第8話 俺は父さんを信じているから大丈夫!

検証が終わった俺達は家に入る。時刻は11時を過ぎたあたりだった。

「今日の昼飯は俺が作りたいんだけどいいかな?」


「ツネツギのは作るではないだろ?出すだろ?」

母さんがニヤニヤと父さんに言う。


「あー、すまん。そうだな。作るのは今度泊まれそうな日に用意するから許してくれ」

そう言うと父さんは一瞬消えて、次の瞬間にはお盆に乗ったご飯を持ってきた。


「今日のは何処で取ってきた?ファーストか?セカンドか?」

「セカンドだ。好評ならファーストでも出すようにするよ」


「では食べてみるとするかのぉ」

そう言って母さんは着席をする。

俺も一緒になって座る。


「ツネツギ、先に説明をするがいい」

「ああ、これはラーメンと餃子、デザートはモンブランだな。まあ、物自体は前にも食べて貰っているけど今日はまた新たにレシピを貰ってセカンドで再現してみた。味の好みは千差万別だから色々な味を見つけて数多くの料理を出せるようにしたいんだ」


「そうか、本当に実装するのか?」

「ああ、ここの維持費を稼ぐために致し方なくな…」


「外の世界の人間が考える事は私にはよくわからない」

「ああ、俺もだ」

そう言って父さんは理解に困る顔をした。

この前、父さんからセカンドガーデンの話を聞いた。

ファーストは異世界でのゆっくりとした生活、ファーストの人たちがもてなしてくれる世界を自由に散策して楽しむ世界だったが、父さんの世界の人たちはその部分から魔物との戦いに焦点を合わせた世界を求めるようになり、父さんの勤める会社はそれを作る事になってしまったと言う。


父さんと神様は何回も話し合って、世界を創造したと言う。

魔物との戦いに主眼を置いた世界においてスタッフの安全を第一にして、遊びに来るプレイヤーを楽しませるように危険な土地や危険な魔物を用意した。

魔物は神様が用意したかりそめの命なので意思はない。

戦い方も何通りかの行動を組み合わせたもので、倒しには来るが絶対にこちらを殺す為に容赦のない行動をしないし、何よりスタッフは絶対に狙わないと言うことになっている。


そのセカンドを父さんが来ているみたいに外の世界の人が意識だけで来れる世界にする事が決まってしまったと言っていた。

その為に父さんはここの所色々と働きづめていて忙しそうだった。


「まあ、それも殆ど用意は終わった。後は美味しいご飯を沢山増やして行くのが今の俺の仕事だろうな」

「そうか、あまり無理はするなよ。ツネツギも神様もとても辛い話だろう」


そう言うと母さんは食事を始める。

俺も一緒に食べ始める。

ラーメンはここ、ゼロガーデンでは食べられない。

父さんが外のガーデンから持ってきてくれると食べられるのだ。


これが父さんの仕事。

父さんが母さんと離れ離れになった時、神様から与えられた仕事は、ここゼロガーデンを維持するために神様が新たに作ったガーデン、ファーストガーデンを住みやすい場所にする事、ファーストガーデンは父さんの居る世界の人々が端末と言う機械で遊びに来る場所でファーストガーデンの住民は全員スタッフとして遊びに来るプレイヤーを楽しませる事が仕事になっている。

だが、それだけの為に生み出された人達は苦痛なので父さんがそうならないように父さんの世界で見かけた良いもの、ファーストの世界観が崩れないように気を使いながら家具や食べ物なんかを率先して入れて、会話も違和感が無いように調整を重ねてくれた。

父さん達の世界では「マジで」と言う人が居るが、これは俺達には「本当に」と聞こえるようになっていて、いちいち聞き返す事もないし、会話が成立しないと言う事もない。

さっきの説明で俺は機械と言ったが正直機械と言うものを知らないが問題なく会話に出てくるようになっている。

これが父さんの仕事で、父さんはこのゼロの為に外で働いてファーストとセカンドの皆の為にも働いている。

本当に父さんは素晴らしい人だと思う。

それなのにどうして向こうの世界では父さんは苦しむ必要がある?

それなら父さんは向こうに帰らずにずっとここに居ればいいじゃないか!

