第35話 やせ我慢なんてしてない。

何だこの時間は、何でここに春日井さんが居てルルと俺と3人で居る?

東め、人質と言わんばかりにツネノリを連れてどこかに行ってしまった。


「えっと、さっきもしたのですが、もう一回。

はじめまして、春日井 千明です。

私は日本で伊加利さんとお付き合いをさせていただきたいと思っています!」

突然春日井さんはそんな事を言い出した。


「ああ、ツネツギと神様から聞いている。よろしく頼む。

それで少し聞いてもいいか?」

「はい」


「ツネツギの国では多くの人は名前に漢字が使われていて意味を持つんだろう?

千明はなんて書くんだ?」


「千の明かり、お父さんは沢山の明かりと言う意味でつけてくれました」


「素晴らしい!」

そう言ってルルが喜ぶ。

何が素晴らしいと言うのだろう?


「ありがとうルルさん」

春日井さんは名前を褒めて貰えて嬉しそうにしている。


「これなら向こうでもツネツギを明るく照らし続けてくれる気がする!!」

「おい、ルル!?」

俺は驚いてルルを見る。


「ツネツギ、よく聞け。

お前がこのガーデンだけで生きられない以上向こうの世界で家族を持つ、お前を支えてくれるものを持つのは間違いではない」


支える…、ルルもその言葉を使った。

春日井さんも先日その言葉を俺に使った。


「俺はそんなに支えが必要か?」


「ツネツギ…?」

「伊加利さん…」


「ルルも春日井さんも俺を支えると言っていた。

だが、俺には必要ない。

俺は向こうでは一人で大丈夫だ。こっちの世界にはルルとツネノリが居てくれる」


そう言うと春日井さんは泣いてしまった。


「馬鹿者!!」

間髪入れずにルルが俺を殴る。


「いてぇ!何するんだよルル!」

「殴ったのだ!痛くて当たり前だ!!」


そう言うとルルが春日井さんに向かって「千明、泣くな。今のはツネツギのやせ我慢だ」と言った。


「やせ我慢?」

「ああ、本当に嫌ならツネツギは一か月も千明の居る生活に耐えられたりなんてしない」

涙を拭う春日井さんにルルが優しく語り掛ける。


「やせ我慢なんてしてない」

「しておるだろう?

ずっとガーデンに居られない不満を埋めて貰ってどうだった?

