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「悪かったよ。いろいろ考えてくれたのによ……」
「いや、なんか私も悪かったので……。まだ距離感分かりませんもんね。仕方ないですよ」
冬馬さんと私、共にお店の人と常連さんの手助けの甲斐あって、
無事に仲直りのような雰囲気になった時。
カウンター内の奥の方から、『ポンッ』という破裂音と共に、
逆さにした5つのストローグラスの脚を指に挟んだ無造作ヘアのバーテンダーさんが現れた。
「よし、じゃあ丸く収まったし、自己紹介もかねて、乾杯でもしようや。谷川さんの驕りで!」
「えぇ!なんで僕なの!まぁ、いいけどさ……」
「谷川さんならそういうと思っとったよ」
お兄さんはけらけらと笑いながら、手慣れた様子でストローグラスにしゅわっと微発砲の液体を半分ほど注ぎいれ、人数分、5つのシャンパンが用意されていた。
「よし、じゃあこれ」
そう言って、無造作ヘアのお兄さんは少し気まずい私達に2つ、お姉さんに1つ、そして、先ほど勝手にシャンパンを付けられたおじさんに1つとみんなにシャンパンを行き渡らせたところで、何かの宴会の挨拶かのように前にたってグラスを掲げた。
「よし、じゃあ……。我ら生まれた時は違えど――」
「誰が、『桃園の誓い』をしろって言ったんですか!まともにやって下さい」
「しかも、あれ5人じゃなくて3人だし、君ら兄妹じゃないの……」
この手の挨拶のお約束ともいえる出落ち狙いのお兄さんのボケに、鋭く冷たく突っ込むお姉さんと常連と思わしきおじさんのやり取りに少し頬に余計な力がこもった時だった、
隣りから笑い声が漏れ聞こえてきたのだ。
「っふ……。俺、こういうしょうもないの好きなんだよなッっ……」
意外な発見であった。冬馬さんは真っ先に冷めた目で切り捨てそうな状況なのにと、一人ほほえましくなる。本当は私が思っているよりも素直な人で、私が勝手に大人な人だと決めつけていたせいで、ぶつかったのかも知れないと反省する。
「ほら、見ろよ沙華!ウケてるじゃねーか!」
「ええっ!なんで!?全く面白くないのに!」
「もうどうでもいいけど、早くしてよ!」
なにやらお店の人たちが盛り上がる中を後目に、
私は改めて隣に座る冬馬さんに話しかける。
「さっきはごめんなさい。急に怒ったりして……」
「……誰だって、触れてほしくないことくらいあるよな」
「まぁ、ですね。……私もなんか、言い過ぎたかもなって」
私が反省している時だった。
相変わらず私と目を合わせずに前に並んでいるラベルにアルファベットが書かれた色とりどりのボトルを眺めながら
冬馬さんは、すぅっと流れるようにこちらにグラスを差し出した。
「これから、改めて。――宜しく頼む」
「んー……。まぁわかりました。こちらこそ――宜しくお願いします」
『キンっ』っと甲高い音でグラス同士が軽く触れる。
本当の意味で、少しだけ分かり合えた気がした。
きっとこれからもぶつかることはあるのだろうが、その時もまた、こんな風に折り合えればとそう願う。
少し口に含んだシャンパンは、思ったよりも渋みが強く感じられ、大人な味だった。
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