運命の記憶〜memory of fate〜

Khronos

恋ではなく運命




「ふぅ。」

息を吐き出すと、白く曇る。僕はマフラーに一層顔を埋めながら、足早に登校していた。そもそも寒いのは苦手である。降りしきる雪を見てはしゃぐ小学生を横目に見ながら、今日提出の課題について考えていた。そんなことに気を取られていたからだろうか。僕は、目の前で起こる出来事に即座に反応出来なかった。

「きゃあ。」

そんな悲鳴をあげながら、生徒がこちらに倒れてくる。見れば、その生徒のすれすれの位置を車が猛スピードで走り去ったところだった。

目の前に倒れ込んできたものだから、思わず受け止めてしまったが、面倒事に巻き込まれるのは厄介なので、声を掛けようとその生徒の顔を見て絶句してしまった。

女子生徒だったのである。

しかも、校内でいちばん有名である生徒会長。裏では、ファンクラブが存在するなどの噂がたつほどの美人だった。

「だっ、大丈夫ですか?」

思いっきり噛んだ。ダサい。

そんな自己評価しながら彼女を見ると、顔を真っ赤にして何か言いたげにしていた。

「どうしました?」

「ゆっ、結城くんありがとう!じゃあこれで!」

そう言い、走り去っていった。なんで名前知ってんだろう、と思ったが、思い当たる節が無いので忘れることにした。そんなことより、周りの視線が痛い。当然だろう。学校一の女子生徒を、ハプニングだったとはいえ受止め、また名前を呼ばれたのだから嫉妬されるのは想像に難くない。

「はぁ、こんな事なら受止めなければよかったなぁ。」

そう呟きながら、あと数分の場所にある学校に向かって歩みを再開する。こんな些細な出来事が、この後の俺の静かな高校生活を揺るがすことになるとは思っていなかった。いや、僕以外の人も思っていなかっただろう。






校門をくぐり、校内へはいる。この頃には、周りからの視線は気にならない程度まで弱まっていた。まぁ、他人からどんな目で見られたところでなんとも思わないが。

「うーす。」

そんな声が背後から聞こえ振り返ると、僕の小学校からの友人が立っていた。

「おはよう。」

「はぁー。相変わらず真面目なやつだな。同級生相手に、『おはよう』なんて言う男子生徒世界的に見てもレアだろ。」

「まぁそりゃ、日本人しか日本語は話さないからな。」

そんな軽口を叩きながら、僕達は教室に入る。

「そういやさ、さっきから祐を嫉妬深い目で見る奴が多いけどお前何やったんだ?」

相変わらず鋭い奴である。こいつは、こういう時になるとまず間違いなく気が付く。気が付かなくていいところまで。まぁ、今回は言いたくないことではないからいいが。

「ん?あぁ、さっき横断歩道で車を避けて、バランスを崩した女子生徒に出くわしたんだよ。」

「なるほど。そっからラブコメが始まると。そういう事だな。」

「漫画の読みすぎだ。何せあの生徒会長だぞ。有り得るわけないだろ。」

「あー。斎藤さんか。納得だな。殺されないよう気をつけとけよ。」

笑えない。マジで刃物を携帯してる奴がいるかもしれんから気をつけないと。


そんな会話をしていると、朝礼の時間の鐘がなった。また今日も長い授業が始まる。朝礼が終わり、一限目の先生が入ってきた頃には、僕の頭の中からは今朝の出来事は抹消されていた。そして思い出すのは、次の日の朝である。











「いってきまーす。」

母親にそう告げ、僕は歩き出す。家から学校までは、徒歩で30分。ちなみに最寄り駅は同じである。通学路の1個目の交差点に近づいてきた。赤信号で立ち止まり一息ついた途端、右隣から声がかかった。

「結城くん!」

自分の名前が呼ばれそちらを向くと、そこには例の生徒会長が立っていた。

「へ?」

素っ頓狂な声を出してしまい内心恥じていると、続いて彼女が行った動作は、想像の埒外だった。

「昨日はありがとう!これ作ってみたから食べてくれたら嬉しいです。」

そんなことを言いながら、紙袋を渡してきたのである。正直理解できない。何故1度受止めただけなのに、こんなものを渡されるのか。その紙袋を覗いてみると、綺麗にラッピングされたお菓子らしきものが入っていた。


