シロクマとペンギン【4月6日をテーマにショートショート】


隣に立っていた母親が突然ホームに飛び込んだ。


一瞬何が起きたか分からなかったが、

僕の真っ白な制服のシャツは赤く染まり、

ホームにはほとんど形もない母親らしき塊が散らばっていた。


中学一年生のあの日以来、俺はコンビーフが食えなくなったし、

唯一の親を亡くした俺の心は、死んだも同然だった。


・・・


隣からきつい煙草の臭いがしてきて、思わず顔をしかめる。


読んでいた新聞を閉じ、アイスコーヒーに口をつける。

もう、十年以上前の出来事だが、

新聞で同じような記事を見かけると、つい思い出してしまう。


俺はこの喫茶店で、林田という男を待っている。

林田は中学の同級生で、同じ卓球部でもあった。


とてつもなく仲が良かったわけではないが、

例の事故以来ずっと俺のことを気にかけてくれていたし、

ダブルスのチームを組むことも多かった。


こんな俺にとって、唯一の友人といってもよい存在だ。


入り口の扉が開いて、

高身長の男がこっちに手を振りながら歩いてくる。


ハイブランドのロゴが入ったⅤネックの黒いTシャツに、

白のパンツ、手には黒いレザーのクラッチバッグを抱え、

その腕にはゴールドの腕時計が光る。


あれはおそらく林田だが、俺の記憶とその男の風貌は

あまりにもかけ離れていた。


こいつと会うのは三年ぶりだ。


「アイスコーヒーとニューヨークチーズケーキ。」

席に着くなり、メニューも見ずに注文する林田。


「久しぶりだな。3年ぶりくらいか?」と俺が聞くと、

「そうだなー、懐かしいな。元気だったか?」と林田。

「んー、ぼちぼちかな。相変わらずって感じ。」

「まだフリーターみたいなことやってんの?」

「うん、まあ、そうだな。俺中卒だし。」


実際、母親が死んでから俺は近所の親戚に引き取られたが、

その家も金銭的に余裕があったわけではなく、

また自分の中での申し訳なさもあって高校にはいかず、

それ以来ずっと様々なアルバイトを転々としている。


「いやそれよりさ、何だよお前のその見た目。

前会った時は、ただのダサい大学生じゃなかったっけ?」

堪らず冗談交じりに聞いてみる。


「うるせぇよ。色々あったんだよ。前の俺とは違うの。」

林田は笑いながら、答えを少し濁した。


「それよりさ、」

少し間が開き、林田が真っ白なチーズケーキとベリーソースを

ぐちゃぐちゃとスプーンでかき混ぜながら突然切り出してきた。


「シロクマって北極にしかいなくて、

ペンギンは南極にしかいないって、知ってた?」


思わず、飽きれたような顔で林田を見つめる。


「南極では、シロクマが生きられるほどの餌になる生物が

足りないんだって。シロクマはめちゃくちゃ食うからな。

それでペンギンはもともと北極にもいたらしいんだけど、

百年以上前に人間が乱獲しちまって、その時に絶滅したらしい。」


俺の顔を見ずに話し続けた林田は、満足気な表情をしている。


「だから、それがどうしたんだよ。」

と俺が聞くと、


「だからさぁ、そいつがそこにしかいられない理由ってのは、

絶対にあるっていうことだよ。」

林田はため息交じりに答え、チーズケーキを口に運んだ。


「ほら」といって、林田がスマートフォンをこちらに見せる。

写っていたのは、まるで城のような大豪邸だ。


「なんだよ、これ。」と思わず聞くと、

林田はこっちをじっと見つめながら、

「今の俺の家。」と答えた。


「いやいや、怪しすぎるだろ。この三年で何があったんだよ。」

俺は、林田を問い詰める。


すると林田は、またもこちらをまっすぐ見ながら、

「俺は、自分が生きられる場所を見つけたんだ。」と答えた。


そしてこう続けた。


「俺が今日したいのは、北極で殺されそうなペンギンを

シロクマに変えてやることなんだよ。」



この日を境に、俺は裏の世界に飛び込んだ。



ーーーーーーー

4月6日は、

新聞を読む日

コンビーフの日

白の日

城の日

北極の日

卓球の日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!

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