あなたは死にたい
渋柿屋
第1話 あなたは死にたい
きっと、僕達は生まれてくるべきではなかった。些細なものが結びついて形成されたこの身体を憎むことは簡単だ。
人間は簡単に死んでしまう。例えそう望まなくとも、死んでしまう。明日の朝ベッドの上で目覚ましの騒音を躍起になって止めようとすることが出来るとは限らない。
今僕の横にはすやすやと眠る一人の少女がいる。掛け布団を僕からはぎ取って気持ちよさそうに目をつぶっている。時計を見ると午前五時。起き上がるかどうか丁度迷う瀬戸際の時間だ。
半ば眠ることを諦めながら目を閉じる。意識をすると自分の呼吸一つも気になって上手く眠りにつけない。そんなことを数十分続けて僕はやっとベッドから起き上がった。寝癖が付いているときの独特の頭皮の浮遊感を手で押さえつける。もうじき夏も始まるため、朝でもそれほど寒くはない。パジャマの代用として着ている部屋着の長袖を二の腕の付け根辺りまで一気に捲る。少し涼しくなった。
ベッドを見る。相変わらず眠る少女が一人いるだけだ。自分の都合で無理に起こすのも良くないので、ゆっくりと部屋から出る。途中床に転がる本を踏んで足裏が痛んだ。
リビングで朝のお茶を嗜んでいる頃、ふと寝室にスマホを置き忘れたことを思い出す。別に僕はスマホをそこまで使う方ではないが、アラームをセットしているので余計な電力を使ってしまう。残りも少なくなったお茶を飲み干そうと口に持っていってやはり辞める。思いの外お腹が満たされた。代わりに少し伸びをして寝室に向かう足を出した。
廊下はカーテンで光が遮断され暗い。電気をつけるのも億劫なので微かに見える道を進む。寝室に突くと、ベッドの脇に置かれているスマホを取ってアラームの設定を切る。掛け布団が足下に落ちているのを見つけてベッドの上に放る。そこには誰もいない。特に思うこともないのでリビングに戻ろうと振り返ると、部屋の入り口に少女が立っていた。黒く光る銃を携えて。
「何だよ」
返事はない。朝の湿った空気が流れる。静寂が部屋を包む。
「悪いけど今僕は君を相手にするほど暇じゃない」
また返事はない。ただ瞬きもせずこっちを見つめているだけだ。
僕はこれ以上何をする事もないため、そいつの脇を通り部屋を出る。振り返った訳ではないが、そいつはきっと動いていない。
リビングに戻るとお茶は冷め切っていたが、全て呑んだ。美味しくない。何を満たすわけでもないのに食物を摂取するのは面倒くさい。が、お茶を入れたときにそれで何かを満たそうとしていたかと言われるとそうでもない。
少女のことを考えた。彼女が持っていた銃のことを考えた。あれは誰を殺すためのものなのか、僕は知っている。きっと彼女も知っている。いや、知らないのかも知れない。でも、きっと思っている。
彼女は死にたいと思っている。
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