No.18 アンダー・ダーク・ナイトメア



 俺がレミに案内されたのは、簡素な木製の格子で仕切られた囚人部屋のような場所だった。

 先に連れて行かれた皆もそこにいたが、革命軍の兵士に監視されているので楽しく歓談する雰囲気ではない。

 ピピは壁に寄り掛かり物思いに耽っていて、ラーは神妙な面持ちで辺りを眺めている。

 そしてクアリラは驚くべきことに、地面に横たわりスヤスヤと眠っていた。信じられない度胸だ。ここまでくると呆れを通り越して尊敬してしまう。

 聞いた話では明日のエルフ軍との戦いに備えて俺たちにも色々やってもらうということだったが、肝心のレミはまだ戻ってこない。

 こうなってしまうと暇だ。

 俺もクアリラを真似て仮眠でも取ろうかな。


「ムト、クアリラ、起きて。彼女が来たわ」


 そうやってぼんやりと過ごしていると、急に鼓膜内にやけにエロチックな声が侵入してきた。

 一瞬で脳が覚醒する。

 声の正体はやはりラーで、知らない間に彼女はまた俺の肩の上に乗っていた。

 ラーに言われた通り通路の奥に目を凝らせば、レミがこちらにやってくるのが見える。

 どうやら先ほど言っていた通りの段取りが滞りなく進んでいるらしい。


「貴方たち三人には明日、エルフ軍との戦闘に加わってもらう」


 俺たちが収監されている部屋の前までやってくると、レミは開口一番そんなことを言う。

 三人というと、ピピとクアリラとラーのことだろうか。希望的観測を胸に言葉の続きを待つ。


「まずあんたにはエルフ軍の駐留基地に単独で乗り込んで、敵指揮官の首を取って来てもらうわ」

「りょ、了解です」


 初めに指を指されたのはやはりというべきか俺だった。

 希望的観測は虚しく、やはりこの一番大変そうな仕事をやってのけなければならないようだ。


「次に貴女は戦いの最前線にいってもらう。まあ悪くいえば壁役ね」

「……」

「ちょっと貴女聞いてるの? というか起きてる?」

「……はぁ、聞いてる聞いてる。起きてる起きてる」


 俺の次に指示されたクアリラは、完全寝起きボイスで返事をする。

 壁役などいう名前からして不吉な役目を押し付けられているが、まるで気にしていないようだ。


「最後に貴女。貴女には伝達役をしてもらうつもり。戦場を最前線から後ろの私の方まで何度も往復して、戦況がどのように変化してるかを常に把握し、私に伝えるのが貴女の役目よ」

