勇者の格好で異世界に飛び込んだはずか、何故かそこは勤務先。
もちお
第1話 勇者はスタートダッシュを間違える。
「ゆ……『勇者』、です」
その言葉を口にした瞬間、
俺が時空魔法を使ったって? バカ言え、オフィス内が凍りついただけだよ。
そんな問答を一人頭の中で繰り広げた後、俺は全身にダラダラと冷や汗が流れ始めたのを感じる。目の前には、今日もバーコード頭を一際輝かせた俺の上司である部長が、今にも射殺さんばかりの目つきで睨んでくる姿。
「おい
「ゆ……『勇者』です」
その言葉を再び口にした直後、2秒間の沈黙。そして5秒間の失笑。周囲から聞こえてくる冷ややかな笑い声の中には、普段なら俺のことを「兄貴ッ!」と懐いていたはずの後輩の
「…………」
おかしい……こんなはずじゃなかった……ここに来るはずじゃなかった。それどころか、二度とここに来ないために俺はこの姿になることを選んだはずた。なのに……なんでまたここに来ている?
怒りでスーツの肩をふるふると震わせる上司を前に、俺は動揺と恐怖でふるふると防具の肩を震わせる。
毎日通っていたはずのオフィス内は、今の自分にはまるで別世界。あ、もしかして異世界転生ってこういう意味なんですか? などと思考だけでも現実逃避を図ろうとした途端、突然鼓膜にバンっ! と鋭い音が飛び込んできた。見ると部長が聖剣を突き刺すがごとく、机に拳を激しく叩きつけている。
「貴様は会社に何しに来たんだァッ!」
その雄叫びにオフィス内に
「いや、その、これには、その……」
勇者の格好をしていても、中身は立派な平社員。俺は兜のせいでいつもより1.5倍増しぐらい重くなった頭を何度も下げる。
しどろもどろしになりながら頑張って口を開こうとするも、まるでサイレント魔法でもかけられたかのようにうまく開かない。
「お前、そんなふざけた格好で会社に来たってことは、これからどうなるかわかってるよな?」
「…………」
モンスターと戦ってきます、なんて冗談は口が裂けてもいえない。いや、そんなことを言えば俺の身体が本当に裂かれてしまうだろう。もしそうなった場合、俺の人生最後の晩餐は昨日食った裂けるチーズになるわけだ。
「とりあえず今から社長室に行く。話しはそれからだ」
「え?」
いきなりラスボスからですか? と思わず言いそうになってしまい慌てて口チャック。
おいおい誰もこんな展開なんか望んでないぞ! というより、俺だってこんなふざけた格好で会社に来るような頭の腐った人間じゃない。これにはちゃんと理由が……揺るぎない理由があるんだッ!
などと胸の中で必死になって主張するも、恐怖のあまり一言も声にはならない。
そんな自分の背中からクスクスと聞こえてくる無数の冷たい笑い声が、まるで呪いか猛毒のようにジワジワと心を蝕んでいく。
くそ……これも何もかも、あの女のせいだ……いや、あの女たちのせいだッ!
目の前で勢いよく立ち上がったバーコード頭……もとい、自分の上司からさっと顔を伏せると、俺は走馬灯のようなスピードで昨夜の出来事を回想する。
そう、自分の人生史上、最も最低かつ奇天烈で、衝撃映像ベスト10みたいなあの出来事を……
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