第17話 どの『俺』が、一番好き?
「『灰色』の海斗は、ずるい人。全部解っていて、全部把握しているくせに、絶対に自分からは動かない」
仕方無いから、
あなたを紹介してあげる。
「見てたからね」
否定しないようだ。
「悩んで悩んで、あなたはいつまでも悩む。そして解決できない悩みたちが奥深くに沈んでいくのも、自分でちゃんと解っている」
「だからあなたは清らかな霊水を、心の中で、ずっと飲み続けなければならないの」
「え?」
『マスター』は、驚いた。
「1番大人で、何もかも知っているあなたにしか、出来ないこと」
私は続けた。
『マスター』に向かって。
「あなただけは、積み重なる悩みを上手に清めながら、心の混沌と共存しながら、しっかりと生きていく事が出来るから」
テーブルの上に、
大きな盃が現れた。
清らかな霊水で、満たされている。
私は、その盃を見て、こう言った。
「多分、この水を全員飲めば、1人の海斗に戻れる」
『黄色』の海斗は、はっと思い出した様子で叫んだ。
「マナ!」
「?」
「聞きたいんだ、今後のために。その…」
「うん。何?」
「…どの『俺』が、一番好き?」
聞かれると、思わなかった。
みんなが固唾を飲んで、こちらを見ている。
誤魔化したりは、決して出来ない。
でも、答えなど、1つしかない。
「いま私が話したみんなが、1番大好き」
全員の、笑い出す声、不満そうな声が一斉にあがる。
急に、一人一人と会えなくなる寂しさが襲ってくる。
でも、前に進むために、ここまで来たんだから。
儀式を、始めよう。
「まずは、『黄色』の海斗」
導かれるように、『黄色』の海斗は盃を持った。
「マナ、また遊びに行こう」
「うん。約束」
彼は霊水を口にすると、その瞬間、姿を消した。
「次は、『緑色』の海斗」
緑色の海斗は、盃を持った。
「マナ、毎晩添い寝してあげるから」
「うん。よろしく」
霊水を口にした彼は、ゆっくりと姿を消した。
「次は、『紫色』の海斗」
「手を出して、マナ」
「うん?」
右手を差し出すと、『紫色』の海斗は、手の甲にキスをしてくれた。
「もう、俺に謝らなくていいから」
彼が盃の水を飲むと、その姿は跡形もなく消えてしまった。
「次は、『青色』の海斗」
彼は、私をぎゅっと抱きしめた。
「お別れじゃないよね。…また会おう」
「うん」
『青色』の海斗は盃を持ち、そっと口付けた。
彼は風のように一瞬で、いなくなった。
「次は、『赤色』の海斗」
彼は、苦笑いしながら私を見た。
「…色々心配かけて、ごめん」
「うん」
「マナ」
「?」
「愛してる」
その瞬間、抱きすくめられ、唇にキスをされた。
「うん。私も、愛してる」
『赤色』の海斗は盃を持ち、豪快に水を飲んだ。
炎のように鮮やかな色が一瞬舞って、彼は消えていった。
「『マスター』」
彼は、大きく深呼吸をした。
「俺が最後で良かったわけ?みんな不満そうだったけど…」
「うん」
『灰色』の海斗は、私の頭を撫でてくれた。
「偉かったな。本当は、泣き出したかったんだろ」
私は、涙腺が崩壊するのを感じた。
「うん。今も」
彼は、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。俺の事、解ってくれて。何だかスッキリした」
「うん」
私は、盃に残された霊水を、一滴残らず口に含んだ。
「おい、何するんだ、俺の分…」
私は、ありったけの想いを込めて、
『灰色』の海斗に口移しで霊水を飲ませた。
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