第4話 まるでアナタはあてもなく彷徨う野良猫のように


「これが魔法都市アンコール……お、おお~っ」


 故郷を旅立ってから一週間後の昼、俺とラビィはやっと目的地に到着した。

 四方を高い壁に囲まれた魔法都市アンコールの関所を潜り抜けた俺は街の風景を見て思わず感嘆の息を漏らした。

 魔法都市というだけあって、街を行き交う人々は様々な魔法を行使していた。

 口から火を噴く魔法。

 掌から水を湧き出させる魔法。

 土からゴーレムを生み出す魔法。

 人々はそれらの魔法を商売などに生かしている。


「あまりキョロキョロしていると田舎者のおのぼりさんだと思われるわよ」


 姿を消しているらしいラビィが俺の背後から話しかけてくる。


「いいだろ。実際、田舎者なんだし。だけど、やっぱりこういう風景を見ると俺は異世界転生したんだなって気分になるよ」

「そうね。とはいえ、魔法都市アンコールはこっちの世界でも特に異質な場所なのよ。なんと言っても、市民の魔法習得者率が98%にもなっているという話よ。冒険者ギルドや魔法学校みたいな施設もあるらしいわ」

「冒険者ギルドに魔法学校とかファンタジー的な要素がマシマシだな。ところで、俺はこれから一体どうすればいいんだ?」

「知らないわ。何度も言っているけど私はエロース様から何も聞いていないもの」

「お前……一体なんのためにいると思っているんだ」


 堂々と「私を頼るな」とでも言いたげな態度を取るラビィに俺は頭を抱える。


「しょうがない。今日は一先ず宿を取って休もう。ここから一番近い宿は――」


 俺は関所でもらったアンコールのガイドブックを開いて手近な宿屋を目指すことにした。


          @ @ @


「……ここで合っているよな?」

「ガイドブックの地図にはちゃんと宿屋のマーキングがついているから間違いないと思うわよ?」


 俺とラビィが辿り着いた宿屋は人通りの少ない路地の一角に建っていた。

 外観は小綺麗だが、俺には少々気になる点がいくつかあった。

 宿屋『猫屋敷』。

 ガイドブックによるとカップル向けの宿泊施設で、二人以上の宿泊客は料金が割引されるらしい。


「なあ、この宿屋ってもしかして……」

「何をぐだぐだしているのよ。二人一組じゃないと泊まれないって言うなら私も実体化するわよ。流石に神の遣いたる私がタダで寝泊まりなんてみみっちいことは出来ないわ。その代わり、ちゃんと私の正体はごまかしなさいよ」


