英雄のラストエピローグ



 世界を救って英雄になったのに、彼女ができなかった。

 どうやら彼女をつくるために必要なのは、救世主になることではないらしい。


 不安定なチンポジがやけに気になるけれど、それを無視して俺は回廊を駆ける。


 暗闇の先には、何がそんなに楽しいのか、にやついている中性的な美青年が経っている。

 名前は知らない。

 ナチュラルに見下されているのか、自己紹介すらしてくれないので、わからない状態だった。


「《創造クリエイト》。僕は君の熱心なファンだからね。原作再現も得意だよ」


「……ちっ。イケメンって時々ありえんくらい無神経だよな!」


 突然その謎のイケメンが生み出したのは、柄から剣先まで真っ黒な刀。

 俺のトラウマアイテムだ。

 それをウキウキで、見せびらかすように俺に向ける。


 ヤリチン(仮)VS童貞(ガチ)の頂上決戦だ。


 全宇宙の未経験モブ陰キャの代表になったつもりで、俺は負けじと真っ白な剣を創造クリエイトする。


「そこをどけ! 俺は今から、ジャンヌに逢いにいくんだ!」


「そんな寂しいこと言わないで、ちょっと遊んでよ」


 俺が型もクソもない力任せの大ぶりをすれば、まったく同じ力で謎イケメンは剣を合わせて、力を相殺させてくる。

 弄ばれてる感がすごい。

 女の人の扱いめっちゃ上手そう。

 張り合ってないで弟子入りするべきか?


「僕は、不思議なんだよ。君の物語を眺めてきたけれど、どうして君がそこまで純粋に世界を救うのか、わからない」


 ただ、立ちはだかるだけ。

 向こうから俺に、攻撃をしかけることはない。

 だが俺が出し抜こうと、剣を奮えば、完璧に打ち消される。

 魔法を使っても、効く気がしない。

 というか、こいつなに?

 俺に、何用?

 もしかして、告白?

 俺のこと好きなのかな。


「君の経歴は見た。テーマは不幸だ。普通だったら、もう少し歪んでもいいはず。というよりは、実際君はかなり醜く歪んでいる。それにも関わらず、どうしてそんなまっすぐな目で、世界を見ることができるんだい?」


「いや急にめちゃくちゃディスってくるじゃん」


 イケメンに、君ってすごいブサイクで性格悪いね、といきなり言われた。

 否定はできない。

 とても泣きそう。

 

「もっと憎んでもいいはずだ。君に纏わる全てを。それに実際、君の心が堕ちる時もあったと思う。それでも、君は再び光を取り戻し、また何度も、人を救う。どうしてかな? 君に英雄願望のようなものは感じない。世界が君に大きく感謝するわけでもない。願望もなく、感謝も必要とせず、時に傷つきながら、それでも君は旅を続ける。どうして?」


 ドウシテドウシテドウシテうるさい!

 なんだこいつ。

 自我芽生えたての赤ん坊か。

 赤ちゃんプレイはたしかに好きだが、さすがに男相手にそれをやりたいと思うほど性癖は歪んでいない。

 未経験なのでノーマルなプレイで十分俺の人生にとってアブノーマルだ。


「俺は元々、英雄になりたかったわけじゃない。人に感謝されたいとも思ってない。俺が醜くて、歪んでいるのも百も承知。傷つくことにも慣れてる。俺を動かす熱はたった一つだ」


「それは、なにかな?」


 きっと、こいつには、わからないんだ。

 こんなこと、疑問に思うようなことじゃない。

 というかほとんどのやつにとっては、あまりに当然すぎて悩みになりようがない。

 どちらかといえば、わからないこいつの方が稀有なようにも思えてしまう。

 どうして俺が、旅を続けるのか、そんなの決まってる。


 彼女、募集中。


 童貞を捨てるため以外の、何ものでもない。



「俺は、彼女が欲しいんだ。ただ、それだけだ」

 


 俺はドヤ顔で、最高にダサい台詞を吐く。

 俺は真似をする。

 俺が知る限り、最も気高く、手本になる、本物の英雄の姿を。

 そうすれば、少しでも、俺のこの夢と、そして憧れの彼女に近づける気がして。


「……君は、そうか。英雄。なるほどね。彼女が、欲しい。彼女ジャンヌが、欲しい。そういう意味か。僕としたことが、読み込みが甘かったな。彼女が君に憧れていたように、君も彼女に憧れているのか」


 謎のイケメンは、はっとしたような表情で、何かぶつぶつと呟いている。

 あれ。なんだろ。これ大丈夫かな。

 微妙に意図が伝わってないような気がするというか、俺の邪な考えがだいぶ美化されてしまっているような気がしないでもないが、なんか言い出しにくい雰囲気だ。


「《風よ薙げウェントスメルゴー》」


 気まずい雰囲気を誤魔化すかのように、俺は彼女の真似をして魔法を唱える。

 なんでもできる彼女と、なにもできない俺。

 二人で一つと言いながら、いつだって俺は足を引っ張ってきた。

 

 俺は英雄じゃない。


 英雄はジャンヌだ。


 だからきっと、俺には何も手に入らないんだろう。

 本当に欲しいものを手に入れるためには、時には一人で戦わなくちゃいけない。

 