「……わかりました」


 普段の優しい微笑みを消し、無表情を保つピピは静かに頷く。

 よかった。ピピに与えられた役目は俺やクアリラに比べれば幾分か安全そうだ。

 それでも念には念を入れておきたい。

 戦場ではずっとピピの傍にいられないので、魔力探知を常時発動しておくことにしよう。


「もうわかってると思うけど、貴女たちはまだ革命軍の正式な一員じゃない。だから自分たち自身で証明しなさい。貴女たちがこの組織に必要かどうかを」


 最後にそう言い切ると、レミはさっそうと踵を返す。

 なんとも男前な言い回しが似合う子だ。

 俺も格好良い決め台詞みたいなのを考えて練習してみようか。


「あら、私には何の役目もないのかしら?」

「……部下の報告には聞いていたけど、貴女、本当に喋れるのね?」


 ここでさりげなく自己主張の強いエロニャンコがレミを呼び止める。

 何の役目もないのかしらとか言ってるが、ラーにいったい何ができるというのだろう。士気を高める癒しのマスコットくらいにしかならない気がする。


「……そうね。明日貴女は戦う皆を元気づけて上げて。なんというか神聖? な感じするし、貴女の言葉は運を呼び込みそうな気がする」

「招き猫扱いなの? まあいいけれど」

「招き猫? ごめんなさい。それってなに?」

「いえ、なんでもないわ。私の言葉が力になるかは怪しいところだけど、できるかぎりのことはやらせてもらうわ」


 やはりレミも癒しのマスコット以外の用途を思いつかなかったのか、かなり適当な役目をラーに与える。

 まったく話に関係ないが、レミがラーと戯れる映像が撮れれば高く売れそうな気がした。


「それじゃあ、私はもう行くわ。明日の働き期待してる。あと監視はもうしなくて大丈夫よ。貴方たちも明日に備えて休んで。……でも本当に懐かしいわね、その紋章」


 レミは俺たちが胸に付けているパチもんの革命軍エンブレム一瞥すると、クスリと笑う。

 だが何がそんなに面白かったのか理由は説明せず、今度こそレミは去って行ってしまった。

 いまや革命軍の幹部となったレミから任を解かれた兵士たちも彼女の後を追う。

 どうやら監視こそされなくなったが、このおそらく普段は捕虜などにあてがわれているのであろう部屋から一応まだ出してはくれないようだ。


「はぁ……面倒くさい。じゃあ私もう寝るね」


 レミたちが去って一分も経たないうちにクアリラはまた横になる。

 異次元の睡眠欲にブレはない。ロングスリーパーというのも大変そうだ。


「私は少し外に出てくるわ。ここは私には狭すぎるから」

「え? 出るってどうやって?」

「普通によ」

「普通に?」


 またクアリラが気持ちよさそうな寝息を立て始めると、ラーがふいに俺の肩から飛び降りる。

 するとペタペタと可愛らしい足音を立てながら木製の格子の隙間を通り抜けて行った。

 たしかに。

 よく考えればこの程度の隙間では、猫であるラーを閉じ込めることはできない。


「明日の朝までには戻るわ」

「う、うん。わかった」


 こんな風に外に勝手に出てしまっていいのだろうか。

 もし俺が転移魔法を使って無許可で格子から抜け出したら間違いなく問題になる。

 でももしこれがラーならなんとなく許される気もしてしまう。

 やっぱり猫だからか? 猫なら何をしても許されるのか?

 俺も一応ムト・ニャンニャンだし、喉をゴロゴロ鳴らしながらレミの布団に潜り込んでも許されるのかな?


「ムト君」

「パヒィッ!? ち、違うんだよそうじゃない。もちろん俺は本気でそんなことやるつもりはないしそもそも冗談というか冗談以下のよくあるあれで……」

「ムト君?」

「あ、すいません。なんでもないです」


 くだらない妄想に口元を緩ませていると、ふいに背後からピピに話しかけられ意味不明な発言をしてしまう。

 よく考えれば全裸の俺が猫耳と尻尾をつけて、レミに甘えている映像は脳内だけのものだ。他の誰かに見られているわけがない。

 やっと冷静さを取り戻した俺は額の汗を一度拭うと、ピピの方に向き直る。


「大丈夫ですか? 凄い汗ですけど」

「全然大丈夫。ごめん、それで、えーと、何かな?」

「……ここに連れてこられる前、ムト君だけ残るよう言われましたよね? 二人で何を話されていたのでしょう?」

「え? あ、あー、それはね」


 真紫の瞳が真っ直ぐと向けられる。

 昔レミと会ったことがあると正直に話してしまっても問題ないだろうか?