 ラビィは姿を現して宿屋に突入する。


「あらあら、いらっしゃ~い。宿泊と休憩、どっちにする?」


 宿屋の受付にはパイプを咥えた一人の女性が座っていた。

 女性は妖艶な雰囲気を纏う豊満な身体の持ち主であり、頭からは二本の角が生えていた。


「……コスプレ?」

「失礼ねえ。私の角は本物よ。触ってみる?」


 首を傾げた俺に女性は艶めかしい微笑みを浮かべてそう言った。


「その特徴、アンタは魔族ね。エルフや獣人に比べればかなり珍しい種族だけど、これだけ大きな街だもの。いてもおかしくはないわよね」


 そう言えば、こっちの世界に転生してからの話だが、聞いたことがある。

 こっちの世界では人間の他にも様々な亜人がいて、異種間結婚なども割と普通に行われているらしい。


「そういうあなたはハーピーかしら?」

「はあ? 私をハーピーみたいな下等生物と一緒にしないで欲しいわね。私は愛を司る神の遣いキューピ――」

「いやコイツはハーピーだ! 誰がなんと言おうとハーピーだ!」


 俺は自分で言っていたくせに自分から正体を明かそうとするラビィの頭を小突いて黙らせ、咄嗟に誤魔化す。


「痛いわね! 急に何するのよ!」

「それはこっちの台詞だ! なんで勝手に自分からボロを出していくんだよ!」

「ハッ――!」


 ラビィは自身が口走ろうとしていたことに気づいて口を両手で押さえる。

 この自称キューピットが役に立つのか不安になって来た。


「とにかく、女将さん……でいいのか? これで俺たち二人を泊めてくれ」


 俺は受付カウンターに全財産の詰まった革袋を置く。


「……残念だけど、これでは泊まれないわねえ」

「「えっ!?」」


 しかし、魔族の女将さんは金額を確認するまでもなく、俺たちにそう言い放った。

 俺とラビィは予想もしていなかったその返答に声を揃えて驚愕する。


「金額が足りないという訳ではないのよ。ただ、この通貨は魔法都市アンコールでは使えないの」

「待ってくれ。プシュケー通貨はこの世界で基準になっている通貨じゃないのか?」

「ここは魔法都市よ? 重い硬貨をジャラジャラと持ち歩いたりはしないわ。代わりとして、私たちはこれを使ってお金を管理してるの」


 女将さんは俺たちに一枚のカードを見せる。


「これはアンコールパス。お金をこのカードに貯めて魔法陣にピッとするだけで簡単にお買い物が出来るのよ」


 なんだか、前世の世界にあった電子マネーのカードみたいだ。

 もしかしたら、一見すると中世ヨーロッパ程度に思えるこの世界の文明レベルは意外にもあっちの世界とそれほど変わらないのかもしれない。

 現代知識チート無双とか考えていた俺が馬鹿だったのかもしれない。


「それと、この宿屋だけど、18歳未満は利用させられないのよね」


 女将さんはそう言って苦笑するのだった。


          @ @ @


「結局、今日は宿無しな上に使えるお金すら手元にないが、これからどうすればいい?」

「知らないわよ~。それより歩きすぎて疲れた~」


 時刻は夕方になり、冒険者ギルドの前で俺たち二人は項垂れていた。


「まさか、冒険者ギルドで仕事を受けるためには年齢制限があるとは……」

「18歳未満は冒険者としての登録も出来ないとか、この街の法整備は結構しっかりしているわね」

「そこをしっかりされると俺は困るんだけどな」


 完全に予定が狂った。

 異世界転生のくせにゲームのお約束が全然通じない。


「アンコールパスとやらの発行にも審査とか手続きが必要らしいから、少なくとも数日はなんとかしないと私たち野垂れ死にするわよ」

「怖いこと言うなよ。流石に換金所くらいは街のどこかにあるだろ。まあ、どの道カードがないとチャージも出来ないだろうけど」

「大体何よアンコールパスって! いつの間にそんなハイテク通貨作ったのよこの世界の人間は! ハイテク突き詰めたせいで欠陥通貨になっているじゃない!」

「いや、きっと俺たちがこの街のシステムをよく知らずに来てしまっただけだろ。異世界転生して片田舎で育った俺が知る由もないことだが、普通はみんなそのカードの存在を知っていてこの街にやってくるのかもしれない」

「アンタはどうしてこの状況で冷静になっていられるのよ! 私はもう一歩も歩けないわよ! ああっ! 助けて神様仏様エロース様! 私たちこのままだと餓死するわ!」

「別に俺は冷静になっている訳じゃない。というか、ここ最近ずっとなんだが、俺は誰かに見られているような気がするんだ」

「それは自意識過剰よ! 誰がアンタみたいな冴えない男を監視なんてするのよ! 半日アンタを見ているくらいなら豆腐を3日間見ていた方が精神的にマシよ!」

「お、お前ええっ! 俺は真剣に話しているというのに流れるような減らず口を叩きやがって!」


 そろそろラビィに対する苛立ちが限界まで来ていた俺はラビィの頭に拳骨を喰らわせようかと思っていた。


「あの……何かお困りでしょうか?」


 しかし、その時、俺に何者かが声を掛けて来た。

 俺が振り返ると、そこには黒い髪と赤い瞳の美しい少女が立っており、心配そうな顔で俺を見つめていた。


「あっ、いや、俺たちはその……」


 思わぬ美少女との邂逅に俺は一瞬たじろいでしまう。


「オタク君さぁ、女慣れしていないのがバレバレよ」

「……うるさいな」


 姿を消しているラビィは俺をからかってくる。

 俺はラビィの存在が目の前の少女に知られないよう小声で言い返した。


「お困りでしたら、私を頼ってください。私はルミナ――ルミナ・メルトリシアと申します」

「は、はあ、初めまして。俺はツヅリ・ランダース。こっちの小さい奴はラビィ」


 俺はルミナという美少女に名乗るが、ルミナは怪訝な表情をしていた。


「……初めまして? この私が分からないのですか? ルミナという名前にも聞き覚えはありませんか?」

「えっ? 俺たち初対面じゃないのか?」


 そう言われると、このルミナという少女はどことなく東洋系の顔形をしているというか、何故か日本人っぽい雰囲気が感じられる。

 それに、俺はルミナをどこかで見たような気がする。

 だが、その詳しいことまでは思い出せなかった。


「そうですか。憶えていないのであれば仕方がありませんね」


 ルミナは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに笑顔で誤魔化した。


「それよりも、お二人は宿が見つからなくて困っているのですよね? でしたら、私が宿を一つ、取って差し上げますよ」

「「なんだって!?」」


 ルミナの言ったその一言に俺とラビィはすぐさま喰いついたのだった。

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