第14話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―3

「何やってんだてめえええっ!」

「なっ! コイツはさっきまで騎士と話してた野郎!?」


 俺はシンクに乱暴をしようとしていた男を大声で驚かせる。


「今すぐシンクから離れろ!」

「……ッ!? ツヅリ君!」


 シンクは俺の姿を見ると両目に涙を溜めて俺の名を呼んだ。


「はあ? お前、シンクの知り合いかよ」

「そんなところだ。さあ、シンクから手を離せ」

「何言ってやがる。コイツをどうしようと俺の勝手だろ。コイツは俺の物だからな」

「俺の物って……シンクは誰の物でもないだろ!」


 俺は男の態度に憤り、両手の拳を握りしめる。


「た、助けて、ツヅリ君……この人、私に乱暴する気なの……」

「そんなもの見れば分かる。今助けてやるからな」


 俺は目を瞑り、告白魔法の詠唱をする覚悟を決める。


「もう一度力を貸してくれ椎名さん……」

「あぁん? 何をブツブツと――」


「俺は君を愛してる!」


 次の瞬間、俺の右手から憧憬の炎が放たれる。


「ぬおっ!? これは魔法!?」


 憧憬の炎はルミナが俺にしたように男の足元を焦がす。


「今だ! シンク! 俺の方に来い!」


 怯んだ男から手を離されたシンクは走って俺に抱きついてくる。


「ちょっ、シンクさん!?」

「ツヅリ君……怖かったよぉ……」


 突然女の子に抱きつかれた上、怯えた声で甘えられた俺は頭が真っ白になりかける。

 シンクの身体は栄養が行き渡っているのか不安になるほど華奢で、抱き返せばうっかり壊してしまうのではないかと思う程に繊細な感触だった。


「クソッ、軟弱そうな見た目のくせに舐めた真似しやがって!」


 シンクを奪われた男は悪態を吐きながら忌々しそうに俺を睨む。


「俺の炎に焼かれたくなかったら失せろ」


 俺は女の子を守っているということに自惚れてそんな台詞を吐く。

 けれど、これは自惚れても仕方がない。

 せっかく、告白魔法というチート能力を手に入れたのだからそれを使わないなんて考えられない。

 そして、チート能力で成り上がるついでに、こうして数々の女の子とフラグを立ててしまうのである。

 俺はもう椎名さんという人がいるから、いくらモテモテになっても正直困ってしまうがな!


「ツヅリ君……鼻の下が伸びてるよ?」

「おっと、いかんいかん。シンク、俺の後ろに隠れていろ。俺がお前を守る!」


 俺がシンクの前に立ってそう言うと、シンクは顔を赤らめて言われた通りに俺の背後に身を潜める。


「ケッ、急に現れて彼氏面とはいい度胸じゃねえか! お前はシンクのなんだって言うんだ!」

「俺は――この子の恋人だ!」


 背後の少女の盾となるため、俺は男に嘘を吐く。

 すると、男は面食らった様子で俺とシンクを交互に見る。


「シンク……お前、まさかこんな野郎と……」

「ごめんねアラン君……もう私はあなたの物じゃないの……」


 シンクにそう言われたアランはわなわなと身体を震わせていた。


「……ケッ、このアマ、最近俺を避けていると思ったらそういうことだったのか! このアバズレ尻軽女! どうも怪しいと思ってたら、やっぱり他に男を作っていやがったんだな!」


