伊加利 千歳の章⑤妹のお節介。
第69話 今日のお弁当は一生の思い出だよ。
まったく、ツネノリのバカさ加減には呆れてしまった。
なんで佐藤と私が付き合うと言う話になるんだろう?
しかもその言い方が父さんに似ていたのがこれまた面白くない。
それでもこうして腕枕をしてくれる優しい兄の事は憎めない。
憎めないどころか意外な一面に見えてしまった。
私はセカンドガーデンに来てから自分でも知らない一面に驚かされる事が多い。
疲れていたのであっという間に眠れたが心はまだ興奮しているのか夜明け前には目が覚めてしまった。
二度寝をしても良かったのだが、今日は午前中だけ魔物を退治したら午後は休養日で明日のイベントに臨む事になっている。
なので無理に寝なくても大丈夫だろう。
少し動くとツネノリは反応して抱き寄せてくれる。
それがたまらなく嬉しくて私はツネノリを強く抱きしめる。
「…千歳……?」
「大丈夫…、トイレに行くだけ。
ツネノリは寝ててね」
そう言って布団から離れる。
トイレを済ますと美味しそうな匂いがしてきて私はフラフラと匂いに引き寄せられてしまう。
そこは厨房でメリシアさんのお父さんとメリシアさんが朝早くから料理をしてくれている。
「ほら、次はお湯を沸かすんだよ。その間に野菜を洗う」
「うん」
「バカヤロウ、今は仕事中だから「はい」と言え」
「はい」
「よし、野菜は丁寧に洗え。俺は朝食の用意で忙しいんだ。お前は自分で弁当を作りたいって言ったんだからしっかりやれよ」
「はい」
メリシアさん…、ツネノリの為にお弁当を作ってくれているの?
「お?お嬢さんじゃないかい。
おはよう。
どうした?何か必要なものでもあったかい?」
メリシアさんのお父さん…おじさんは私に気付いて声をかけてくれた。
「おはようございます。ちょっと目が覚めちゃって、トイレに来たら美味しそうな匂いがしたからつられてきちゃったの」
「はははっ、そうか。
まだ6時前だから朝食までは1時間以上あるけど待てるかい?」
「うん、それは平気。
おじさん、昨日はありがとうね」
「ああ、こちらこそだ。いいって事よ。
お嬢さんの啖呵も中々だった。グッときた。
ありがとうな」
おじさんと話しているとメリシアさんが私に気づく。
「え?千歳様?どうされたんですか?
こんなに朝早くから」
「目が覚めちゃって…、美味しそうな匂いがしたからつい…」
「ふふふ、朝ご飯は7時半にお持ちしますから待っていてくださいね。
ツネノリ様は沢山食べてくださるから少し多目に持って行きますね」
「ありがとう。メリシアさんは早起きだね。でもいつ休むの?」
「普段は厨房には入らないのでお客様の居る朝は6時半くらいに起きますよ。後は宿の仕事は夜から忙しいから日中は片付けや掃除が終われば少し休めますし」
それを聞いて私は一つの事に気がつく。
「じゃあ、昨日はツネノリのお守りをしてくれていたからいつもより寝れてないんじゃないの?
やだ…、知らなくて…ごめんなさい」
「千歳様が謝る事じゃ無いですよ。
勇者様のご家族の為ですから頑張れます」
メリシアさんは笑いながらそう言ってくれる。
「今日はなんで厨房に?」
「え…、それは…」
メリシアさんは困った顔をして赤くなる。
「お嬢さん達のお弁当を作りたいと昨日言い出してね。こうして指導している所だよ」
「え!そうなの!!嬉しい!」
私は知っていたが知らないふりをして喜ぶ。
「父には敵いませんが、頑張りますね」
「さ、これから忙しくなる。お嬢さんは済まないが部屋に戻って待っていてくれるかな?」
「はい。お邪魔しました」
私はそう言っておじさんにお辞儀をしてメリシアさんに手を振ってから部屋に戻る。
部屋の時計は6時を少し回った所を指していた。
「千歳…?」
ツネノリが私の足音に反応して起きる。
「ツネノリはまだ寝ててね」
そう言うとツネノリはまた寝息を立てる。
コソッと聞こえない大きさで「幸せ者ー、今日のお弁当は一生の思い出だよー」と言う。
だが顔を見ていると少しモヤッとした。
私はヤキモチを妬いたようだ。
2人はお似合いなのに変な話だ。
一昨日の夜に話した兄と妹の恋愛話とかのせいで心のどこかがバカになっているのかな?
私はそのモヤモヤを振り払う気持ちも込めて眠っているツネノリに背中から抱きつく。
ツネノリは「ん〜?」と寝ぼけていた。
「うん、2人はとてもお似合い」
自分に言い聞かせたのか、そう思っているのかは自分にもよくわからなかった。
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