第7話:王族の金属器



=・=・=・=・=


 ――そして、帰宅後。

 アロイスは廃屋で発見したお酒とナナの父親が遺した"意思"を話した。

 祖母もナナと同じように涙ぐみ「馬鹿息子が」と一言、何処かへと姿を消してしまった。


「あらまあ、お婆さんがどっかに行っちまったよ」

「ふふ、私たちに泣き顔を見せたく無かったんだと思います」

「ハハハッ、なるほどな。なら、お婆さんが戻るまで少し待とうか」


 祖母の許可無しで勝手にお酒を飲むわけにはいかないだろう。

 だが、ナナは「気にしないで下さい」と言った。


「あの様子だとしばらく戻って来ないと思いますし、先に飲んでいいと思います」

「なら栓を開けちゃうけども本当に良いのかね」

「はい。グラスとか持ってきますね」


 そう言ったナナはキッチンから、U字型のグラスを三つばかり持って来た。

 反射光が眩しく、かなり綺麗に磨かれてあるようだ。


(……良いグラスだ。これなら酒も旨く飲めるぞ)


 グラスというものは、少なからず飲み物への影響を及ぼす。

 僅かな埃や水滴だけで味を変化させてしまう事もある。

 特にビールは顕著に現れ、泡立ちが悪くなることも有名な話だ。


「では、栓を開けようか」


 良質な酒とグラスが揃い、準備は整う。

 いざ、一本目の栓を開けようとしたが、その時。

 ナナが「待って下さい」とそれを止めた。


「んお、どうした? 」

「もしかしたら、お酒を飲むときに使う道具があったかもしれないです。待っててください」


 ナナは急ぎ足で再びキッチンに消える。

 バタン、バタンと何度か棚の開け閉めする音の後で、大きめの木箱を両手で抱えて戻ってきた。


「そこに置きますね、よいしょっ! 」


 ドコンッ!

 重そうな音を響かせて、アロイスの前に木箱が置かれる。


「お父さんがお酒を飲む時に使っていた道具なんです」

「ほほう、立派な木箱だな」


 サイズは縦横約五十センチ程。

 いわゆるロックボックスの類で金属のパッチン錠が付いている。

 また、箱の横に押された"ある烙印"に注視した。


(これは……いや。まさかな。きっと偽物フェイクだろう)


 アロイスにとって目を見張る烙印だが、そんな事は有り得ないだろうと首を振る。


 とりあえず、中を見てみようと箱を開ける。


 そこには、銀細のカクテル用シェーカーを始めとした酒好きの唸る道具が丁重に仕舞われていた。


 バー・スプーン。

 サイフォン。

 スクイーザー。

 ウォータージョッキ。

 クーラーなんてのも入っている。


 それらの道具にアロイスは感嘆した。


「そのまま店でも開くつもりだったのかってレベルの道具だな!? 」

「そ、そんなにですか」

「見てみろ、このシェーカーも全て本物の銀が使われていて……って」


 適当に手に取ったカクテル用シェーカー。

 その底面を見た瞬間、またアロイスは「うおっ」と驚いた。


「こ、これはエルフ王族の銘入れ品……本物だったのか!? 」


 興奮するアロイスに対し、何も知らないナナは静かに首を傾げる。


「何か凄いものなんですか? 」

「箱の烙印で"まさか"とは思ったんだ。だが、本物の王族品だったとは……」


 籠った熱を隠し切れないアロイスは、シェーカーの底面を指差して言う。


「この銘入れが凄いんだ。ほら、こっちの木箱の烙印もあるだろう」


 木箱と底面にはそれぞれ、

 『 Obellon Zweit 』

 と、流暢な文字が刻まれていた。


「ええと、オベロン二世……でしょうか」

「ああ。オベロンの名前は聞いたことがあるんじゃないか」

「確かエルフ族の王族ですよね。学校で習いましたけど……それが凄いんですか? 」


 その問いに、アロイスはうんうん頷きながら説明した。


「オベロン二世の名を刻む事が出来る道具は、エルフ王族の専任鍛冶師の手で造られた特級品でな。欠ける事の無い永遠の魔法銀を用いて造られる道具は、歴史的な美術品といって差し支えないくらいで」


 それはもう熱く語るが、ナナはあまり意味を理解出来ず、とにかく凄いもの何だなとだけ認識する。

 