 いや、待てよ。

 ピピという俺の今カノ(仮)相手に、過去に付き合い(残念ながら卑猥な意味ではない)のあったレミのことを話すのはまずい。

 もしかしたら要らぬ勘違いを生み出し、余計な嫉妬心を抱かせてしまい、最終的に悲しいすれ違いを生んでしまうかもしれない。

 それはなんとしても避けなくては。まったくモテキって奴は本当にバランス感覚ってものが不足しているな。


「ほら、やっぱり彼女はここの部隊の指揮官だけあって、俺の秘められた実力を見抜いたわけよ。それで、他の皆以上に忠告というか、釘を刺されたみたいな?」

「……忠告、ですか」

「うんうん。そうそう。そんな感じ」


 いつもの優しげな微笑は戻っていない。

 ピピは瞬きもせずに俺の顔を見つめ続けている。

 不審がられているのか、それとも俺に見惚れているだけなのか。

 頭の中の冷静な部分が前者に決まっているだろうと喚いていたが、俺はクールぶった奴が昔から嫌いだった。


「……ムト君は気づいていますよね? あの人が何者なのか」

「え? あ、そっか。ピピは法国クレスマの王家の下で働いてたことがあるんだっけ」

「はい。あの人は私のことを覚えていなかったようですが、私は覚えています」


 やっとピピの視線が俺から外される。

 どうも自分の顔を長時間観賞されるのは苦手だ。

 たしかに中々に整ったベビーフェイスだとは思うが、中の人の精神が悪い意味でベビーフェイズで止まっていることに配慮して欲しい。


「私、なんとなく分かるんです。ムト君も、この革命軍に長居する気はないのでしょう? 何か別の目的があって、それを為せば去って行く」

「ンフッ!? そ、そんなことないよ。なに言ってるのさ」

「無駄ですよ。隠したって」

「……」


 アドリブ能力ゼロで、頭の回転の遅さに定評のある俺は黙り込むことしかできない。

 まさかピピに俺の革命軍潜入大作戦が見透かされているとは思わなかった。

 さすが俺の見込んだ女性だ。俺とは違って頭が回る。


「きっとムト君もいつか忘れてしまうのでしょうね。私のことなど」

「俺はピピのこと絶対に忘れないよ。その革命軍に長居する気がないとかあるとかについては、ちょっとノーコメントにさせてもらうけど、それだけは約束できる」

「……私、ムト君のことがよくわかりません」

「ん? どういうこと?」


 俺の背信を知りご立腹なのか、ピピは怒ったような口振りをする。

 また視線を俺の瞳に戻す。

 いつもの輝きは少しくすんでいて、真正面から受け止めるのがつらい。


「ムト君は私にどうして欲しいのですか? ムト君は私のことをどう思っているのですか? 私にはわかりません。どんなに考えても、考えても、ムト君の考えていることがわからない!」

「ピピ、お、落ち着いて」


 段々と激しさを増していくピピの声。

 これはいったいどうなっているんだ。

 いつの間にか修羅場に突入している。

 どこで選択肢を選び間違えたのか記憶がない。

 部屋の隅ではクアリラが暢気に小さな寝言を立てていて、その幸せそうな表情に無性に腹が立った。


「最初は貴方を疑いました。でも味方なのかもしれないと考え直した。……だけどそれもやっぱり違った。私の疑念は正しかった」

「ごめん、ピピ。俺には君が何を言っているのかわからないよ」

「嘘をつかないでください。ムト君は全部わかっているくせに。私は何もわからないのに」


 だいぶ不穏な空気だ。

 ピピの瞳には危険な影すら宿ってしまっている。

 俺は確信した。会話の流れから推測すれば簡単なことだ。

 

 ピピは俺の浮気を疑っている。


 なんということだ。

 ここに来る前にレミに居残りを命じられた時に、俺がその場の性欲に負けアンなことやコンなことをしたと思っているに違いない。

 これは早く弁解をしなければ。

 俺の誠実さを証明しよう。


「聞いてくれ、ピピ。俺は本気で君のことを想って――」

「やめてください! もう何も聞きたくない!」


 ピピは金切り声を上げしゃがみ込む。

 耳を両手で塞いでもうアナタノイイワケハキキタクナイワモードに入ってしまっている。よく無駄に官能シーンの多い昼ドラで見るあれだ。

 俺たちの愛が試されているのだろうか。試練を乗り越えた先に本物の愛があるとでも抜かすつもりか。そんなことより早く俺の白濁に染まったライフエナジーを抜いてくれ。


「……私も、もう眠ります。お願いですから私の邪魔をしないでください」


 やがてピピは耳を塞ぐのにも疲れたのか、俺に拒絶の言葉を残すとクアリラとは反対側の部屋隅で横になった。

 寝るのを邪魔するなと言われた俺は、これ以上話しかけることもできない。

 モテる男のモテ仕草という本にたしか書いてあった。

 女性のヒステリーが発動した時は、時間を置いてから甘い物と一緒に謝るのがベストだと。

 明日の朝、いやエルフ軍との戦いが終わった、シュークリームか何かを持って頭を下げるとしよう。

 


「おやすみ、ピピ。そしてごめん」



 きっとこの言葉は届いていないだろうから、またもう一度言い直すことにする。

 その時はピピの笑顔が見れるはずだ。


 ピピと初めて一緒の部屋で過ごす夜は、世界で一番くらい夜だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る