 きっとこの戦いには、勝たなくてもいい。


 戦うことが、大事なんだ。

 傷つくのは得意だ。

 愚かさは専売特許。

 童貞は、折れない。

 なぜなら、もうこれ以上ないってくらいに、すでに折れ曲がってるから。

 ボロボロのフニャフニャのチンチンさ。

 巻き起こした嵐に翡翠色の蛍光が纏わりつく。


「やっと、わかったよ。君にあって、僕にないもの」


 暴風の中で、イケメンはただ笑っている。

 さらさらの前髪が風に踊らされるだけで、モデルのような綺麗な姿勢ですっと足ったまま、憂いを帯びた黄金の瞳で俺を見つめている。

 こいつにあって、俺にないもの。

 いやそんなのいっぱいあるだろと思ったけれど、ヘタレなので言い出しはできない。


「理解者、か。そうか。僕は理解することばかり追い求めて、理解されることを求めてこなかった。だから僕は、きっと君に惹かれたんだね」


 なぜか今にも泣き出しそうな顔をしながら、イケメン淡い光が明滅する暴風の中、再び俺に剣を奮い出す。

 なんだこいつサイコかよ。

 めっちゃエモいですみたいな顔しながら剣を振りかぶってくるとか情緒どうなってるんだ。


「名残惜しいよ、ムト。やっと僕も、見つけたのに」


「……うぐっ!?」


 これまでとは違い、俺の剣捌きに合わせることなく、イケメンはその立派なブラックソードを振り回す。

 ぺちんッ! ペチンッ! ペチチチンッ!

 若干耳が意図的に聞き違いをしている気がするが、たぶんそんな感じの音を響かせながら、俺たちは互いの剣をぶつけ合う。


「もう、じきにエピローグも終わる。どうだい、ムト? よかったら、全てが終わった後、僕の下に来ないかい? こう見えて僕も、人間出身なんだ」


「はぁっ……はぁっ……はぁっ!」


 なんか悠長に喋りかけてくるが、あまりの剣戟の勢いに、俺はなんとか抵抗するので精一杯で、言葉を返す余裕がない。

 こんな優しい顔してこのイケメン、バリバリのタチじゃねぇか。

 もう、もたないわあたし。


「ああ、彼女が、羨ましいな。まさかこの僕が、何かを羨む日が来るなんて。でも、いいさ。僕の完敗だからね。四つの信仰は、その四つ全てが打ち倒された。強いのは、君だけじゃない。君に纏わる全てに、僕は負けたんだ」


 ふと、俺は気づく。

 何度も打ち合った剣と剣。

 知らない間に、黒く染まっていた刀身が、黄金に変わっている。

 それはまた、俺が創り出した白い剣も同じで、二つの黄金が重なり合い、それはまるであの世界の月のようだった。

 


「ムト・ジャンヌ・ダルク。ありがとう、僕の願いを、叶えてくれて。君や彼女と過ごした短い時間は、僕にとっては永遠のものだ。君たちに逢えて、本当によかった」



 風と光が混ざり合い、俺たちの重なり合った剣が星屑のように煌めいて消えていく。

 ああ、そうか。

 優しく笑いながらも、寂寥を瞳に浮かべるイケメンを見て、ふと、思う。


 もしかしたら、こいつは、インポなのかもしれない。


 そう考えたら、急に、親近感が湧いてきた。

 あまりにもモテすぎた男の成れの果て。

 対極にいるようで、同じ場所に立っている。

 俺は何一つ手に入れられず、彼は全てを失った。

 そんな風に思うと、このイケメンと仲良くなれる気がしてくる。


 でも、悪い、俺は今から、女に逢いにいくんだ。


 なんだか悪いことをしてるような気分になり、俺は自然と謝ってしまう。


「……ごめんな」


「……うん、ほんとだよ。この僕を寂しくさせるなんて、時代が時代なら、大罪さ」


 男の俺がちょっとキュンとくるような、爽やかすぎるウインク。

 危ない。危ない。

 こいつ、危険すぎる。

 やはり早くジャンヌに逢いに行かないと、気が変になってしまうぞ。



「じゃあね、ムト。ジャンヌによろしく。きっと君は、君の願いを叶えるだろう。また、逢えることを、楽しみにしているよ」



 すっと、足元の感覚が、消えていった。

 真っ暗な廊下には、気づけば、星空が広がっている。

 もう、あのイケメンの姿はない。



「そうか。ここは。俺はやっと」



 頭上には黄金の月が二つ、これでもかと光輝いている。


 懐かしい、匂いがした。


 遠い、遠い、視線の先で、俺によく似た顔の美しい女性が黄金の刃を奮っている。

 

 もう、すぐ、そこに。


「今、逢いにいく」


 心が逸る。


 どうやら、俺より少しばかり早く、物語に舞い戻っていたらしい彼女の姿を捉える。


 俺は今だけは全ての代償を忘れて、夜を駆ける。


 

 彼女ジャンヌが、欲しい。



 あながちそれは、勘違いでも、なんでもないのかもしれない。





 

  

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