楽に魔術は学べない? エーテルエール魔術院の魔々ある日常

錦 

第1話 ビール

 「もう朝なのか」


 太陽が木造建築中心の町並みをゆっくりと照らし、小鳥が鳴き、コカトリスが「ギョェェェ」と叫んでる。


 いつもなら清々しいと感じる朝を人間のリツはパソコンとにらめっこして迎えた。


 ボサボサの黒髪、目の下にクマ、椅子に座った中肉中背の身体の姿勢を疲れから丸めている様はとても二十代の青年とは思えない。


 魔術も科学もある世界ゼマチャゴ。


 魔術で自然法則や物理現象に干渉して変化をもたらすもよし、科学で魔術を制御し日常生活の不自由を補って豊かになるもよし。


 この異世界の高等教育機関にあたるエーテルエール魔術院の魔導機械科の一回生としてリツは魔術の勉強にいそしんでいる。


 元の世界では大学まで行ったがどうしても魔術の勉強がしたくて中退、そこからゼマチャゴへ単身で渡り、入試の対策、魔術や他人種についての基礎知識を詰め込んでなんとか魔術院に入学した。


 入学式、オリエンテーションも終えて二月が過ぎ魔術院の雰囲気に少し馴染めてきた今日この頃、リツは徹夜でレポート課題を書いていた。


 提出期限はもう翌日に控えている。


 「ああぁ、ううぅ」


 何でこうなったのか、リツは徹夜で疲弊している脳で考える。


 昨夜は酒屋でエルフのメヒアや人型アリゲーターのロドリゲス他数人の友人達とどんちゃん騒ぎしていた。


 考えてる時間すら無駄になるはっきりとした理由だ。


 その後、深夜に帰宅してレポート課題の存在を思い出し冷や汗をかきながら取り掛かって今に至る。


 「何でこんなことしないといけないんだ。終わらねーよー、オワラネェーヨォー」

 

 リツは嘆き、椅子の背もたれに寄りかかって伸びをする。


 目の前の『ワイバーンの爪を用いたペーパーナイフの製作と性能試験』と題されたレポート課題からそうすることで目をそらしたかった。


 終わりは見えない、去年履修していた先輩はコピー用紙で六十ページ分だったと聞いたが、彼のレポート課題は十二ページ目『製作手順』と冒頭に書かれたところで止まっている。


 休んでいる暇はない、けれど気持ちはどこか遠く、そしてリツは昨夜のことを思い返す。


 「全部あれのせいだ」


 ビール。


 「ジョッキ、瓶、クラフト、特にエルフスあれは良かった。飲みすぎた」


 大手ビールメーカーが作ったそれとは違う。豊かな自然と空気中の豊富な魔力が良質な環境と栄養を供給するエルフの里、その恩恵を受けてストレスなく育った麦芽、山から流れるクリアな水、酵母の役割を果たすスライムによって作られる。それがエルフスことエルフスビール。


 森にいるようなしっとりとした香り、口に含むとはじける炭酸、喉をスッと入るのは水のよう、一口飲んだだけでも身体の芯から熱が生まれて気持ちが昂る。


 魔力を十分に供給しているスライムはアルコールをほとんど生み出さない。


 それ故にリツは友人達と水のように飲み続けた。


 酒の良し悪しは個人によるものがあるが、昨夜の会話のエンジンを回し続けるガソリンにはエルフスビールが最適だった。


 「味は日本酒に近いかな別もんなのに。……懐かしい」


 リツは数年前に離れた故郷の酒のことを思い出す。


 魔術の勉強がしたくてやってきたゼマチャゴのエーテルエール魔術院、だがリツがこれまで積み重ねてきた知識や環境とあまりにもかけ離れた世界で少なからずさみしさを覚え、地球を恋しく思っていた。


 それを紛らわしたくて遊んで気を晴らそうとしてやりすぎてしまう。


 「これからどうすっかな」


 故郷へのさみしさ、せっかくの学びの場を少しお粗末にしてしまっている現状、魅力的なゼマチャゴの者や物。


 不意に訪れた迷い。


 気持ちを天秤にかけてみる。


 「楽しみたいな」


 もっと楽しくいるためにはどうすればいいか。


 今やるべきことが見えてくる。


 「うーしッ! やらなきゃ終わらん! そんで飲み行く!」


 リツは自分に喝を入れてレポートと向かい合った。


 日々勉強。


 魔術も科学もあるこの世界で、それは変わらない。

 

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