第262話 俺をからかったからちょっとだけやり返した。

「おーい、そろそろ行ってもいい?」

千歳の声が聞こえた。


「ああ、どうした?」

俺は心の中で答えてみる。


「いきなり行って、いい雰囲気の中でチューしていたら嫌でしょ?

とりあえず行く前に確認したの」

そう言いながら千歳が現れる。


「メリシアさん、荷物はメリシアさんの部屋でいいよね?」

「はい」


「んじゃ転送!…そのうちジョマ達みたいに溜めが不要になるのかな?これが人の限界かな?」

そう言いながら笑う千歳。


「お父さん、見える?今居る公園のイメージ送ったよ」


公園の時計を見ると5時半を過ぎた所だった。

「お父さんが来るまで5分かな?」


本当に5分して父さん達がくる。

母さんは散々食べたのだろう。ニコニコしていて父さんは見ているだけで辛かったと言う顔をしている。


聞いたら「クレープ、シュークリーム、おはぎ、ケーキ、ゴマ団子、アイス、たい焼き…

エンドレススイーツだぞ?」とゲッソリしていた。


「ツネノリ、俺甘い匂いしていないか?」

「平気だよ」


「ツネノリとメリシアは洋服か、似合っておる。千歳は何処に行っていた?私達と行動すれば良かったであろう?」

「ちょっとやる事あったし、2人の邪魔をしたくなかったんだよぉ〜」

そう言ってちょっとだけ申し訳ない顔で笑う千歳。


「邪魔だなどと思わんぞ?」

「ありがとうルルお母さん」


「それで夕飯とかこの後はどうするんだ?

メリシアに明日朝って言ったのだから何処かに泊まるつもりだろ?

と、言うかルルは夕飯食えるのか?」

「バカにしてもらっては困る!別腹だ!」


「そうかよ…」

父さんは母さんを見て呆れている。


「んじゃ、少し早いけど行くかな」

「行く?」


「うん。おおっと、この人数の転送は初めてだ!

ツネノリみたいに失敗したら笑って許してね」

「おいマジか?」


「あはは、うそうそ。

やれなかったらお父さんに泣きつくって」


そして転送された先はまさかのエテだった。


「エテ?」

「うん、ツネノリがこの前ご飯残したから今日はエテに泊まります!」


「バカ、千歳!幾らすると思ってんだ」

父さんが目を白黒させて千歳に言う。


「甘い」

そう言って千歳はプレイヤーに配られる時計を父さんに見せている。


「なんだこの額!?」

「ふっふっふ、お父さんに文句を言われないようにセカンド中に光の剣を飛ばして魔物を倒し続けました!」


「それで別行動だったのか…」

「まあ、それだけじゃないんだけどね〜。

まあ、6人分キッチリ稼いだんだからお父さんは文句言わないでよね!」


「6人?」

「そうだよ」


千歳に着いて行って宿まで行く。

「あ、ツネノリ…、あの最終戦の日に外に出るのを嫌がった理由がわかったよ」

「ああ、先に顔を出したのか…」


「私も苦手だわ」

「だろ?」


このやり取りをメリシアが不思議そうに見る。


「ようこそおいでくださいました!勇者様!」

「ようこそおいでくださいました!」


「長旅お疲れ様でした。勇者様の奥様!」

「お疲れ様でした!」


うわー、来た。

女将を真ん中にスタッフの人達が姿勢正しく挨拶をしてくる。

悪く言いたくないけど、エテの人達は目が怖い。


母さんがドン引きしてメリシアは「うわー、すごーい」と驚いている。


「本日は当宿をお選びいただきありがとうございます。博愛の天使様!」

「天使様!」

「うへぇ…天使はやめてよぉ」


「次代の勇者様におかれましてはご無事にまたお会いできました事を嬉しく思います!

勇者様の花嫁様、はじめまして。

従業員一同、先日の大立ち回りには感動いたしました!」

「次代の勇者様!万歳!

勇者の花嫁様!万歳!」


「本日は従業員一同心よりおもてなしをさせていただきます!

天使様、聖母様は既にお部屋でお待ちですよ」


「ありがとうございます」

「聖母様?」


その謎はすぐに解けた。

「千歳、先に来たわよ」

「お待たせ!」


「千明?」

「なんでここに千明がおる?」


「千明さん」

「千明お母様」


「千歳の奢りって言われたし、それに今日は常継さんのお祝いですからね」

「そうだよ。お父さんは神代行になるんだからお祝いしなきゃ!

