみよう。

 俺は、最も安い施設「くりくりカーソル」を買えるだけ購入した。「てっぺん」の周りに、くりくりとこねくり回すような動きのカーソルが大量に漂い始める。


「ぁンッ! 」


 なるほど。


 これがあれば、俺の自慢の18連打に頼らずとも、自動でおやまを育ててくれるというわけだ。どうやら、腱鞘炎になる心配はいらないらしい。


 一息ついて顔を上げると、小田倉くんが河合くんに肩を貸して、一緒に保健室へ向かうようだ。

 まぁ、俺には関係のないことだ。授業中も暇を見て、おやまを育てていくことにしよう。


【貯蔵:2,225,000 OXT】

【累計:10,225,000 OXT】

【T:U差:4.5 cm/ハイキング級】


 数日後。

 寝ている間や授業中もアプリを走らせていたおかげで、俺のおやまもだんだんと立派になってきた。授業中、スマホのバイブ通知を感じてこっそりアプリを開くと、新たな施設がアンロックされたようだ。


「ほら、一緒に買いに行くぞ」


 その日の昼休み、せっかくならばじっくり吟味しようと「おやまクリッカー」を開くと、河合くんと小田倉くんが連れだって売店に向かうのが目に入った。あの日一緒に保健室に向かって以来、一緒に過ごす時間が増えたようだった。


 まぁ、俺には関係の無いことだ。あらたな開発施設をじっくりねっとり吟味しよう。

 アンロックされたのは、「ぶるぶるスフィア」という施設らしい。早速購入してみると、「てっぺん」の周りにピンクの球体が震えながら浮かび上がり、焦らすように触れるか触れないかの位置を回り始めた。

 しあわせポイントの効率もよく、ついでに「カーソル」の効果も底上げしてくれるらしい。


「ん……ッ! 」


 なるほど。

 よくはわからないが、河合くんの背筋が二、三度震えて、急に頬が紅潮したようだ。つい数日前まで背中を丸めて悶えていた彼が、今はなんだかのけぞっているのも面白いところだ。


「べ、別になんでもねー、って……」


 まぁ、俺には関係のないことだ。俺は手慰みに秒間20連打を決めながら、好物のヒレカツサンドに舌鼓を打った。


【貯蔵:60,221,200 OXT】

【累計:1,000,389,200 OXT】

【T:U差:14 cm/アルプス級】


 また数日後。

 「くりくりカーソル」「ぶるぶるスフィア」を適宜購入しながら、時たま手慰みに秒間22連打でおやまの開発を進めている。

 前回は気づかなかったが、おやまの開発が進むたびに「てっぺん」も少しずつ大きくなっているようだ。始めた時はゴマと見間違うような小ささだった「てっぺん」が、今や枝豆くらいの大きさに肥大している。当たり判定が大きくなってありがたいことだ。


「あの、さ、おべんと、作ってきたから、一緒に……」


 そういえば、数日前から河合くんのワイシャツの背中に、見慣れない膨らみが浮いているのが見える。今は小田倉くんと一緒に手作りのお弁当を食べているようだ。

 つい数日前は第三ボタンまで開けていたワイシャツも、今は一番上まできっちり止めて、なんだかピッチピチになっている。剣呑だった眉間のしわもすっかり取れて、眉尻を下げて小田倉くんを熱く見つめている。真面目になるのは良いことだ。


 まぁ、俺には関係のないことだ。

 昼休みの息抜きにと「おやまクリッカー」を開くと、新たな施設と、『ニューアクション』とやらのアンロックが発生していた。

 アンロックされた新たなアクションは、「てっぺんピンチ」というらしい。指2本で「てっぺん」にピンチイン、そのまま指を動かすことで、しあわせポイントの大量獲得と、「てっぺん」のより効率的な肥大化が望めるらしい。


 興奮してきたな。早速やってみるか。


「あぁん……っ 」


 なるほど。


 よくはわからないが、手に持った箸で小田倉くんに玉子焼きを食べさせていた河合くんが、小さく声を上げて悶える。それでも零したりしないのは、愛のなせる業だろうか。玉子焼きへの、だぞ?