孤独な時間を支えて貰ってどうだった?」


「……」

「そういう事だ」

ルルはそう言って俺に笑いかける。


「千明、話がある。いいか?」

そうしてこの場の主導権を握ったルルが春日井さんに話をする。


「これだけはお互いの為に守って欲しい。」そう言ってルルが出した条件は以下だ。


・千明はツネツギが話してくれば別だがガーデンでの生活に過度の干渉をしない。

・ルルはツネツギが話してくれば別だが日本での生活に過度の干渉をしない。

・ルルも千明もツネツギを引き留めない。

・ツネツギにどちらが良いか聞かない。

・ツネツギはルルと千明を比較しない。

・ツネツギは仕事の範疇でガーデンに来ること。

・休日に来る場合には千明と東の許可を得る事。


いつの間にか俺の事まで入って居た。

だが、これは非常に良く考えられていた。


「ルル、お前…」

「私はずっとこういう日が来ることも考えていた。だから前々から条件も考えていたのだ。

どうだ、見直しただろ?」

ああ、思わず惚れ直してしまいそうになった。

だが、目の前に春日井さんが居る以上何ていうか悩んだ俺は…


「流石、五十だ…」

年齢の話で冗談しか言えなかった。


「年齢の話はするな!!今の私は24歳だ!!」

そう言ってルルが殴ってくる。


「いてぇ、さっきから痛いぞ!!」

「ふん」


「ふふふ」

春日井さんが俺達を見て笑っていた。


「春日井さん?」

「どうした千明?」


「素敵な夫婦だなって思って羨ましくなりました。

後は、伊加利さんはそれが素の姿なんですね。

見ていたら年相応で可愛らしいって思えて。ふふふ」


と、まあそう言う話だ。

長くなったがここまでを千歳とツネノリに伝えることが出来た。


「へぇ、お父さんって結構ちゃんとしているじゃない」

千歳が俺の事を見直したのだろう…柔らかい雰囲気で話してきた。


「父さん、俺…昼も話したけど、俺はまだ子供で分からない事も知らない事も多い。

でも父さんは間違った事をしていない。俺はそう思うよ」

ツネノリは晴れ晴れとした顔をしてくれている。


その後の話はスムーズだった。

俺と千明はお友達からと言う事で交際が始まった。

男女の関係になるのには抵抗があった俺を気長に待ち続けてくれた。

千明の家と俺のアパートの間に一緒に住めるような家を探した事。

そして千明の考えが変わらない事を受けて交際が始まった事。

春日井の両親に挨拶をした事。

結婚をした事。

結婚式のスピーチで東が俺を仕事大好き人間と言ったら社長にお前もなと言われた話。

そして千歳が産まれてきてくれた事を伝えた。


「これで全部だ。千歳、納得してくれたか?」

「まあね、お母さんの印象が大分変ったのは確かね」

そう言って千歳が笑う。


「父さん、二個聞きたいけどいい?」

ツネノリだ。


「何だツネノリ?」

「俺と千歳の名前に意味はあるの?」


「その事か…」

「ふふ、ちゃんとあるわ。ツネノリくんの名前はルルさんとお父さんが考えて、千歳の名前はお父さんが考えてくれたのよ」

千明が嬉しそうに割り込む。


「ツネノリは男の子だったからルルと一緒に話して俺と同じ「常」の字を入れた。

ノリの部分はルルがノレルやルノレ、ノレノレになる事も踏まえて「ノ」の字とルに雰囲気の似ている気がした「リ」を入れた」


「そうなんだ、漢字って俺にもあるの?」

「常則…だ。規則とか原則の則の字を使う。決まり事を守っていけるようにと思って当てた」


「常則…ありがとう父さん!!」

ツネノリが嬉しそうにお礼を言う。


「じゃあ、私は?」

「千歳には千明の「千」を使いたかった。その中で一番縁起がいいと思った名前にしたんだ」


「へぇ、ちゃんと考えてくれているんだ。ありがと」

そう言って千歳もまんざらではない顔を見せた。


「こんな所か?」

「あ、まだあるんだ。

父さん…父さんと母さん、それと千明さんがウチで話をした日って俺は何処に行っていたの?」

ツネノリが聞いてくる。

俺もそれは16年前、東に聞いても「危ない所には連れて行っていないんだから君が気にする事じゃないよ」としか言われていない。


「東しか知らない」

「「「え?」」」


「ちょっと、お父さん、父親でしょ?それでいいの?」

「まあ、東さんは悪いようにはしないから…ね?」


「父さん…、俺大丈夫だよね?」

ツネノリが東を見た後に泣きそうな顔で俺を見る。


「よし、もう一度聞いて見よう。

東?お前は16年前、1歳のツネノリを連れて何をしてきたんだ?」


「散歩だよ散歩」

やだなー、と言って東が笑う。

その笑顔がとても怖いのだろう。

千歳は震えて、ツネノリは泣き出してしまった。


「頼む、ツネノリが泣いてしまっている。本当のことを言ってくれ!」

「怒らないかい?」

そう言って東が微笑む。


「怒られることをしたのかお前は!!?」

「ははは、やめておこう。今度ツネノリには僕から言うよ」


「え?何か埋め込まれたりしたんじゃないの?」

千歳がとんでもない事を言う。


「千歳!!変な事を言うんじゃない」


「う…埋め込ま……えぇ」

ツネノリが体中を見回して困惑している。


「大丈夫よ、ツネノリくん見た感じ変な所は無いわ」

千明がフォローを入れる。


「東、これだけはハッキリさせてくれ、ツネノリに変なものを…いや何でもだ、埋め込んだりしていないよな」

俺は東に詰め寄る。


「うん、そういう事はしていないから安心してくれていいよ」


「そういう事は?」

「千歳、やめなさい!!」

千明が千歳を止める。


「父さん、俺…大丈夫かな?」

「ああ、大丈夫だ。何かあったら父さんが東をしばき倒してでも治させる」


そうして夜は更けて行った。

すっげー疲れた一日だった。

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