地味な彼女。派手な彼女。
1²(一之二乗)
第1話
俺には、好きな人がいる。
その人は元気で、おてんばで、明るい人だ。
誰とでも仲良くなれる、そんな魅力を持っていた。
幼なじみでもあって、俺とは特段仲がよかった。
長い時を一緒にしていれば、好きになってしまうのはほぼ必然的と言えるだろう。
俺もその内の一人だ。
しかし、時と成長というものは残酷で。
小学校から中学校に上がるに連れて、その仲は段々と疎遠になっていく。
悲しい事とは連鎖するもの。疎遠になった彼女をしばらく目にする事はなくなった。
そしてある日、ふと彼女が俺の目の前を通ったとき、開いた口が塞がらなかった。
元気で、おてんばで、明るくて。誰とでも仲良くなれるその人はもう、どこにもいなかった。
彼女は変わっていた。明るいとは正反対だった。
静かで、真面目で、暗くて。誰とも深い関わりを持たないような、そんな人に。
だけど、そこまでショックではなかった。
だって、俺が幼なじみを好きなのは変わらないから。
明るいから好きになったんじゃない。彼女が「倉井愛音」だから好きになったんだ。
暗いなんて関係ない。彼女に何があって変わってしまったか。それだって気にしない。
そう思えるほどに俺は「彼女」に恋をしていたのだった。
だけど、変わってしまった彼女に前までのように声をかけれるわけもなく。
疎遠の状態を保ったまま、俺達は高校に進学した。奇跡だったのは彼女と俺が同じ高校に進学したこと。まぁ、俺が彼女を追って必死に勉強して、同じ高校を受験したのだが。
そこで、またまた奇跡が起こる。
クラスが一緒で、その上彼女と隣の席になったのだ。
このチャンスを棒に振るほど俺は不器用じゃない。
そして今日。ついに勇気を振り絞って彼女に声をかける。
「さん」をつけるべきか、それとも呼び捨てにするべきか迷った。だが、親しみを込めてここは呼び捨てにするべきだと、俺の心が叫んでいる。
………よし。
今は昼休み。愛音は誰かと楽しく会話をしながら食事している。
訳がなく俺の隣の机で一人淡々と箸を進めていた。
ちなみに俺もぼっちだ。いや、ぼっちというよりかは、弁当を一緒に食べるくらいに仲の良い友達がいないだけである。
別に人と喋れない訳ではない。受け答えもしっかりできる。これは本当である。
………愛音を優先し過ぎた故に、今の状況があるのは否めないが。
って、そんな事はどうでも良い。
彼女が弁当を食べ終わる前に早く声をかけなければ!
………緊張してきた。
唇が乾く。手汗がすごい。体が震えている感じがする。
ダメだ!これでは第一声が「あ、あいねひゃんっ!?」みたいに裏声で気持ち悪い感じになってしまう!
と、そうこうしているうちに気づいた。
彼女がデザートのフルーツを口にしていることに。いつの間にか、それほどまでに時間が過ぎてしまっていたらしい。
これはまずい。
よく見ると彼女が今しがた口に運んだフルーツが最後の一つらしく、残された時間はもうないようだった。
「一緒にお弁当食べない?」
そう声をかける予定であるがために俺はまだ一口もお弁当を食べてないのに。
………机にじっと座って動かない俺は回りからどう見られているんだ?
そういえば全然気にしていなかったが、割りと変なやつって思われてないか?
その時、カチャカチャと嫌な音が。
もちろんその音は愛音がお弁当を片付ける音である。
「あっ………!」
「え?」
愛音が驚いた顔をしてこちらを向いた。そして俺と目が合う
しまった。
つい、声が。
「あ………あ……愛音?」
バカ野郎!?
俺!!
何で急に名前呼んでるの!?
「う、うん……」
だーーーーーっ!!
困ってる。困ってるよ!!
どうすればいいとよ!!
「………りょっ君、だよね」
え?
りょっ君?
りょっ君とは小学校の頃の愛音が俺を呼ぶときに使っていたアダ名である。
「そ、そう!りょっ君だよ!俺、りょっ君!」
嬉しくなって、つい連呼してしまう。自分でも気持ち悪いとは分かっているが、この気持ちはどうしても抑えられない。
「あ……うん」
愛音はアハハ……と困り顔を見せる。
やってしまった。
この反応は「あ、あいねひゃんっ!?」と言ってしまったときと同じ反応だ。と思う。
「………………」
「………………」
しゅ~りょ~!!
俺も愛音も黙りこくる。
声をかけたはいいが何を話して良いか考えていなかった俺。
声をかけられたけど何を話せば良いんだ?って顔をする愛音。
き、気まずい!
こういう時はまず話題をつくるべきだよな。
話題……話題……………あっ!
テストだ!今日で全教科返ってきたわけだしちょうど良いではないか!
「「………あの!!」」
あれま。
彼女も何か喋らなければと思ったのか、俺と同時に言葉を発した。
「あ……何?」
「う、ううん!私のはくだらないことだから………」
「いや、俺こそくだらないから………」
「いやいや………」
「ほんとほんと………」
「………………」
「………………」
しゅ~りょ~!!
にはさせないっ!
「え、えと……テ、テストどうだった?」
「テ、テスト!?えーと………まぁまぁ………かな………」
「そ、そっか………」
「そっちは……?」
「ま、まぁまぁ?」
「……そっか」
「………………」
「………………」
しゅ~りょ~!!!
にさせてたまるか!!
「そ、そういえば何か言いかけてたよね。何だったの?」
「あ、それは………」
キーンコンカーン。
その時、愛音の声を遮るように昼休み終了を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。
「あ、じ、授業の準備しなくちゃ!ま、またあとでね………」
「う、うん」
心なしか愛音は安堵したように見えた。やっと俺から解放されると思ったのか、それとも話題を出さなくて良くなったことがほっとしたのか。
どちらにしろ、彼女が困っていたのは一目瞭然だ。
あぁ………やってしまったな。
いや、落ち込んでどうする。ここから挽回してこそ愛音に愛を伝えられるというものだ。
俺はふんと鼻を鳴らして持っていた弁当をリュックにしまう。
うん?弁当?
あ。
「………弁当食い忘れた……」
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