6

フライングで二人の内で乾杯をした後、残りの三人とも乾杯をし、

私達の関係を根掘り葉掘り聞かれている時、ふと、先ほど、フリーのライターの肩書きの名刺をくれた谷川さんが、少し間を開けて聞いてきた。

「多賀野江って、珍しい苗字だけど、もしかして、出身は岐阜?」

「そうですけど、よくご存じですね……」

私がなぜ最低限の情報しか伝えていないにも関わらず、私の出生地がバレるなんてマスコミ関係の人というのはここまで情報通なのかと、一人一抹の怖さを感じると共に感嘆している時。

「この、おっさん仕事だけはいい腕してるらしいからなぁ」

「ですねぇ、でも、依月さんもおんなじですよ。というかオーナーも常連さんもだらしないですからね。色々と!」

「うっ、やかましいわっ……!」

栗原依月くりはらいつきというこの店の店長と紹介を受けた彼がそうやって谷川さんをコケにするのに続けて、

国立どころか全国的にも難関と謳われる国立の大学の新四年生だという才媛さいえん

橘沙華たちばなさなさんもここのお店の男性陣はみんなだらしないと糾弾し、それを聞いた男性陣は気まずそうに私より大きな体を縮こめてうつむいている姿はどこか滑稽に映った。

「まぁ、さっきのは当てずっぽうだからね、僕のほうが驚いてるよ」

気泡舞うストローグラスのシャンパンを口に含みながら、そう口とは裏腹に落ち着いてシャンパンを嗜む谷川さんはそう言ってフッと自嘲気味に笑って見せる。

「おい、そろそろ――」

「あ、そうでした!」

今まで質問攻めにあったうえ、当てずっぽうと言えど、メディアの人に出身地を充てられるというある意味ホラーより怖い体験をした私は、今日ここになんのために来たのかを、すっかり失念していたのだった。

それを、私に”連れ出された側”の冬馬さんに思い出させしてもらうなんてホスト失格だろう。

「ん?なんだ?なんか、あんのか?」

と私たちのやり取りを聞いていたマスターの依月さんが、谷川さんと私の空いたグラスに少し泡の元気が無くなりつつあるシャンパンを注ぎながら反応する。

「あの、このお店を調べたの、ビリヤードやるためなんです。……私じゃなくて、こっちの人ですけど」

隣りでまだグラスに半分ほどのシャンパンを残して、いつも通りの煙草を吸う冬馬さんを指差す。

「あぁ、だからうちに来たのか、ちょっと待ってろよ」

そう言い残し依月さんはバックルームに消えていく。

「いま、ハウスのキュー取りに行ってますから、しばらく待ってくださいね」

と、私たちに断る沙華さん。聞けば以前は台の近くのラックに何本か置いていたようだが、サークルか何かの打ち上げて来た大学生グループに酔った勢いでキューを数本折られ、それに激高した依月さんが彼らの腕をへし折ろうとしたようで、それ以来、希望する人に一本ずつ貸すようになったとか、まぁ。まだこの街の大学生たちは立川の人たちよりは大人しいですけど――と沙華さんが話す間に、

奥から二本のキューをもって来た依月さんが私たちに一本ずつ差し出した。

「すまんな、いいのが無かったから、俺の使ってくれ」

キューの値段は知らないが明らかに高そうな装飾が施されたキューを持つのを憚られて尻込みする私を尻目に、冬馬さんはそのキューを受け取り、同時に口を開いた。

「マスター、俺と一戦。どうです?」

と、突然の宣戦布告に依月さんは涼しい顔を『にやり』と、ゆがめて冬馬さんと視線を交わす

「別にええよ。じゃあ負けた方は……。」

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