第75話 まだこの気持ちが何なのかわからない。

風呂を出て部屋に戻ると千歳が居た。

「長湯だったね」

「そうか?まあ俺一人だったしのんびりと入っていたからな」


「私の方はお母さんが1人で子供を2人お風呂に入れていたよ」

「手伝ったのか?」


「え?何でわかるの?」


俺は千歳ならやると思ったので言ってみるとその通りだった。


「それが千歳の良い所だしな」

「あ、そう…かな?」

千歳が嬉しそうに照れている。



「失礼します。お茶です」

そうしているとメリシアのお母さんがお茶を持ってきてくれる。


「ありがとうございます!」

そう言って千歳が手伝いに行く。


「ツネノリ、がっかりした?」

千歳はニヤニヤと俺を見て冷かしてくる。


「そんな訳あるか」


「ごめんなさいねツネノリ様。

本当は今日もメリシアをお部屋係にしたかったんですけど、休憩から戻ってくるのがちょっと遅かったことと、それを注意されても嬉しそうにニヤニヤしてるのを主人に怒られてしまって…。もう一組のお客様のお部屋係をする事に…」


「あ、それ…俺が神社に連れて行ってもらったから…」

「あ、ツネノリが悪いんだ」


「いえ、主人にそういう事は通用しません。あの人仕事には厳しい人ですから。

でも、後でこっそり私に「やりすぎたか?」「嫌われたりしないよな?」とか聞いてくるんですよ。可愛いでしょ?」


「え、おじさんってあんなに大きな体でそんなこと言うんだ!」

千歳がメリシアのお母さんと盛り上がる。


「では、これをメリシアさんに渡していただけますか?まだお返ししていなくて」

そう言って俺はお弁当箱を渡す。


「はい。確かに頂きました」

「あと、もし良ければ「ありがとう」と言って貰えますか?」


「はい、承りました。本当は直接言ってもらいたいでしょうけど…すみません」


そう言ってメリシアのお母さんは部屋を後にする。

夕飯の時もメリシアは来なかった。


メリシアのお母さんの仕事も凄く丁寧で、メリシア以上で食事の量は無理をする事もなく、盛り付けもすごく綺麗でタイミングも素晴らしかった。

だが、申し訳ないが何か物足りなかった。


食後、もう一度温泉を勧められたが、そんな気にならなかった俺は窓の外を見ていた。

「ツネノリー、顔に出すぎ。あれじゃあおばさんに失礼だよ」

「顔?」


「顔、気づいてない?おばさんの一挙一動をメリシアさんと比較してたよ」

千歳にそう言われた俺は顔を手で触る。


「なんも付いてないよ」

「そんなにひどかったか俺?」


「本当気づいてないの?もう後で私がおばさんに謝っておくよ」


…俺はそんな表情をしていたのか…、ショックを受けていると「お布団を敷きにきました」と言って部屋が開く。

俺はその声に敏感に反応した。


「メリシアさん?」

「はい、母がこっちのお布団をやるようにと言ってくれました」

そう言ってメリシアは微笑む。


「…あ、ツネノリのせいでしょ?ごめんね。おばさんに謝ろうと思ってツネノリに怒っていた所だったんだよ」

「え?」


「おばさんが色々やってくれるのにツネノリったら、「メリシアさんがよかったな」って顔でやって貰うんだもん。

おばさんも嫌になっちゃうよね」


千歳がそう言うとメリシアは顔を赤くして俺を見る。


「ツネノリ様…母が言っていた事は本当だったんですね。

「あの部屋のお客様を満足させられるのはメリシアだから布団はよろしくね」って言われました。母の仕事は駄目でしたか?」


「あ、いや…済まない。

仕事内容はとても素晴らしくて完璧だと思う。だが千歳に言われて驚いたんだが俺はそれの中で君と比べてしまっていたらしい」

俺も顔を赤くしてメリシアを見る。


「じゃあ、私はお風呂に行ってきまーす。30分で帰ってくるからねー」

そう言って千歳は温泉に行ってしまう。


2人きりの時間…。


「済まない」

「はい?」


「布団を手伝うので終わったら少し部屋に居て貰うことは出来るか?」

「…本当は駄目なんですが、私もツネノリ様ともう少しお話がしたいので少しでしたら」


俺は凄い速さで仕事を手伝う。

俺の中にこんな俺が居たことに自分でも驚いてしまった。


布団はあっという間に用意が終わる。


「お茶、淹れますね。こうして接客をしていれば父は何も言えないでしょう」

そう言ってメリシアは俺にお茶を淹れてくれる。


「あ、お父さんと言えば…済まなかった、俺のせいで怒られたと聞いた」

「母が言ったんですね。大丈夫ですよ。慣れっこです。父は仕事には厳しいですから」


「ああ、そうだ。お弁当。ご馳走様でした。弁当箱を帰すときにお礼を言いたかったのだが、今日はもう会えないかと思って、お母さんに渡しておいたんだ」

