策略【4月8日をテーマにショートショート】


俺らは、渋谷にある相席居酒屋の前で足を止めた。


「お前、震えてない?大丈夫か?」

思わず笑ってしまった。


俺は今日、この隣で震えている

中村というモテない親友のために一肌脱ぐつもりだ。


「大丈夫だよ、参考書読んできたし。」

「いや、そんな参考書ないだろ。」

中村を引っ張るように、地下への階段を下りていった。


幸いなことに、女の子の方が人数が多かったらしく、

すぐに案内された。いちばん奥のボックス席に向かう。


通路側に座っている片方の女性の顔がちらっと見えた。

とてつもなく美人。ヴィーナスのようだ。

少しバックして立ち止まり、中村に話しかける。


「見た?」

「見た。」

「めっちゃ可愛くね?」

「かわいい。芝生の上でヨガしてそう。」

「炭酸水飲んでそう。」

「ハンバーグもおからハンバーグにしてそう。」

「お前、今日あの子でいいよ。絶対行けよ。」


ウキウキしながら歩みを進める。

もう片方の子が見えた。


俺の両足が止まった。



大きなトラックのタイヤが三つ積まれたような女の子だった。

今日の俺の運命は、早々に決まってしまった。


席に着くなり自己紹介が始まる。


「メグっていいます。」と、ヴィーナス。

「サキでーす。」と、タイヤ。

二人は看護師で職場が同じらしい。


見ると、メグちゃんは本当に炭酸水を飲んでいた。

サキちゃんは俺らの飲み物を頼むため、卓上のタブレットを操作してくれている。


ただ、指圧がすごい。

押しているところだけ液晶の色が変化しているほどだ。

話してみると、二人ともとてもいい子だった。


いろいろな話をしてそこそこ盛り上がり、四十分ほどたった。

中村はずっとフィギュアスケートについて熱弁していた。


どんな参考書読んだんだよこいつ。


チェンジしてもよかったが、

中村が楽しそうなのでそのままにしておく。

なにより、俺らがチェンジされていないのが不思議だ。


女の子二人がトイレに行った。


「中村。どっち…?」

分かりきった答え合わせだ。

「メグちゃん。」

「だよなーーーーー。」

今日イチの声量が出た。

「今日は中村のための日だから、仕方ないな。」


タブレットを押す力が思わず強くなる。



しばらくして、女の子が戻ってきた。

彼女たちも同じような会話をしてたのだろうか。


「…この後、二組に分かれてのんびりしません?」

戻ってきていきなり、ヴィーナスのメグちゃんが度肝を抜くような提案をしてきた。

しかも、メグちゃんが指名したのは中村だった。

ついに俺の親指がタブレットを破壊しそうだ。


中村、このご恩は一生忘れるなよ、と思いながら

「イイね!!」と、精一杯の作り笑いをした。


そして、半分やけくそになった俺は目の前のメガハイボール

を飲み干し、サキちゃんと肩を組んで叫んだ。

「しゅっぱーーつ!!」

今日イチの声量を更新した。


驚くかもしれないが、この日、俺はサキちゃんと付き合うことになった。

タイヤ以外は完璧な子だった。


翌朝に見た駅前のハチ公は、いつもより爽やかな表情に見えた。


・・・


中村がどうなったか気になった俺は、後日電話をかけた。


「あの後、どうなった?」

「あー、普通に帰ったよ。」

「は?」

「でも、サキちゃんと付き合うことになったんでしょ?」

「え?なんで知ってんの?」



「あの子、俺とめぐちゃんの友達なんだけど、

いい子なのに見た目で損してたから。」


―――――――――――――――

4月8日は、

忠犬ハチ公の日

参考書の日

芝の日

炭酸水の日

タイヤの日

おからの日

ヴィーナスの日

指圧の日

出発の日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!

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