第250話 メリシアに対する、この湧き上がって尽きないこの気持ちが愛だとわかった。
「やっと二人きりになれました」
俺とメリシアは神殿の屋上ではなくその一つ下の階に来た。
「ここのバルコニーはとても風が気持ちいいんですよ。
どうですか?今は夜中なのであまり遠くは見えませんけど星が綺麗ですよね。
夏の空気、夏の空…、タツキアは冬だったのでなんだか不思議です」
「ああ、帰ってきたんだな…」
俺は未だ実感が無い。
「嬉しくは…ありませんか?」
「いや、実感が無いんだ。もう少ししたら、日常に戻ったら実感がわくのかな?」
「そうですね。きっと朝日を見てご自分のベッドで目覚めたら帰ってこられた実感を得られるかもしれませんね」
「そう…かもな」
正直メリシアの話を聞きながらその自分の姿をイメージする。
汗ばむシャツ、暑い空気の中目覚める。
リビングでは母さんが朝食を作っている。
俺に気付いた母さんはいつも通り「おお、おはようツネノリ、いいタイミングだ。さすがは私の子だ」と言ってくるだろう。
俺は水を飲んでから父さん…ツネジロウを起こしに行く。
そして朝食の後は水くみ。
そうしていると父さんが来る。
嬉しそうな母さんを見て始まる一日。
ああ、そう思っていると段々と自分が帰ってきた実感が沸いてくる気がする。
「ふふ、どうですか?」
メリシアが聞いてくる。
「ああ、確かにそう思うと帰ってきたのかも知れないな」
「それは良かったです。ツネノリ様。お帰りなさい」
「メリシア、ただいま。生き返ってくれてありがとう。ここに居てくれてありがとう」
「ツネノリ様?」
「なんだ?」
「ツネノリ様の日常に私は居ますか?私の居場所はありますか?」
「……」
朝起きてリビングに行く。
「お母様、私がパンを焼きますね」
「ああ、助かる。では私がベーコンを焼こう」
「後、サラダも作っていいですか?」
「ああ、豪華だな。よろしく頼む」
「あ、ツネノリ様!おはようございます!!」
「おはようツネノリ。」
「メリシア、母さん。おはよう」
「済まないが今日も父さんを起こしてきてくれ」
「うん」
「ツネノリ様、今朝のパンは何個にしますか?」
「3個でいいかな?」
「はい!じゃあサラダも多めに作りますね。明日の朝は父からお米を貰ってきますから朝はおにぎりにしますね」
「本当か!」
「こらこら、今朝の食事もまだなのに明日の食事で興奮してどうするのだ?」
「うふふ、本当にツネノリ様はお米好きですね」
「お前ら酷いぞ!」
「父さん!」
「おお、起きたかツネジロウ」
「おはようございますツネジロウ様」
「俺の事を放って楽しそうに盛り上がって…」
そんな風に賑やかに始まる朝。
俺たちは4人でテーブルについて食事をする。
「今日の予定は?」
「メリシアに人工アーティファクトの作り方を教える約束をしている」
「じゃあその間に俺は水くみかな」
「ツネノリ、後は最近ビッグベアが出る話を聞いたから早めに倒さないとな」
「ツネジロウが1人でやればよかろう?」
「俺はもう歳だよ」
「あはは、いいよ父さん俺がやるよ」
「じゃあ私もご一緒します」
「お前たち2人で行くってビッグベアが何匹必要なんだよ…」
「2人きりになりたいのであろう?邪魔をするでない」
「まあ、俺もルルと2人きりでのんびりしてもいいかもな」
「何を言っておる?」
「あ?」
「ああ、そろそろだね」
「はい」
「来たよー!!おはよう!!」
扉を勢いよく開けてまだ髪の赤い千歳が入ってくる。
「おお千歳、良く来たな」
「ルルお母さんおはよう!」
「千歳様、おはようございます」
「メリシアさん、おはよう」
「おはよう千歳、今日は長く居れるのか?」
「おはようツネノリ。うーん、お母さんには午後5時に帰るって言ったからそれまでかな?」
「なんだ、夕飯は食べていかないのか?」
「うん、今日は帰るよ」
「おい千歳、酷くないか?」
「ああ、お父さんおはよう」
「おはよう。家主に最初に挨拶しないのか?」
「え?ルルお母さんにしたよ」
「おい」
そして更に賑やかになった家で俺達は各々過ごす。
「居た。とても楽しかった」
「本当ですか?」
俺はイメージした内容をメリシアに話す。
「うふふ、楽しそうですね。千歳様も来てくれてとても賑やかですね」
「ああ、そして一つ分かった事がある」