「よ、よく分かりませんが凄いものなんですね」


 致し方ない反応だが釈然としない。

 アロイスは「むむ」と唇を尖らせた。


「うーん反応が薄い。そうだな……分かり易く言えば、オベロンの名を彫った道具は美術館に寄贈されるほどのお宝なんだ! 」


 ああ、それなら理解出来る。

 それは凄いですね、とナナは今度こそ心の底から言った。


「ああ、俺の興奮した気持ちが分かってくれて嬉しいよ。しかしなァ、どうしてこんな希少品ばかりがあるのか……」


 大量のお酒にしろ、オベロン家の銀細工にしろ、言葉悪いが何故に田舎の一般家庭に眠っていたのか。


 すると、唐突にナナが言った。


 両親は"冒険者"だったんです、と。


「……なんだって」

「もしかしたら、それが関係あるのかもしれません」


 それは……少なからず関係があるはずだ。

 もしかすると、世界中の酒を集められた理由もそれに付随しているのだろう。

 ただ、彼女にとって、言い辛い台詞を口にさせてしまったかもしれない。

 

「言いたくなかった事を言わせてしまったかもしれん。すまない」


 興奮しすぎた事を反省した。

 だが、ナナは笑顔で返事をしてくれた。


「いえ、大丈夫です。それよりアロイスさんがお酒や道具の事を知っていてくれて、お父さんやお母さんの知らなかった事が見えてきそうで逆に嬉しいくらいです」


 本心なのか気丈に振る舞ってくれただけなのかは分からない。

 これ以上はそれについて話すべきではないと考えたが、彼女を想うと、それを言わずにはいられなかった。


「ナナの両親は、きっと凄い冒険者だったんだな」

「えっ?」

「エルフ王族に認められる働きをしたんだろう。皆に愛される冒険者だったに違いない」

「……そうなんでしょうか」

「ああ。同じ冒険者として尊敬するよ」


 優しい表情で言う。

 ナナは「有難うございます」と心底嬉しそうに答えた。

 

「お母さんたちを褒められて……とっても嬉しいです」

「とんでもない話さ。ところでそんな大事な品物なんだけど、使っても本当にいいのかい」

「あ、はい。だけど古い道具ですし、使えるんでしょうか」

「勿論だ。だけど最初は道具を使わず、そのままで飲んでみないか」


 アロイスは手にしていたシェーカーを木箱に戻し、パチンと錠を締める。


「何も手を加えない飲み方を"ストレート"というんだ。お酒本来の味を愉しめるぞ。まあ、一部はジュースの原液みたいな強烈な濃さはあるが……」


 お酒には水割りやロックといった何種類かの飲み方がある。

 そのうち、注いだお酒を氷すら入れず飲む事を『ストレート』と呼ぶ。


「へえ~、飲み方にも名前があるんですね」

「ああ、飲み方は沢山あるのさ。じゃ、今度こそ栓を開けるぞ~」

「お願いします! 」


 最初に選んだのは、イチゴのラベルが描かれた瓶。

 恐らくは"リキュール"類のお酒だ。

 瓶口は深く木製コルクで締められている。

 本来、栓抜きを要するところだが、アロイスは指先で摘まんで器用に開いた。


 ……キュポンッ。


 軽快な音を立てて栓が抜ける。

 すると早速、辺りにはイチゴの甘酸っぱい香りがフワフワと広がった。

 ナナは「いい香り」と心地良い表情を浮かべる。

 更にはアロイスがグラスに少量のリキュールを注ぐと、その香りは一層に強まった。


「凄い濃厚な香りですね。まるで本物の苺があるみたいです」


 ナナが言う。

 直ぐにでも飲みたい雰囲気だったが、アロイスは念を押した。


「あー、本当は先に飲ませてあげたいんだけどもな。保存状態が良かったとはいえ廃墟の下にあったお酒だから一応飲んで大丈夫か確認したくて……先に少しだけ飲んでもいいかな? 」


