幸福課税局はいつだって、あなたの幸福だけを願ってる

ちびまるフォイ

どんどん幸せになってくださいね

その一家は毎日幸せに暮らしていた。


大きな一軒家に夫と妻と娘の3人ぐらし。

とりたててお金持ちというほどではないが不便はしていない。


ピアニストを夢見る娘へ大きなピアノを買ったところだった。

大喜びする娘を見て、夫も妻も幸せだった。


「こんにちは、ちょっとよろしいですか?」


「あなたは?」


「幸福課税局のものです。こちらで幸福を検知いたしましたので回収にきました」


家族は顔を見合わせた。


「そちらの娘さんが幸福になられたので、収めてもらえますか?」


「は、はあ……」


「ご協力ありがとうございます。

 この幸福税金は、他にいる不幸な人のために使わせてもらいます」


幸福課税局の役人がいなくなると、娘は気まずそうにしていた。


「ごめんなさい。私の……せい?」


「ちがうわ。そんなこと気にしなくていいの!」

「そうだぞ。俺たちは喜んでもらうためにピアノを買ったんだから」


バカ高いピアノを買った直後に幸福課税のダブルパンチ。

けして家計に痛くないわけがないのだが、夫婦は気を使わせまいとした。


家族はそれからつつましく暮らすようになった。

必要以上の幸福は課税の対象となるためにセーブする必要があった。


それでも、抑えきれない幸福というのは訪れる。


「お父さん! お母さん! 見て! 私、音楽学校の推薦受かったよ!!」


「本当なの!?」

「やったじゃないか!!」


「うん! いっぱい練習して本当によかった!

 音楽学校では有名な先生が指導にあたってくれるの!」


娘は音楽学校ではじまるであろうピアニストへの道を嬉しそうに話していた。

それを遮るようにして扉がコンコンとノックされた。


「どうも、こんにちは。幸福課税局のものです」


「また、あなたですか。こっちで話しましょう」


夫は警戒心たっぷりに対応した。

娘と妻とは別の部屋に課税局を通した。


支払いと話し合いが終わって役人を返すと、妻と娘が不安そうにしていた。


「あなた……」


「大丈夫。突発的な幸福的な課税さ。

 そのために準備していたタンス預金もあるからね。心配ないよ」


「お父さん……私……進学やめたほうが、いい?

 進学したら私たぶん今よりずっと幸せになっちゃうよ。

 そうなったらきっと……」


「な、なんてことを言うんだ! せっかく自分で掴み取った道じゃないか!」


「でも……」


「いいかい。お父さんやお母さんのために遠慮なんてすることはない。

 お前は自分の夢に向かって頑張って良いんだ。

 お前が夢を叶えることが、お父さんにとって最高の夢なんだよ」


「うん……」


娘が寝静まった後に夫と妻はテーブルに向かい合って座った。

家計の状況が崖っぷちだと知る妻だからこそ、夫が娘に聞かせた言葉に心を痛めていた。


「あなた……私も働きに出るわ」


「待て。お前は今でも家事を必死に頑張ってくれているじゃないか。

 これ以上無茶をしたら体がもたないぞ」


「あの子が自分の夢を見つけて、やっと道がひらけたのよ。

 なのに、幸福になってお金が支払えなくなるから夢を諦めろなんて残酷すぎる」


「すまない……俺の稼ぎが足りないばかりに」

「あなた、そういうことじゃないわ。私も力になりたいだけなのよ」


その日から、夫と妻はふたりとも働きに出るようになった。

共働きで帰りが遅くなり昔のように3人で食卓を囲むこともなくなった。


家族で過ごす時間は減り、幸福課税は以前よりも収まって貯金は増えていった。


娘の進学資金のめどがたったときのこと。

夫は職場で妻が倒れたと聞かされ病院へ急いだ。


「先生! 妻は! 妻は大丈夫なんですか!?」


「あ、ああ。しかし今は意識を失っておるよ。しかし……」


「しかし、なんですか。隠さずに全部話してください!」


「この病院では治療が難しい。容態は安定しているがいつ悪化するかもわからん。

 早いとこ、大きな病院で治療しないと命に関わるじゃろう」


「だったら早く大きな病院へ!」

「一応、費用のことも含めて事前に相談をと思ってな」


妻の治療費はこれまでコツコツ貯めていた貯金をごっそり削るには十分すぎる金額だった。

そのうえ、妻が回復するという人生に一度二度あるかないかの幸福が訪れれば課税額はすさまじいことになる。

娘の進学はできなくなる。


深夜、病室で横たわる妻のそばで夫は悩んでいた。


「俺は……いったいどちらを選べばいいんだ……」


夫は自分の心の中で、妻の回復を望まない暗い感情が芽生えていた。


愛する妻の体に繋がれているチューブを引っこ抜くだけで、

娘の進学は叶い、家族二人が幸福課税を差し引いても幸せに暮らせる余裕が生まれる。


夫は意識のない妻のほうに手を伸ばした。

チューブを掴んだとき、娘の顔が脳裏にちらついた。


「ちくしょう……こんなことをして……誰が幸せになれるっていうんだ……」


夫は医者に頼んで妻を大きな病院へ届けてもらった。

先進医療のかいあって妻は元気になった。


家族3人がまた幸せに暮らせるかと思いきや、妻が回復してからというもの夫は変わってしまった。


「酒だ!! もっと酒もってこい!!」


「あなた、もういい加減に……」


「うるせぇな!! 俺の稼ぎで酒を買ったんだ!