「分かった事…ですか?」
「実感が無かったのは千歳やメリシアの居ない家に帰るからなんだと思う。
俺の日常に千歳とメリシアが居る事が当たり前になってしまったんだ」
「私もですか?」
「ああ、俺はメリシアが居てくれないと嫌なんだ」
「嬉しい」と言ったメリシアが俺に寄りかかってくる。
その温かさ、匂い、重みの全てが大切でならなかった。
「ん?」
「どうしました?」
「上から声がする」
「はい、千明様とツネジロウ様です」
「邪魔をしないようにしないとな。あの2人も今日初めて会ったんだ。話が沢山あるだろうな」
「はい。でもごめんなさい」
「メリシア?」
「マリオンさんの修行の成果で感覚強化をされていまして…話し声が聞こえてしまいます」
そう言って真っ赤になったメリシアが「素敵です」と言ったので、悪趣味にならない範囲で教えて貰った。
「初めて会えた。ずっと会いたかった」
「はい私もです。ありがとうございます」
「会えない時間が長かった分だけ、触れられない時間が長かっただけ…、かけたい言葉がある。聞いてほしい言葉がある。俺はツネツギでツネツギではない。俺の言葉として聞いてくれないか千明?」
「はい。私もあなたに言いたい言葉があります」
と二人は言っていた。後は「尊すぎて私が言葉にすると汚れます」と言われてしまった。
俺は母さんと父さんがお似合いで、千明さんとツネジロウがお似合いだと思う。
多分、千歳は逆を言うだろう。
父さんと千明さん、ツネジロウと母さんの組み合わせがお似合いと…
「さて、ツネノリ様?」
「なに?」
「私達の気持ちをハッキリさせませんか?」
「なに!?」
「あ、嫌ですか?」
「いや、そうじゃないんだ…けど…」
「けど?」
そう言ってメリシアが俺の目を覗き込んでくる。
とても綺麗な目、優しい息遣い。
「今が心地よすぎて先に行くのが勿体ないと思っている」
俺は顔が熱い。
それは夏の夜が原因だけではないだろう。
「ふふ、嬉しい。私との時間が大事なんですね」
「ああ、俺はメリシアとの時間が大事だ」
「でも先に進ませてください」
そう言ってメリシアが抱き着いてくる。
セカンドで再会した時には鎧を着ていた。
鎧越しではないメリシアの感触。
俺はそれだけで頭がしびれてしまう。
「私の気持ちは間違いなく好意以上のモノです」
「ありがとう。俺もだ」
「一緒に戦えて嬉しかったです。
私はお役に立てましたか?」
「ああ、本当に助かったよ。
それに俺も嬉しかった」
「戦っていて一つ思いました。
私は本当にツネノリ様が好きです。
この気持ちがなんだかわからない。
多分、神様やジョマ様、将来的には千歳様もわかるのかも知れない。
もしかしたら私達のために可視化するアーティファクトが生み出されるかも知れない」
「千歳か…、だとしたら俺は怒られそうだな」
「何がですか?」
「恋や愛を言葉にせず、メリシアに伝えずにいる事をだ。
俺もメリシアに特別な気持ちがある。
多分それは恋か愛だ」
「ツネノリ様…」
「なんだ?」
「それは本当ですか?」
「確かめる方法がない。
それこそ東さん達にはわかっても俺にはわからない。
それこそ可視化するアーティファクトが生まれて、使う事で気持ちがわかるなら、これは愛だ、これが恋だとわかるだろう。
だが今ここには証明する術がない。
俺の言葉にしか伝える術、知ってもらう術がないのなら、これは恋か愛だと伝えたい。
メリシアの為なら命なんて惜しくない。
俺が死ぬ事で守れるのなら安いものだと思う。
だが、千歳を…家族を守る為なら父さんのように簡単に命を投げ出せる俺もいる。
そう言う事が俺を混乱させる」
「…ツネノリ様」
メリシアが潤んだ瞳で俺を見る。
「ツネノリ様の気持ち、お悩みがわかりました。
ありがとうございます」
「え?」
わかる?俺ですら持て余しているのにメリシアにはそれが何かわかると言うのか?
「私も千歳様の為に自分を犠牲にする事は出来ます。
父や母ならなおさらです。
ツネノリ様と同じです」
「同じ……」
「私はそれを家族愛だと思います。
家族を大切にするツネノリ様ならおかしな事はございません。
ツネジロウ様が命がけでツネノリ様と千歳様を逃したのは、家族愛ではありませんか?」
「そうだと思う。そうかも知れない…」
「ふふ、焦らないでいいのよツネノリ」
!!?