 ナナは「はい」と頷く。

 有難うと答え、グラスに口をつけた。

 そして、数秒間、お酒を舌で転がすようにして味を確かめた。


「…………ん、なるほど」


 小声での回答。

 ナナは興味津々に「美味しいですか? 」と尋ねた。


「うん、普通に美味い。傷んでいる様子も無いし問題無いだろう」

「良かったです。私も飲んで大丈夫でしょうか」

「大丈夫だとは思うが……考えていたよりアルコール感が強いかもしれん」

「えっ? 」

「酒を飲みなれてない人には少しキツイって感じだ。ホレ、ここに書いてある通りだ」


 酒瓶のラベルに書かれたアルコール数値は『20』と記載されていた。


「詳しくは分からないですけど、結構高めの数字ですよね」

「だから最初は少しだけ、ほんの僅かな量で試したほうがいいな」


 ナナのグラスには、自分よりも更に少な目に注いだ。

 最早、注ぐというより数滴垂らすといった具合だが、酒に対する個人の良し悪しは充分に確認可能だ。


「こんなに少しでいいんですか?」

「最初だからな。飲むというより、舐めるくらいの量が丁度良いんだ」

「そうなんですね。じゃ、飲んでみます……」


 ナナはグラスに口をつけて斜めに煽り、滴る酒の粒を舌に触れさせた。


「あっ、イチゴの香りがする。それに、甘い……」


 僅かばかりの液体から、芳醇なイチゴの香りと甘い味が広がるが――次の瞬間。


「……ゲホッ!? 」


 唐突に強い刺激が喉を貫き、深く咳込む。

 最初こそ優しい甘さを感じたのに、直ぐ全てをかき消すような強烈なアルコール臭が喉元からせり上がってきた。

 アロイスは「大丈夫か」と声をかけた。


「うう……初めてお酒飲みましたけど、こんな凄い……けほけほっ! 」


 アルコール度数の高いお酒は、数滴の雫でも焼きつくような余韻を残す事がある。

 人によっては旨いと感じられるだろうが、ナナにとっては苦しいものだったようだ。


「ダ、ダメです。飲めそうにないです。せっかくお父さんの遺してくれたお酒なのに……」


 ひどく咳込み涙目のナナは言う。

 しかし、アロイスは「安心してくれ」と指を鳴らした。

 

「どんなお酒も美味しく飲める方法はいくらでもあるんだ」

「……美味しくなるんですか? 」


 一度鮮烈に染みついた"お酒の味"に、ナナは疑心暗鬼になる。

 だが、アロイスは豪語する通り、それを払拭するくらいの技術を持ち合わせていた。


「親父さんの道具を使わせて貰うが、構わんかな」

「あ、はい。それはもちろん……」

「それと、ミルク、氷、綺麗な布巾も欲しいんだけど、あるだろうか」

「確か全部あります。直ぐに持ってきますね」


 ナナはキッチンに赴く。

 その間にアロイスは木箱を開いて、とある道具を取り出した。


 それは、お酒を混ぜ合わせるための『バー・スプーン』だった。


 スプーンという名前でも、形状はやや特徴的である。

 片側が窪みのある普通のスプーンだが、反対側は三又のフォークが備わっていた。


 アロイスにとっては馴染みある道具でも、今回ばかりは少々気持ちが昂った。


 先ほどのシェイカーと同じくバースプーンの柄部分には小さく王族の証が刻まれている。

 触れた指先から感じる強いエネルギーも、魔法銀でしか感じ得ない確かな感触だ。


(間違いなく王族用だ。王印が入った道具を入手するのは容易じゃないんだがな。それも、酒を作る為の道具一式なんて金を積んでも買える代物じゃないぞ。恐らくエルフの王族に認められる働きをしたって事だ。俺も冒険者として自負出来る部分はあるが、エルフ王族の道具を手に入れることは適わない。ナナの両親は相当な冒険者だったんだな……)


 道具一つだけでも、勇ましい冒険者たる両親の姿がまざまざと浮かんだ。

 きっと剣や槍を美しく振るっていたのだろうと。


 そして、アロイスが思いを馳せているうち、ナナはアロイスが言った一式を揃えてテーブルに戻ってきた。


 綺麗な布巾。

 瓶詰のミルク。

 容器に入れた氷。

 

 それぞれをテーブルに並べた。


「お待たせしました。これで全部でしたよね? 」

「ああ。早速使わせて貰うよ。あと、ナナのグラスも借りるぞ」


 アロイスはグラスを手元に置いて、彼女が持ってきた小さな氷を数個放り込む。


 続いてイチゴのリキュールをグラスの五分の一程度注いでから、上からミルクをたっぷりと流し込んだ。


 すると、真紅で透明感のあるイチゴのリキュールと、純白のミルクが透明のグラスの中で雑に混ざり合う。


 色合いは実に鮮やかで、まるで液体の宝石と呼ぶべき輝きがあった。


「わあ、綺麗な色ですね♪ 」


 笑みを浮かべるナナ。


 アロイスは「ここからだ」と言った。


 まずは布巾を使い、バー・スプーンに僅かな埃も残さないように拭き落とす。

 