それにしても私の母親だから聖母様って凄いね」

千明さんは「本当、恥ずかしい」って笑っている。


「そうなるのか?ありがとう。

まあセカンドなら千歳の小遣いでも何とかなるのか…」

「もう、一言余計だな。

6人分の宿代稼ぐために皆がセンターシティを満喫している間にエテに来て予約したりお母さんを誘ってセカンドに居ながら神如き力で仕事場まで転送したりして、しかもその間も光の剣を世界中に飛ばして魔物を倒し続けたんだよ」


「今のはツネツギが悪いな。

折角千歳が頑張ってくれたのにつまらない事を言いよって」


「だよね。まあお父さんは一言も二言も余計だからいいけど次言ったら神如き力で瞬間移動を封じて冬の川に突き落としてやる」


「マジかよ。千歳、ありがとう。感謝している」

「よろしい。所で部屋割りどうする?女将さんは三部屋でも良いって言ってくれたんだよね」


「三部屋ですか?」

「うん、お父さんとお母さんとルルお母さんで一部屋でしょ。ツネノリとメリシアさんで一部屋。そして私が贅沢に一部屋」


「なんだその無駄な気遣いは」

「別に千歳は私達と同じ部屋で良かろう?」

「そうよ、お母さん達と寝ましょうよ」


「え、いや…父さん、母さん、千明さん!」

「何?どうかしたツネノリ?」

千明さんがキョトンとした顔で聞いてくる。


「俺とメリシアが同じ部屋?

父さんと俺、母さん達とメリシアとかじゃなくて?」


「なんだメリシアを花嫁と呼ばせておきながらその態度は。情けない」

「まったくだな」


「ツネノリ情けなーい」

「照れなくて良いのよ?」


「いや、おじさん達に何て言えば、そんな事は出来な…」

「なんかするの?」

「千歳!?」


「お前が誠実さを貫けば問題ないだろ?

また明日からは離れ離れだ。

一緒にいられる時はずっと居ればいい」

「父さん!」


「ツネノリ、言ったよね?

欲しいものは欲しい。

食べたいものは食べたいって言いなさいって。

格好つけないで言いなさいよ」

千歳が恐怖の語り部の顔で詰め寄ってくる。


「いやまて!勝手にメリシアの意見も無視してそんな事は出来な…」

俺は縋るようにメリシアを見る。


「あらツネノリ様は何もしてくれないの?」

「え!!?何も?いや?そんな事はな…え?あ?あの…」


「あ、壊れた」

「情けないのぉ…、今日はこの部屋割りだ。

私達親は一晩中千歳と将来の話をしないとダメだからのぉ」


「え?ルルお母さん?」

「そうね、今のうちに進路の話とかしましょうか?」


「お母さん!?」

「確かに、千歳にも夢とかあったはずなのに東達のせいで台無しだ。

本当にサードに関わって将来どうするかヒアリングしないとな」


「嘘でしょ?」

「まあ、そう言うわけで済まないがツネノリとメリシアは2人でテキトーに過ごしてくれ。

まあ親付きで何かあるわけではないが俺から一言言うなら、婚前なんだから節度は守れ、恥じない行動をしろ。かな?」


「わぁぁぁ…ツネノリ達に気を使わないで、若者チームとか言ってそっちにすれば良かったぁ…」

「千歳、頑張れよな」


「ツネノリ!お兄さんなんだから助けてよ!」

「俺はメリシアと散歩に行ってくるよ。

前に来た時にすごく綺麗な景色でメリシアと見たかったんだ。メリシア行こう」


「裏切り者ぉぉぉ!」

「千歳様、すみません」

律儀に頭を下げてついてくるメリシアと部屋を出る。


まあ、助け舟くらいは出してもいい。


「母さん、そこのお茶菓子も美味しいと思うよ。もしかしたらエテ限定の甘味があるかもね。父さんに聞いてみなよ」


「何!?限定だと!?それは聞き捨てならん!ツネツギ!!」

そんな声を後にして玄関に向かう。


「優しいですね」

「そうかな?」


「でもお母様達も本気で千歳と一晩中話したりしないと思いますよ?」

「わかっているさ。俺をからかったからちょっとだけやり返した」


「まぁ、優しくないお兄さん」

俺は「どっちなんだよ?」と聞きながら宿を後にする。

玄関で女将さんにお見送りをされていたたまれなくなった。

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