3

「今日は、俺の負けや」

俺たちと入れ違いにキューを握り、横を抜けてビリヤード台へと向かう藤乃と沙華さんを見送って、

手に持っていたキューを立て掛けて、投了するマスターの姿が映る。

「別にたまたまだ。いつも勝負は五分だろ」

「いやいや、今日の君は冴えとっ……」

「ちょっと、いいかな穂高冬馬くん。いや、『さん』のほうがいいかな?」

得意げになるわけでもなく、ただ仰々しく両手を上げるマスターと話していると、

さらに仰々しく、そして深刻そうな気配を表情に滲ませる、くたびれた柄シャツを着た男がオーナの会話に割り込んできた。

「なんだ。谷川さん、そんな改まって」

「まあ、座んなよ」

そう言って柄シャツの男改め、谷川達幸は自身の横の席をポンっと叩き、来いよっと意思表示。


「……」

少し考えて、しぶしぶ案内された通りに、谷川さんの横の席に座ることにする。

「お、そいや、ハイボール出してなかったからよ」

「あ、別に藤乃の隣に置いといてくれればよかったのに、そんな長いこと話すわけでもないだろうし」

「だったらいいけどな」

「これからの話は誰にも聞かれたくないんだ、りんくん、悪いんだけど外してくれるかな」

「へいへい、だろうと思ったよ」

俺の手元にハイボールと灰皿を置いて藤乃と沙華さんがビリヤードをやっている方へと向かっていく。本格的に首を突っ込む気はないのだろう。

マスターの表情は、少し曇っているのが、妙に気になったが、

それ以上に人払いをしてまでしたい話とはなんだろうか。フリーの記者のようではあるが、俺から何か聞きたいことでもあったのだろうか。

「で、俺に話って?」

このまま考えてもラチが明かないことは明白だし、いつものハイライトを咥えて一服。

「これは、君だよね。いやぁ、山陰の狼なんて大層な名前じゃないか」

「何が言いたい?」

のんきに煙草をふかしていた俺の目の前には中ほどのページに付箋が張られている数年前の週刊誌が一冊。

谷川さんは該当のページを開いて俺に見せてくる。

「ここのページに乗っているのは事実か?」

「ん?ああ。そんなことか。――事実だと言ったらなんなんだ?」


『一夜の襲撃、西日本最大級!指定暴力団傘下、進藤連合会壊滅か。犯人は一人の少年か?』の見出しがおどるページを突き付けてくる谷川さんに極めて冷静な口調で答えて、煙草を吸う。

「事実だと言ったら君は……狼、怪物だな。何が目的でここにいる。君といるあの子は何者なんだ」

「まぁ、これでも飲んで落ち着けよ、おっさん。いい獲物が居る時こそ冷静に、いい獲物こそ隙をみせると……食い殺される。そういうもんだ」

俺の凄みに気圧されたのか、汗をかいたグラスに入ったハイボールを飲む谷川のおっさんはそこから静かに何かを考えているようだった。


「用がそれだけならもう行くが?」

いつもの様にフィルターギリギリまで吸ったハイライトをハイライトに押し付けて、席を立つ。

「じゃあ、これもの仕業なのか?」

「別に、興味ねえな」

「そう言わず、確認して答えてくれ」

先程までと違ってどこか余裕そうな口調で問いかけ、谷川のおっさんは静かに俺が座っていた場所のテーブルに一枚のペラ紙を裏返しに置いた。

なにが書かれているのだろうか、しかもこの余裕である。あの記事の通り、裏の世界、堅気ではない人ともやりあって、そいつらも慄いた凄みにも引かない心持ちというのは、このおっさんはどうなっているのだろうか。藤乃もそうだが、なかなか食えない奴らしい。興味ないといったものの、そんな奴が自信ありげに見せる紙切れは気になるのだ。

その興味に負けて、その紙を裏返した時。

そこに書かれている内容をみて、俺はふつふつと頭が熱くなるのを感じる。

「ん、なんだこれ、っつ……あの、クソジジイ、やりやがったなっ」

不穏を空気を切り裂くように、俺はそのペラ紙を引き裂いた。


「さっきまでの化けの皮が剥がれたみたいだね、その反応だけで十分だ。君の言った通りに、冷静になったほうがよかったね」

――おかげで、楽に裏取りまで出来たから。


「さぁ、質問に答えてもらおうか」




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