俺はそんな事を考えていると父さんが俺を心配してくれる。


「どうしたツネノリ?」

「あ、いや…」

しまった…父さんはこういう変化に妙に勘が良い。


「何かあったのか?それとも口に合わないか?」

「ううん、さっきのアーティファクト砲が外れたのが気になっちゃって…」

嘘ではないが、今の考えと違う事で誤魔化す。


「ああ、そんなに気になるならそれはツネノリに渡しておくから練習をすればいい。

使い込んで行って問題が出たりしたら教えてくれ。そうしてくれると私も助かる」


母さんは俺の異変を察してくれて慌てて話を合わせてくれる。

「母さん、いいの?」

「ああ、使うが良い」


「父さん、さっきは走らせてごめんね」

「なんだ、そんなことを気にしていたのか…良かった」

良かった?父さん…やっぱり向こうで辛い思いをしているんじゃないの?


「さあ、ツネツギの分が冷める。さっさと食ってしまおう。午後は何をしようかの?」

そう言って母さんが食事を続ける。

俺も幸いと食べ進める。


ラーメンは確かに美味しい。

前に食べた白いラーメンも美味しかったが今日の野菜が沢山乗った透明なラーメンも美味しい。


「ツネノリ、食べ足りるか?もっと貰ってきてもいいんだぞ?」

父さんは優しい笑顔で俺に聞いてくる。


「何!?ツネツギ!!ツネノリにだけズルくないか!?」

母さんが身を乗り出す。


「わかっている、ルルはモンブランのお代わりが欲しいんだろ?行ってくるよ。

ツネノリは何が欲しい?」


「食べ足りてはいないけど、一人前はキツいよ父さん」

「わかった」

そう言って帰ってきた父さんは俺には肉まん、母さんにはモンブランを持ってきてくれた。

それを食べたらようやくお腹が落ち着いた。


母さんはモンブランを二つともペロっと食べてニコニコしている。

食後、ソファでのんびりとしている父さんと母さんの邪魔にならないようにテーブルで母さんが書いてくれた父さんの戦いの話を読む。


父さんは恥ずかしいからやめてくれと言うけど俺はこの話が好きで何回も読んでしまう。

前に遊びに来てくれたカムカさんにこの話が本当なのかを聞いたら、読んだ後に「本当だけど、ルルもここまで書くかね普通」って言って呆れていた。


俺は何よりも父さんがどこまで母さんを真剣に思っていたか。

アーティファクトを封印された時に一人で敵の足止めを申し出た父さんを止める母さんに「俺と一緒に死ぬか?」と言った部分が好きだ。


少ししていると父さんの胸が震えた。

父さんの胸には神様から渡された端末がある。

それがあれば向こうの世界とも文字での連絡が出来るし、写真と言う姿を一瞬で写し撮ったものを送ることが出来る。

外の世界との話になるので俺は持たせてもらっていないが、母さんは何かあった時に父さんに連絡が出来るようにと端末を貰っている。


端末に連絡が来れば震える事になっている。

ここで父さんの端末が震える事は殆どないのだがそれが震えた。

余程の事があるのだろう、父さんも「ルル済まない」と言った後に端末を見る。


そして父さんが息を飲む。


こんなに狼狽えた父さんを俺は見たことが無い。

それは母さんも同じだったのかもしれない。


「どうしたツネツギ?」

「………あ………いや………」

その声は弱弱しかった。


「私はお前の妻だぞ、どんな時も愛して支えると誓ったではないか。言ってくれ」

そう言って母さんは父さんを抱きしめる。


「…あ……ツネノリが居る…」

父さんは俺を心配してくれている。

俺が邪魔なのではない、俺がその話でどうにかなることを心配している。


「父さん!」と言って俺は父さんに駆け寄る。


「俺は父さんを信じているから大丈夫!」

そう言って父さんの顔を見る。


父さんの目に涙が溜まる。

そんなにつらい事をずっと抱えてきていたのか父さんは?