「うん、ありがとう。でも、別に普通のことをしただけだから、礼を言う必要は無いよ。このお菓子も、彼氏にあげた方が喜ぶだろうし。」

そう言うと、彼女は少し不満げな顔をしながら言う。

「これは結城くんのために作ったものなので。それに彼氏はいません。」

「あっ、ごめん。」

「では、ありがとうございました。失礼します。」

そう言って走り去っていく彼女の背中を眺めながら、僕はひとつのことを考えていた。あんなに校内でもてはやされているのに彼氏がいないなんて、と。それに........

「いや、気のせいだな。」

そう、きっと気のせいである。彼女の後ろ姿が、幼稚園の時引っ越していった、もう名前も覚えていない人に似ているなんて。





「おーい、おーい。結城ー!聞こえてるかー。」

「ん?はい?」

「はい?じゃねえよ。授業中に寝んな。」

少々荒っぽいセリフで起こしてくるのは、国語担当の中野先生である。教師なのに、口が荒くて大丈夫なのか?という疑問を抱いた人もいることだろう。その答えは、勿論NOだ。よく職員室で教頭先生に注意されているところを見る。

「んで、ここの答えはなんだ?」

「えーと、傍線部の1文前から抜き出して、ーーーです。」

「ちっ、完璧じゃねーか。」

中野先生の舌打ちが聞こえた気がしたが、そこはスルーする事にして、また惰眠を貪る。そんなこんなで、今日も授業を乗り切る。


6限の終わりを告げる鐘がなると、僕は帰る準備を始める。さっさと家に帰ろう。そう考え、終礼の話もほとんどを聞き流すと、急いで帰路につく。帰りは25分。このまま行けば、16:00には帰れる。しかし、そうは問屋が卸さなかった。

「結城くん。」

また、あの声がかかる。ここ数日で聞き慣れてしまった声である。

「はい。なんでしょう?」

「シフォンケーキどうだった?」

どうやら、朝手渡されたお菓子の評価を聞きに来たようである。

「いや、まだ食べてないんです。あれを出すと、余計な話題を生むかもしれないので。」

「そうだよね。それで、一つお願いがあるんだけど、私とLINE交換してもらえますか?」

「は?」

まるで、核爆弾を落とされたような気分だった。青天の霹靂とは、こういうことを言うのだと実体験して初めて思った。

「いや、結城くん優しいし、お話したいなぁって。」

「まぁ、良いけど。」

そう言って、交換する。新しい友達の欄に表示される彼女の名前は、『斎藤優』。

そう、『ゆう』である。

目の前の彼女を見ると、何故か不自然に笑っている。

そういえば、あの子も『ゆう』って名前だったか。そう、結婚したら同じになっちゃうねって話してたってけ。

「ゆう?」

僕の口から自然にその名が溢れ出ていた。その声が聞いた彼女は、目を丸くする。

「幼稚園の頃に引っ越していった『ゆう』なのか?」

そう。そう考えれば辻褄が合う。僕の名前を知っていたのも、親しげに話しかけてくるのも、後ろ姿が何故か懐かしい気がするのも。

「うん!覚えててくれたんだ。忘れられたと思うと心配で。頑張って祐と同じ学校目指してよかった。」


「うん。僕も会えて嬉しいよ。」

「へへっ、それでね。祐、私の彼氏になってもらえますか?」

僕が驚きで絶句する中、優の唇が迫る。


そして、両者が強制的に無言になる。


「それで、答えは今聞ける?」

眩しい笑顔でそう聞いてくる。



「あぁ、勿論。優を幸せにすると誓うよ。」


笑みを浮かべながらそう答えると、優が泣きながら胸に飛び込んでくる。


そして、


「私も誓うよ!」

そう言って笑った彼女の笑顔を僕は一生忘れないだろう。

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