「え?」
目の前のメリシアはメリシアだが俺を呼び捨てたし話し方も何処か違う。
「私はツネノリと抱き合いたい。
温もりを、鼓動を感じたい」
…緊張で身動きが取れない。
メリシアから目が離せない。
「ツネノリにも同じ気持ちでいて欲しい。どう?私と抱き合いたい?温もりや鼓動を感じたい?」
「あ…………ああ…」
「それを千歳様にも思う?」
「思わない…、千歳は…嬉しい時の顔や美味しいものを食べた時の笑顔は見たい、それ以外だと父さん達と並んでいる姿は見たいがそんな事は思わない」
「じゃあ私と抱き合いたいように誰かと抱き合いたい?
カリンさんは?
マリカさんは?」
「思わない。メリシアにしか思わない」
「答え、出ているじゃない」
「え?」
「仮に愛だとして私への愛は皆への愛とは別物。そう言う事でしょ?」
「確かに…そうだ…」
「じゃあ、この気持ちは愛でいい?」
「ああ、俺はメリシアを愛している」
「ふふ、ありがとう。嬉しいです。ツネノリ様」
そう言ってメリシアが俺を抱きしめる。
「話し方…」
「演技です。恥ずかしかったんですよ。
さっきマリオンさん達が教えてくれました」
なんとまぁ…
そしてそれを実践してしまう行動力。
凄いとしか言いようがない。
「ツネノリ様、私を求めてくれますか?
女として見てくれますか?」
「勿論だ、メリシアでなければダメだ」
そう言って顔を見る。
この湧き上がる気持ちが愛。
湧き上がる愛を、使い切れない愛を全て使いたい。
「メリシア、聞いてくれないか?」
「はい。言ってください」
「メリシアに対する、この湧き上がって尽きないこの気持ちが愛だとわかった。
この気持ちを全てメリシアに伝えたい。使いたい。受け止めてくれないか?」
「勿論です。私の為の気持ちを私が全ていただきます」
「本当か?重くないか?嫌ではないか?」
「どうして嫌なんて思うの?逆に私の湧き上がる気持ちの全てを受け止めて貰えますか?」
「勿論だ。一つも無駄にしない」
「ほら、私達は一緒。同じ気持ちなんですよ。
だから全部ください。全部貰ってください」
「ああ」
「嬉しい」
そう言って静かになった中で見つめ合う。
俺はこの後の事を考えた。
嫌がられるかも知れない。
嫌われるかも知れない。
その事が二の足を踏ませる。
だが千歳のくれた言葉。
欲しいなら欲しいと言葉にする必要性を思い出す。
「メリシア……」
「はい?」
「……っ…」
「もう、焦らないでいいんですよ?」
少し呆れてメリシアが笑う。
「いや、大丈夫だ…」
「ふふ、待ちますよ」
「メリシア」
「はい」
「目を閉じてくれないか?」
「………」
何も言わずに目を閉じてくれるメリシア。
俺は意を決してメリシアにキスをした。
緊張でどうにかなってしまいそうだ。
「…」
「…」
メリシアは何も言わない。
嫌だったのか?
そう不安になった時、メリシアが話し始めた。
「嬉しいです。今日は無理だろう、我慢しなければと思っていました。
でもして貰えました。
ありがとうございます」
良かった。
メリシアは嫌で黙っていた訳では無かった。
少ししてメリシアが口を開く。
「この先の話をしたいです」
「先?」
「はい。この先。私達はガーデンの壁を越えた最初の2人になれますか?」
「俺はなりたいと思う。
ただ困難があるのは確かだ。
セカンドとここでは時の流れが違う。
メリシアが来てくれてもこちらの1日はセカンドでは3日だ。
初めは小さなズレも次第に大きくなる。
俺がこっちで一つ歳を取る間にメリシアは三つ歳を取る」
「…」
「おじさん達とゼロに住んで欲しいと言えるものなら言いたいが、それを求める事はとても罪深い」
「私がツネノリ様に一緒にセカンドに住んでと言うのも罪深い」
2人とも次の言葉が出ない。
俺はようやく言葉を絞り出す。
「だが諦めたくない。
なんとかしたい」
「私もです」
そして俺達は焦らず最良の結果を見つける方法を考える事にした。
少ししたら千歳が神如き力を使って戻ってくるように言った。
「そう言えば千歳は、なんか今日は神如き力を連発しているよな」
「そうですね。何かあったのかも知れませんね」
そんな話をしながらみんなの元に戻る。
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