「はい、母から言伝も聞きました。内容は教えてくれませんでしたけど」


「なに?」

「「ちゃんとツネノリ様から聞いてこい」と言われました」


「そうか、ご馳走様でした。ありがとう」

俺は改めてそう言う。


メリシアは嬉しそうに「こちらこそ、お粗末様でした」と返してくれた。


その後は昨晩の話を聞いた。

昨晩、俺と千歳が寝た後にメリシアは両親と俺との事について話をしたそうだ。

住んでいるガーデンの違いとか、後14日でその後はどうなるか誰にも分からない事、もしかしたらガーデン間の付き合いが初めてで色々な問題が出てきてしまう事なんかを最初に言われたらしい。


「でも、その後で母も父も嬉しそうにツネノリ様の事を話していました。

温泉で千歳様が啖呵を切ってくださって、ツネノリ様の気持ちを確かめてくれた事、ツネノリ様が真剣に考えて下さった事で、先の事は誰にもわからないが私の好きにさせようと言ってくれました。だから私はお弁当を作りました」


「そうだったのか…、ありがとう」

「私の方こそありがとうございます」


俺はその先を何と言っていいかわからずにメリシアを見つめる。

メリシアも俺を見る。


こういう場合、どうする事が正解なのか俺は何も知らない。

そう言えば母さんが「いいかツネノリ、何事も準備と経験がものを言うんだぞ」と話した後で父さんが「ツネノリ、そう言って母さんは恋愛では大変だったんだ。お前は同じになるなよ」とこそっと言ってくれたことを思い出した。


…父さんが言っていたのはこれか。

俺はこんな部分ばかり母さんに似てしまったようだ。


悩んでいる俺の中に「そんなのは二の次!好きなら好きって態度に表しなさい!!」と言った千歳の言葉が急に思い出された。


俺の気持ち…


「メリシア」

「はい」


そう言って俺は彼女の手を取って引き寄せる。

「きゃっ?」


「済まない」

そう言って俺は抱き寄せる。


「ツ…ツネノリ様?」

「まだこの気持ちが何なのかわからない。わからないけどメリシアを見ていたらこうしたくなった。べ…別にいやらしい気持ちとかではないんだ」

俺は慌てて耳まで赤くなっていた。


「ツネノリ様」

そう言って彼女も俺の身体に腕を回して胸に顔を埋める。


俺の鼓動はうるさくないだろうか?

聞かれて変な奴だと思われないだろうか?


「お気持ち、ありがとうございます。私も今この気持ちが何なのかわかりません」

「そ…そうか」


「でも、嬉しいです。そして私もこうしたくなりました」


しばらくそのままでいただろう。


「さ、そろそろ千歳様が戻ってこられると思いますので今日はこの辺でお暇させていただきます」

「あ、ああ…」


「まだ14日もありますから、なるべく一緒に居てこの気持ちが何なのかをハッキリさせましょうね」

「そうだな。ありがとうメリシア」


「私こそありがとうございます。おやすみなさいツネノリ様」

「ああ、おやすみメリシア」



そしてメリシアが部屋を出て本当に入れ替わるかのように千歳が帰ってきた。

「ただいまー。あれ?ツネノリ顔が赤いしとろけてるよ?」


…本当に千歳は勘が…ん?

俺は天井を見る。


「東さん、覗きなんてしていないですよね?」

「しないよ」


「千歳にそろそろ部屋に戻っても平気とか聞かれませんでした?」

「……聞かれてないよ」


その言い方で俺は全てがわかる。


「千歳…お前…、そう言うのは良くないと思わないか?」

「え?何があったかは聞いてないよ。でも嫌だったんだよツネノリがメリシアさんとチューしてる所に出くわすのはー」


…チュー?

そう聞いた俺は真っ赤になる。


「へ?」

「誰がするか不謹慎な!」


「ああ、そこまでは行っていないと…」

「千歳!」


「ごめんごめん。もう寝よ」

「まったく」


そう言って俺は布団に入る。


「あ、東さん、父さんや母さんに言わないでくださいね」

「大丈夫だよ、信用無いなぁ」




また千歳は布団をくっつけてきて俺の布団にもぐりこむ。

「千歳?」

「怖い夢見たら嫌でしょ。はい腕」


俺はやれやれと腕を出す。

千歳がくっ付いてきても動悸が激しくならないのは兄と妹だからなのだろう。


「ツネノリ」

「なんだ?眠れないのか?」


「ツネノリからメリシアさんの匂いがするよ」

「何!?」


それを聞いた俺の鼓動は早くなった。


「あ、心臓バクバク言ってるー。ふふふ」

「千歳!」


「まあ、いいや。おやすみー」

「ああ、おやすみ」


こうして俺の5日目が終わった。

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