始まりの誓い

津々有楽裏

1.烈火

 生来、彼女は孤独だった。


 生まれてから、成長し、数奇な人生を辿り死に至るまで。——死してなおも。

 その生のうちで、彼女は常に独りだった。


 傍によるものは誰一人としておらず。


 振り向く先には何も残らない。


 誰にも望まれることもなく。


 意味すらまるでないかのような。


 ……それでも彼女は生きていた。


 消えることのない絶望を——夢でしかない儚い希望を抱えながら。

 己の運命を呪いながら。


 だが、それでも。


 生きる目的も、意味も、価値もない彼女は、きっと。


 "あの夜"から既に、死んでしまっていたのかもしれない。




 ◇◇◇




 少女の耳に甘い囁きが近寄る。


 ——1つだけ、汝の望みを叶えよう


 声は慎重だった。

 鋭い爪を研ぎ澄ましながら隠していた。

 声は大胆だった。

 機会を逃すことはなかった。


 ——言え。どんな希望のぞみも叶えてやる。


 声は狡猾で、残忍だった。

 その目は全てを見通していた。


 ——遠慮をすることはない。


 少女に影が宿る。夜の王が目覚めを心待ちにしている。

 声は臆病で、矮小であった。


 ——憎き敵に復讐するもよし。


 ——この世のあらゆることごとくを破壊し尽くすのも面白い。


 ——金銀財宝の山脈を作ることも容易い。


 ——いいか、汝の望みが何であれ、私はお前を満たせるのだ。


 見上げた天空、星々は雲に隠れ、月でさえ輝きを失う。

 名もなき伝記に書き綴られる。

 始まりは、たった1つの小さな祈り。


 ——さあ、言え。望みはなんだ。


 暖かな風が肌を撫でる。優しい魔の手が手足を絡め、囁きは深く笑みを刻む。

 名もなき少女は動かない。


「無理よ」


 ただ一言。少女は吐き捨てた。


「あなたには私を満たすことはできない」


 ——何故か。


「あなたには腕がないわ」


 笑みが歪む。雲の切れ目から、一筋の月明りが差し込む。


 ——当然だ。そして、必要のないものだ。


「でもあなたには体もないわ」


 間髪入れずの即答。

 声は傲慢だった。理解することができなかった。

 そして声は、偉大であった。


 ——なるほど。汝は我の実体を望むか。


「違う。あなたなんていらない」


 おびただしい数の囁きが聞こえる。

 虚無へと誘う甘美な歌声が。


 ——頑なになる必要はない。お前が欲するものは理解した。


「……じゃあ」


 意図せず口がゆるりと動く。

 乾ききった夢物語を、真に受けている。

 水滴が頬を伝い、落ちる。

 無数の深淵の大合唱。世界が揺らぐ。


 ——いいだろう。


 限りない沈黙が流れる。喜びが溢れんばかりに湧き上がって、滴り落ちる。

 声は笑みで顔を裂き、蜂蜜の何倍も甘い囁きを残して消えた。


 ——答える必要はない。


 ——ただ、我に任せていればいい。

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