 まぁ、俺には関係のないことだ。新たにアンロックされた施設「らんだむピンチグリップ」は、一定時間ごとに確率で「てっぺんピンチ」を行ってくれる施設らしい。

 例によって、ほかの施設とのシナジーもある。ありがたいことだ。


「ううん、なんでもない、よ? ほら、あーんして……」


 気まぐれに『等高線』モードを起動してみると、始めた時とは比べ物にならないくらい、等高線の数が増えている。数字が増えるのも楽しいが、こうやって視覚的に自分の功績を見れるのも楽しいものだ。

 右手で「てっぺんピンチ」、左手で秒間28連打を決めながら、俺は和やかな昼休みを過ごした。


【貯蔵:300,222,600 OXT】

【累計:100,266,232,200 OXT】

【T:U差:28 cm/フジヤマ級】


 またまた数日後。

 長らく楽しませてもらったこの「おやまクリッカー」もそろそろエンディングへ向かっているようで、一抹の寂しさを感じさせる。

 おやまはというと、長い間の開発が実って『カツカザン状態』とやらになったらしい。

 この状態で一定時間「てっぺんピンチ」せずにいると、ゲージがたまってしあわせポイントの効率が落ちてしまう。その代わり、ゲージがたまった状態で「てっぺんピンチ」すると『ダイフンカ』で白い液体を噴き出し、しばらくの間ゲージ量に応じて幸せポイントにボーナスが発生するのだ。


 できるならばずっと張り付いてやりたいところだが、学生の身空ではそうもいかない。仕方がないので、同時にアンロックされた施設「きゅーいんポンプ」を使っている。ボーナスが発生しない代わりに、タンクがいっぱいになるまで『フンカ』を起こしてゲージが増えないようにしてくれるアイテムだ。

 ボーナスはなくとも、ほかの施設とのシナジーでなかなかの効率を出してくれる。ありがたいことだ。


「ほら、二人きりの時はなんて呼ぶんだった? 」


 たまには屋上で昼休みをのんびり過ごそうと階段を上ると、不意に河合くんと小田倉くんの声が聞こえてきた。どうやら人目を避けてここまで登ってきていたようだ。

 のんびりタイムは惜しいが、無粋に乱入することも無いだろう。そう考えて踵を返すと、ふとスマホのバイブ通知に気が付いた。


「ふふ、ママがぜーんぶお世話してあげる……うンっ! 」


 なるほど。


 今日は珍しくほったらかしにしていたので、「きゅーいんポンプ」がいつの間にかいっぱいになっていたらしい。ゲージの方もたまりきってしまっている。


 よくはわからないが、河合くんの声もなんだか切羽詰まったように切ない鼻声になっている。


 仕方がないので『ダイフンカ』させようとアプリを捜査していると、彼らのいる屋上から、ごそごそと衣擦れの音が響いてきた。


「ほら、ぜーんぶ吸い出して……? 」


 小田倉くんの慌てたような声を聴きながら、俺は少しばかりの感慨にふける。


「あぁん、すき、すき、だいすき……」


 なるほど。


 屋上からは、ちゅぽ、ちゅぽと少しばかり水っぽい音が聞こえてくる。


 どうやら本当に、俺のプレイはここでゲームクリアということらしい。

 これからは、「彼」が俺のあとを引き継いで、立派におやまを育ててくれることだろう。

 やはりエンディングは寂しいものだが、楽しませてくれたこのアプリに敬意を払って、最終スコアを載せておこう。


【貯蔵: 20,220 OXT】

【累計:100,000,195,332,600 OXT】

【合計フンカ量:200,235L】

【T:U差:48 cm/カイテイカザン級】


 ありがとう、「おやまクリッカー」。また会う日には、俺ももっと立派なおやま開発士になることを誓おう。

 そんなことを考えて、俺はアプリをアンインストールした。


 翌日の昼休み、気が付くとまた見たことのないアプリが俺のスマホにインストールされていた。タイトルは「きのこ栽培キット」。


「ねーネクラちゃーん、アタシさァ、今買いたいコスメがあんだよねー 」


 なるほど。

 興奮してきたな。早速やってみるか。

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