 アランは腰から短剣を抜き、俺たちに向かって振りかざす。


「あの男、武器を持っていたのか!」


 アランという男は荒々しい見た目に違わず、危険な人物だった。


「よくも俺を裏切ったなシンク! あれだけ良くしてやったのに!」


 俺はアランから殺気を感じて告白魔法を使用する決意をする。


「俺は君を――」

「させるかよぉっ!」


 だが、アランは詠唱で生まれた隙を見計らって距離を詰め、俺の脇腹を短剣の刃で突き刺す。


「ぐあああああっ!」

「ツヅリ君!?」


 農作業である程度は鍛えられていたとはいえ、大してフィジカルがある訳ではない俺は一撃で立つことも出来なくなる。


「へへっ、ざまあねえな! 魔法使い相手の喧嘩必勝法くらい、俺は知ってるんだよ!」

「詠唱中を狙うなんて卑怯だぞ……」

「卑怯なんざありゃしねえ! 俺みたいな詠唱で魔法を使えない奴をクズ呼ばわりする魔法使い共の方がよっぽど卑怯だと思うがな!」


 血のこびりついた短剣を握りしめるアランは倒れている俺の腹を蹴り飛ばす。


「オラッ! オラッ! オラァッ! 情けねえなあツヅリ君よぉ! 悔しかったら魔法の一つでも使ってみろよ! ギャハハッ!」


 俺は下卑た挑発をするアランに傷口を執拗に蹴られ続ける。

 悔しいが、今の俺は憧憬の炎を出せるような心境ではない。

 アランの攻撃に命の危機を感じて俺は身体が震えて立ち上がることさえ出来なくなっていた。


「俺の女に手を出しやがって! 俺はお前のような魔法使いのエリートが大嫌いなんだよ!」


 アランは疲れたのか、息を切らして一旦蹴りを止める。


「ハァ、ハァ、最後に一言だけ喋らせてやる。強がりでも命乞いでもなんでもいいが、言い残すことはあるかよ」

「俺は…………『死にたくない』」


 自分の未熟さを呪った俺は本音を零す。

 こんなに惨めな最期を迎えるなら転生なんてしなければ良かった。

 チート能力やらハーレムやらと粋がっていた自分が恥ずかしい。


「ギャハハハッ! 死にたくないか! いい命乞いだな! だけど止めねえ! くたばりやがれ!」


 アランが渾身の蹴りを俺の頭に喰らわせようとする。

 俺は死を覚悟して凍えるような寒気を感じた。


 ――しかし、俺の左手には何故か、真っ赤な炎が灯っていた。


「なにぃ!?」


 振りかぶった右脚で俺を蹴り殺そうとしていたアランはたまげたような声を出す。


 アランの右脚は直撃の寸前に突き出された俺の左手によって受け止められ、強烈な冷気でカチコチに凍らされていた。


「ぎゃああああっ! 俺の脚があああああっ!」


 アランはクリスタルのような氷の塊に閉じ込められた自身の右脚を抱えて地面をのたうち回る。


「……俺に一言でも発言させるべきじゃなかったな」


 俺は自らの手に情炎が宿った瞬間、勝機を察していた。


「どうして!? 何故!? お前はあの状況で魔法が使えるんだ!?」

「正直、詠唱を止められた時はもう駄目だと思ったさ。けど、おかげでようやく、告白魔法がどういうものか理解出来た」


 告白魔法の発動に必要な条件は嘘偽りがない自分の感情を言葉にして表すこと。

 俺は死にたくないと言った瞬間にその条件を満たしていた。


「今、俺の左手に宿る感情の名は『恐怖』。戦慄から生まれたこの炎は『凍結』の性質を持ち、万物を氷に閉ざす冷気を放出する」


 死にたくないという言葉はアランに対する命乞いではなく、純粋な俺の切なる願いだった。

 愛を叫ぶ余裕がないなら、怯える心を武器にしてしまえばいい。

 憧憬の炎を使用するにはまず椎名さんへの想いをイメージする必要がある。

 だが、恐怖の炎ならば、今自らが感じているものをそのまま使えばいいのだから詠唱で魔力を錬るプロセスを大幅に簡略出来る。

 芽生えた感情に身を任せて臨機応変に魔法を切り替えることで告白魔法使いは詠唱の弱点をある程度克服出来るのである。


「ピンチで覚醒するなんてなんとも主人公らしい能力じゃないか」


 俺はそう言いながら恐怖の炎で脇腹の傷口を氷で塞いで痩我慢で立ち上がり、


「……でも、主人公の覚醒にしては、きっかけが恐怖だなんてとてもじゃないが、ダサ過ぎるぜ」


 自嘲を含んだ台詞を付け加えてシニカルに微笑んだ。


 

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