夜の燻煙を撞く

1

「はぁ……」

出汁巻き卵に舌鼓を打ち、気ままに眠り、

そして、昨日上がり込んで来た一つ年上の男の人、穂高冬馬さんに怒られて

少し、傷心気味の私は息を吐く。

いや、傷心というのはおかしい。私が撒いた種なのだから。

というより、少し嬉しいのかもしれない。今まで腫れ物に触るようだった世間の中に一人だけ。私を真っ直ぐ見てくれる人がいる事が分かったから。でも、「家賃が!」とか、「そこで寝るな!」とか、どこか懐かしいような怒られ方をしたら、多少なりともこうなるものだろう。ましてや怒った本人は親でも無いのだから。

と、そこであることに気づく、私の方が居候なのでは、ということだ。

先程、冬馬さんと大家さんの会話を夢見心地で聞き流していた際に、そんな会話をしていたようだが、ほぼ毎食作ってくれて、お金は求められないし。それどころか家賃も「今月は俺がだしてやる」と私を絞った後に言ってくれていた。

……と来たら。私の方が居候で間違いない。のではないだろうか。

このままでは、誰が見ても私が冬馬さんに寄生しているか、もしくは飼われていると思われるだろう。

せめてご飯の材料費だけでも払わないといけない気がする。まぁ、月5万の家賃すら滞納しかけた私からお金をもらうほど余裕が無いわけじゃないと先程突っぱねられたばかりなのだけど……。

となると、何か別の方法で恩を返すしか、私の立場を取り返す方法はない。

などと、眠り落ちる前に冬馬さんにかけてもらったタオルケットを肩にかけ、ちょこん腕で両足で抱え込んで考える。

「なにがいいかな……」

一人誰に聞かせるわけでもなく呟いた時、部屋の隅にある冬馬さんの唯一の持ち込んだ私物と

そうか、これだ。と私は誕生日やお祝い事でサプライズを企てる子供のような気持ちになり、手元にあるスマートフォンで調べ事に取り掛かる。

ブラウザを立ち上げて、恐らく引っかかるであろうと思われるワードを入れて検索を、すると一軒だけ該当するお店を見つけることが出来た。どうやらそのお店は20時からのようで、画面右上に18時半を表示するスマートフォンを見て、冬馬さんはどんな反応をするのかと想像していると、外で煙草を吸っていた冬馬さんが帰ってきた。

「あ、なんか臭いと思ったら」

「いいだろ、どうせ風呂入るんだから」

「けど、部屋の中まで臭くなるじゃないですか」

「わかった、わかったよ。悪かったって」

いつも通りのこのやりとり。決着はつかない事もわかっているので、いよいよ本題を切りだすことにする。

「冬馬さん、今日この後ちょっと付き合ってくれませんか?」

「え?なんだ藪から棒に」

私の誘いに対し、少しめんどくさそうに、こちらへ振り向く冬馬さんと目線が交差する。

「藤乃。お前、なに隠してんだ?」

「え?」

想像していない不意打ちに私は思わず驚いてしまった。それがよくなかった。

「やっぱりな、俺は初め、お前は誰にも本音も弱みも見せない、他人を信じない難しい奴だと思ってたが、そうじゃない。頼る人間が居なかっただけなんだろ?今のお前、分りやすいからな。少なくとも、もう俺に殺意が無いと言うことを分かってくれた証拠だろうからな」


――確かに。

いつの間にか、私はこの人に警戒感を抱かなくなっていた。心が読めないこの人のことを、存在を勝手に認めていたのだ。餌付けされたからなのか、家賃を払ってくれたからなのだろうか。多分、どちらも違うのだ。恐らく一番の理由は

――心を読む必要が無いくらい素直な人だから。

だから私は、いや私も。

「で?まぁ、どこでもいくんだ?」

「秘密ですっ」

人を寄せ付けない狼みたいな癖に、私に甲斐甲斐しく世話を焼くこの人のことが、どうしようもなく気になってしまうのだ。


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