 そして、スプーン側をミルクの海に差し込んでから、波が立たない程度にかき混ぜた。


 美く高貴だった赤白の宝石はみるみる混ざり合い、今度は萌えた桜のように柔らかな桃色へと変化する。


「あ、イチゴミルクみたいになった……」

「本物のイチゴとかミントなんかを添えたりするもんだが、今回はこれで完成だ」


 見た目はジュースの『イチゴミルク』そのもの。

 ただ、素地は間違いなくお酒のリキュールである。


「普通のイチゴミルクと変わらない感じですね」

「うむ。まさに『ストロベリー・ミルク』というカクテルだ」

「ジュースそのまんまじゃないですか! 」

「ハハハ、確かに。だけどな、俺が考える限りこの酒は大事な想いがあると思うんだ」


 アロイスはカクテルの入ったグラスをテーブルの上で滑らせて、ナナの手前に置いて言う。


「もしかしたら、このカクテルこそ親父さんがナナに飲んで欲しかったお酒かもしれない。ナナがお酒を苦手だと分かった途端、きっと親父さんもこれを造ってあげたと思うんだ」


 ナナは、ハっとした表情を浮かべた。


「……そうかもしれないです」

「俺が言えた義理じゃないんだけどもな」

「そんなこと。あの……飲んでも良いですか? 」

「慌てずにゆっくりと」

「は、はい。頂きます……っ」


 震える手でグラスを掴み、ゆっくりと、口をつけてみた。


 ……先ほどのアルコールによる刺激臭は無い。


 むしろ、イチゴの甘さと濃厚なミルクのコクで"美味"とすら思えた。


 それでも微かにアルコールの余韻が残るが、決して美味しさを邪魔してはいない。


「あっ、美味しい……! 」

「かなり薄めてあるから飲み易いだろう」

「これが、お父さんの味が伝えたかった味なのかな……」


 ナナは静かに桃色に染まるグラスを見下ろしながら、想いを呟く。 

 お酒って凄いんですね、と。


「私、今までお酒ってあまり良いイメージが無かったんです。でも、こうやって時を越えて、誰かに伝えたかった味を伝えられるんだって考えたら、凄いなって思いました」


 確かに、お酒とはタイムカプセルのようなものなのかもしれない。

 伝えたかった想いや気持ちを、時を越えて誰かに遺すことが出来るのなら。


「そうかもしれないな。俺は酒が旨いか不味いかでしか考えた事が無かったから、教えられた気分だ」


 アロイスは苦笑いした。


「じゃあ俺も親父さんの遺した酒の味を愉しませて貰っていいかい」

「はい、是非飲んで下さい! 」


 良い返事を聞いて、自らも酒を飲もうとする。

 ところが、そのタイミングで祖母が自宅に戻ってきた。

 片手に何か入った布袋を携えており、それを重そうにテーブルに乗せる。


「ただいまさねえ」

「お帰りなさい。なあに、この荷物。どこに行ってたの?」


 ナナが尋ねる。

 祖母はイタズラに笑う。


「んっふっふ、ちょっと出かけてきたさね。それより何だい、もう酒盛り始めてたのかい。私がいないのに始めるなんて、良い度胸してるさねぇ」


 祖母はわざとらしくアロイスに言った。


「っとと、すみません。勝手に始めてしまって」

「ふっふっふ、別に怒ってないさ。それより、ほれ」


 祖母は、先ほどテーブルに置いた布袋を拡げて、中身を取り出して見せた。


「お酒を持ってきた辺りから飲むつもりだったんだろうと思ってね、だけど甘い酒ばっか並んでたもんだから、アロイスさんはもっと硬派なの飲みたいと思ったさね。商店街までひとっ走りして、これを買ってきたんよ」


 祖母が買ってきたのは、市販のウィスキーと、クラッカーやチーズといった酒の肴であった。


(あっ、お婆ちゃんたら……全く。ふふっ、恥ずかしがり屋さんだから)