俺は何よりそれに気づけなかった自分が憎らしく思えた。


「父さん、ごめん!!俺父さんが辛いの気づけなくてごめん!!」

そう言って俺も父さんに抱き着く。


「俺が…俺が悪いんだ…」

そう言って父さんは泣く。


「ツネツギ、言ってくれ。私もツネノリもお前を信じている。お前の支えになれると信じている。私たちは家族だ。安心して言ってくれ」

母さんが真剣な面持ちでそう言う。


「そうだよ父さん、俺は父さんを支えるよ、言ってくれ!!」

俺も母さんも泣いている。

三人で抱き合いながら泣く。

夏だから家は暑くて、さっき食べたラーメンの熱さでみんな汗ばんでいるのに気にせずに抱き合った。


「ありがとう…ルル…、ありがとう…ツネノリ…」

そう何度も言いながら父さんは泣いた。


暫くして落ち着いた父さんは先に返事を書かせてくれと言って端末から返事を送った後、俺と母さんの方を向いて口を開いた。


「ツネノリ、先に母さんに話す。説明は後からさせてくれないか?」

「うん、それでいいよ。父さんの好きに話して」


父さんは「ありがとう」と言うと母さんの顔を見る。


「ルル、千歳にツネノリの事が知られたらしい」

「そうか。その日が来たか」


「ああ、今晩3人で話してくる」

「そうするがいい、そしてあの日のように私やツネノリが必要になったら言ってくれ」


「すまない」

そう言った父さんの手を取って母さんは笑いながら「お前のここの所の苦悩はそれか?」と言った。


「え?俺顔に出てた?」

「ああ、バレバレだ。いつからおかしかった?」


「多分、一年前だな。恐らくツネノリが端末から送ってくれた山登りの写真を見られたんだと思う」

「脇が甘いのぉ…」

母さんが笑いながら呆れる。

「まったくだ…」と言って父さんも笑う。


そして俺の方を見た父さんは改めて説明をしてくれた。

向こうの世界に家族が居る事。

そして娘が居る事。


「娘の名は千歳。お前より3歳年下の女の子だ。千歳にはこの世界の事を話していなかった。理由は大きく分けて2つ。

1つはまだ子供のあの子にこの世界の事を理解しろと言っても出来ないからだ。

そしてもう1つは重要性のわからない子供が万一この世界の事を外部に漏らした場合だ。

万一、外部の人間にファーストガーデンの人間が本当の人間だと分かった場合見世物にされてしまう。そこからこのゼロガーデン、ルル…母さんやお前が見世物にされる可能性があった」

そして父さんは説明をしてくれた。

向こうの世界にはアーティファクトのような力は無いが「科学」と言う文明が発達していて、その力でファーストガーデンの人たちは生み出されたと思われている事。

それは決して命ではなくかりそめの命として認識されている事。


父さんは俺達を守るためにそこまで考えて行動をしてくれていた。

俺は本当に父さんを凄いと思っていた。


「ツネノリ…お前は俺を軽蔑するか?」

父さんが突拍子もない事を聞いてきた。


「何でさ?父さんは世界中の人の為に頑張って居るじゃないか!」

「ありがとうツネノリ」

そう言って父さんは俺を抱きしめる。


そして俺を離した後言葉をつづけた。

「多分、文化や風習、倫理観の違いだ。娘の…ツネノリの妹の千歳は、自身の家族がある中でルルやツネノリと共に生きている俺を汚らわしく思っているのだろう」


なんだよそれ?

俺はそう思ったが父さんは言葉を繋げる。


「千歳が決して悪い訳でも間違っているわけでもない。

あの子も正義感が強く芯の強い子だ。

あの子が俺と住んでいる世界を日本と言う。

日本では重婚は認められていない。

本来ならば、ルルとツネノリが居る中で向こうの暮らしを持ってしまった事が間違いなんだ。

多分、落ち着けば千歳もそれはわかる。それはわかるが今はまだ何も知らない。

何も知らないから心の整理も付けられない」


そこに母さんが割り込む。


「私は間違いだとは思っていない。

ツネツギ、お前がこのガーデンだけで生きられない以上向こうの世界で家族を持つ、お前を支えてくれるものを持つのは間違いではないと15年前に私は言った。今もその気持ちに変わりはない。それにお前は可能な限り私たちの元に帰ってきてくれるではないか?」

そう言って母さんは泣きながら父さんに抱き着く。



「だからそんなに悲しい顔をするな。お前は間違っていない。

千歳とは話せばきっと理解を得られる」


「ああ、ありがとう。ルル…」


「父さん、俺はまだ子供で分からない事も知らない事も多い。

でも父さんは間違った事をしていない。

俺はそう思う。

だから自信を持って」


「ツネノリ…、ありがとう」


そう言って父さんは久々に安らいだ表情を俺達に見せてくれた。

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