 それを飲んで何が悪い! つべこべ言ってねぇでもってこい!!」


誰よりも家族の時間を大切にしていたはずの夫は酒に溺れては暴れるようになった。

これまで夫婦で共有していた貯金も夫が勝手に使っていた。


「あなた、また貯金を勝手に使ったの? 毎月、いったい何に使ってるのよ」


「ああ!? 俺は自分の金を使うのにいちいちお伺いをたてなくちゃいけないのか!?」


「これは娘の将来のために貯金だって言っていたじゃない!」


「何倍にもして返せば文句ねぇだろ!!!」


お互いを尊重した夫婦関係は崩れさり口論が絶えなくなった。

その日も深夜に帰ってきた夫と口論を始めると、娘が起きてしまった。


「お父さん……」


「なんだぁ!? お前まで俺になんか文句あるってのか!!

 大人の事情もなにも知らねぇガキのくせに!! 黙って寝てろ!!」


「お父さん、本当は……それも演技なんでしょ……?」


「はぁ? 何いってんだ?」


「元のお父さんに戻ったら、私達が幸せになって課税されてしまうから

 わざと悪いお父さんを演じて幸福課税にならないようにしているんでしょ!?」


「ふ、ふざけんな!! んなわけねぇだろ!」


「私、家族一緒で幸せに暮らせるなら夢なんていらないよ。

 あの学校じゃなくても夢はいつでも叶えられるもん。

 お父さんが無理しなくても、私は家族みんなで幸せなのが一番いい!」


「うるせぇんだよ!!!」


夫は靴を娘に向かって投げつけた。

靴は娘の後ろの壁に当たった。


「あなた!! なんてことを!!」


「ギャーギャーうるせぇからだよ!! もういい!!」


次の日に家へやってきたのは幸福課税局でもまして夫でもなかった。


「どうも。私、DV相談のものでございます。奥様でございますか?」


「DV相談……? 私、そんな相談してませんけど」


「旦那さんはご在宅で?」

「え、ええ……」


男は後ろに控えていた人間に合図を出す。

控えていた屈強な男たちは勝手に玄関へ上がり込んだ。


「いたぞ! DV男だ!!」


「な、なんだてめぇら!!」


夫を床に這いつくばらせて身動きを取れないように拘束。

男たちは夫の罪状を読み始めた。


「ちょっとまってください! 夫が何をしたっていうんですか!」


「近所の人から通報があったんですよ。奥さん、辛かったでしょう。

 娘さんもいるのに大変でしたね。でももう大丈夫です」


「待ってください! 夫は……夫は幸福課税を逃れるために、

 わざと悪い人間であると演じているんです! 本当は優しい人なんです!」


「奥さん、あなたは洗脳されているんです。

 この手のDVクズ男がよくやる手なんですよ。

 あなたや娘さんが我慢しなくちゃいけない時点でおかしいんです」


騒ぎを聞きつけて別室にいた娘もやってきた。

リビングで拘束されている父親にがくぜんとした。


「お父さん……お父さんをどこへ連れて行くの!?」


「娘さん、これまで辛かったでしょう。怖かったでしょう。

 この人間ゴミは我々がちゃんと処理するから安心してください」


「お父さんを連れて行かないで! だってお父さんは……!」


「我々はあなた達の幸福を願っているんです。

 今は洗脳されているので辛いでしょうが、時間が解決してくれます。

 きっと今の環境が地獄だったことを冷静に振り返られるでしょう」


「お父さん!! もう演じないで!! 元に戻って!」


娘は泣き叫ぶ。

夫はそれを見てさらに暴れた。


「おい! 何見てる! 家族がこんな目にあってるんだぞ!

 家族だったらさっさと助けろ!! 早く!!!」


「このクズめ……!! もういい! 連れて行け!!」


「待って! お父さん!!」


夫は強引に車に乗せられどこかへと運ばれていった。

家には空虚な静けさだけが取り残されていた。


それからしばらくした頃、妻と娘ふたりとなった家に男がやってきた。


「こんにちは。幸福課税局のものです」


「幸福……? 今、幸福なんてどこにも……」


「まあ今はそうですね。実はお渡ししたいものがありまして。

 その際に幸福になるため、一緒に回収に来たんですよ」


「渡したいもの、ですか?」


「こちらです」


幸福課税局の役人は用意していた大金を妻に渡した。

あまりの現実的じゃない金額に驚きの感情が引っ込んでしまった。


「こんな大金、いったいどこから……?」


「あなたの元夫ですよ。どうやら収監される前に生命保険に入っていたんです。

 毎月、保険料支払っていたみたいですよ。奥さんに断りもなく、ね。

 ひどい旦那さんですが、結果オーライですね。おめでとうございます」


役人はパチパチと拍手した。


「これで娘さんの進学資金はもちろん生活もぐっと楽になりますね。

 ほしかったものだって買いたい放題。我慢とは無縁の生活ですよ。

 おめでとうございます。本当に幸せで羨ましい! 幸せでしょう? それでは集金いたしますね」


役人は幸福検知器を取り出したが、わずかも幸福を計測できなかった。

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