 ナナは、祖母がどうして買い物をしてきたのか理解していた。

 自分の父親……もとい息子が遺した酒や想いを見て、つい涙した事を隠したくてわざわざ買って来たのだと。

 直ぐにでも宅飲みが始められそうな状況だが、アロイスは「待って下さい」と慌てて言った。


「お婆さん、その気持ちは大変有り難いんですけど、そろそろ夕方なので失礼しようと思っていました」


 時刻は午後三時を過ぎようとしている。

 約束した片付けの手前、この町に留まろうとは思っているが、そろそろ宿も見つけねばならない。

 ところが祖母はとんでもない意見を仰いだ。


「なら、今日は泊まっていけばいいさねぇ」


 ……いやいや、それは無理だ。

 さすがに迷惑極まり無いし、祖母は良くても年頃の少女であるナナも不安にしてしまう。

 しかし、ナナは少し考え込んだ後で、まさかの"了承"を口にした。 


「そうですねえ……アロイスさんさえよければうちに泊まっていってください」


 彼女までも、泊まれというのか。

 確かに田舎の方々は大らかな人も少なくないが、あまりにも大胆過ぎないか。


「どうだい、アロイスさん。アロイスさんが良ければって話だけどね」

「昼食まで食べさせて貰って、そこまで世話になるわけには」

「ナナの父親の遺し物を見つけてくれた御礼さね」

「たまたま見つけただけですので……」


 見つけようと思って見つけたわけではない。

 そもそも、片付け自体がお昼ご飯のお礼に過ぎない。

 加えて肝心の片付けも終わっていないわけで……。

 これ以上、お世話になるのもどうかと思う。

 丁重にお断りさせて頂こう……と、したのだが。


「たまたま見つけたお酒でも、私やナナにとっては何よりも嬉しかったさね。だから、恩返しに、この婆さんの頼みを聞いて欲しいねえ。恩着せがましいかもしれないけどねえ」


 しおらしく言われると無碍に出来ない気持ちになる。

 致し方ない、今日のところは厄介になろう。


「……分かりました。その勢いに負けました」


 アロイスは両手を挙げて"参った"のポーズを見せた。


「うんうん、旅は道連れ世は情けだよ」

「何から何までご面倒を掛けてしまい申し訳ありません」


 恐縮な姿勢で言う。

 ……と、そうだ。

 時間が出来たし丁度良いし、一つばかりお婆さんに訊いておく事があった。


「ところで、地下倉庫に仕舞ってあるお酒はどうしましょうか。あのまま放置していても勿体ないだけですし、処分方法を考えませんか? 」


 そう、いくら優秀な酒倉とはいえ、あれだけの酒を放置し続けるのは勿体ない。

 その質問に祖母は「ううん」と首を傾げる。


「どのくらいのお酒があったんだい? 」

「ざっと見ですが、数百万ゴールド……いや一千万の価値はあるかもしれません」

「そんなにかい!? 」


 祖母は驚いて声を上げた。

 

「十本くらいかと思っていたけど、とんでもない量があったもんだねえ……」

「博物館も開けるんじゃないかという具合ですよ」

「息子が勝手に作ってたんだね。多分、カパリさんの工務店にでも頼んだんだろうけども」

「酒の量が量ですし見てみぬ振りも出来ません。自分も力添えしたいと思うんですが」


 ナナと祖母、二人の底知れぬ恩を受けて、是非返したいと思う。

 出来ることなら、どんな願いでも聞いてあげたいところだ。


「……ううむ、私じゃ何も良い案は浮かばないさね。アロイスさんは何か良い案とかはあるかねぇ」


 逆に訊かれてしまった。

 まあ、あれだけのお酒を管理するのは大変だし、凡その対応方法は決まっているに等しいわけで。


「ナナの好きなお酒だけ自宅に運んで、残りは売って処分なさるというのも手かとは思いますが」

「そうは言っても、買い手を見つけるのも難しい話じゃないかい」

「商人の友人を紹介します。高値で買取らせますよ。尤も、お二人が私を信用して頂く必要はありますが……」


 まるで悪徳セールスマンのような言い回しだ。

 もっと上手い言い方が出来なかったのかと自身で苦笑してしまう。

 だが、祖母は意外にも乗り気に返事した。


「私らには伝手もないし、紹介してくれるなら悪くないかもしれんさねぇ。……ナナはどう思うかね? 」


 祖母が訊くと、ナナは直ぐに答えた。 

 

「正直言うとね、私は大事に残したいなって思ってるの」

「地下室の酒蔵を修復して酒を残そうかねぇ」

「だけど、余計なお金が掛かるでしょ。だったら売っちゃっても良いよ」

「私よりナナがしっかり考えた答えにしたいと思っているよ」

「なら、売っちゃおうよ。私は、今のお婆ちゃんとの生活が大事だから」


 優しいだ。

 アロイスと祖母、共々そう思った。

 本心では全てを置いておきたいと願っているはずなのに。

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