最強の魔法使い


「少し話をしよう。我が宿主よ」


 黄金色のまなこに癖のない黒髪。

 適度な大きさの形の良い鼻。

 東洋系の肌色に、男としては少し華奢気味の骨格。

 やや長めの前髪から覗く容貌には、まだ幼さが若干残っている。

 最早疑いようがなかった。

 俺の目の前にいるそいつは間違いなく、転生後の俺自身そのものだったんだ。


「ここは貴公と私の精神世界、私達以外には決して知覚の出来ない唯一無二の空間だ」

「え? あ、あぁ」


 音一つしない不思議な暗闇の中、耳心地の良いアルトの声色とやや掠れた低音の聞き慣れた声だけが響き渡る。


「それに肉体の心配は要らない。今私達の体は意識を失っているが、私の発動した絶対不可侵の魔法障壁により安全は確保されている」

「そっ、そうなんですか……って違くてっ!そうじゃなくてっ!お前は一体何者なんだよ!?」


 淡々と言葉を続けるそいつは、俺が突然大声を出しても表情一つ変えずに、俺とは色の違う瞳をギラギラと輝かせるだけだった。


「私は何者でもない。ただの最強だ。神によって創られた、“最強の魔法使い”という朧げな存在。宿主、貴公の中に生まれたもう一つの人格、いや貴公の付随品と言った方が正確か」

「は?じゃあお前は……お前が……?」


 目の前のそいつは俺の質問になっているのかどうかすら疑わしい問いに肯定も否定もせず、ただひたすらにこちらを見つめ続ける。

 まだ転生後の自分自身の姿に慣れていない為か違和感のような物は特に無いのだが、流石にこの異常空間で少年だか少女だか分からない人間に見つめ続けられると変な気持ちになってくるな。

 というか凄い美形。

 本当に俺こんなだっけ? それとも最強補正?

 そいつは能面の様な面持ちのまま、再び喋り出す。


「さて、それでは本題に入ろう宿主。貴公は先程、原石魔法げんせきまほうを発動した。私が今回貴公と話の場を持ったのは、私が意識の表層に現れる時宜について聞きたかったからだ。私は魔法使いとしては最高峰の能力、知識を生得持ち合わせているが、実際に使用可能なのは精錬魔法せいれんまほうのみなのだ。本来、貴公が魔法を発動させる時に私は意識の表層に出ればよかったのだが、さっきのように貴公が原石魔法を使おうとする場合は―――」

「ウェェィィィトッ!! 待て待て待て待てっ!!!??? 何? 何かの呪文詠唱ですか!? 意味わかんないからっ! 謎言語のオンパレードだからっ!!!」

「む? 私と貴公の認識言語は同じ筈なのだが? なにせ私と貴公は同一の肉体を共有しているのだからな」

「えと、ごめん、少し静かにしてくれると有難いんだけど……ちょっと思考の時間を貰いたい」


 駄目だこいつ。

 いきなりどうした。

 堅物・オブ・ザ・イヤー今年度受賞者だよ。

 全くもって状況理解が出来ないじゃないか。

 説明下手過ぎだろ。会話下手のゴールデンモルツだ。

 で? 結局今はどういう状態なんだ?

 こいつが薄々感じていたもう一人の俺なのは確定した。というかこんなしっかりとした別個の人格だったんだな。

 まぁとにかく俺は別人格に強制呼び出しを食らったわけだ。

 よし、ここまでは整理出来たぞ。

 そして問題の、何の用でこんな仮装宇宙空間みたいな場所に呼び出されたのかという疑問だが、これは俺の貧弱なコミニュケーション能力の真価が試されているな。

 自分自身とさえ満足に会話出来ないようなやつが、このさき星の数ほどいる(らしい)美少女達とキャッキャウフフ出来る訳ないんだ。

 行くぜ! 俺! 

 するぜ! まともな会話!!


「よ、よし。おけーおけー。状況は完全に理解した。それじゃあ、俺との話し合いの場を持った理由を改めて聞こうじゃないか。順序良く、説明の過不足なく、なるべくスィンプリ〜に、ゆっくり分かりやすく頼むぞ?」

「うむ。任せろ。私と貴公には魔力の制限がない、というより自らの意志で魔力を創造する事が可能な訳だが、それにより貴公は原石魔法をいとも簡単に発動する事が出来る。しかし私には魔法の知識と最強の定義以外に記憶という名の智見もなく、奇跡を望む強固な意志もないため原石魔法を使う事が出来ない。だから私は貴公が精錬魔法を発動しようとする際には躊躇わず表層に出る事が出来るのだが、貴公が原石魔法を発動させようとする際には果たして表層に出ていいのかどうかという疑問を禁じえ――」

「スタァァッッップ!!! スタァァァッッッップッ!!!!! はぁ、はぁ……悪かった。俺が悪かったよ。方法を変えよう。ちょっと待ってくれ」

「む?分かった。暫し待とう」


 はい。意味不明デス。

 駄目なんてもんじゃないなこいつは。

 協調性とかないの?分かり易く説明する気ないよね?

 

 いや、待てよ?


 こいつは確か、神によって創られた存在だって言っていたよな?

 ということはつまり俺が転生を果たしたタイミングで生まれた人格なわけだ。

 要するに年齢で言えば零歳だ。

 ははっ。何だ赤ん坊も赤ん坊。

 こんな奴と言葉のキャッチボールをしようとした俺が馬鹿だったんだ。

 しかも言ってみれば遺伝子百パーセント俺の赤ん坊だ。

 そんな奴、ポンコツかつコミニュケーション障害持ちに決まっているじゃないか。


「よし、じゃあ質問形式にしよう。但し、返答は二十文字以内にする事」

「むむむ? それは少しばかり難儀だな」


 目の前のそいつは相変わらず淡白な表情だったのが、若干口を尖らせて困惑の意を示し初めて感情が存在する事が明らかとなった。

 我ながら少し可愛い。

 不味いな。頭が狂ってきたみたいだ。おっと元からか。


「じゃあまずは、聞きたい事があるのか?それとも話したい事があるのか?どっちなの?」


 そして俺は話を切り出した。

 出来るだけ、シンプルに、答え易いように。

 でもあれだな。もしこれで話したい事があるとか言われると少々厳しいな。こいつの話したい事を理解出来る自信が無い。

 だが幸いにも、そいつの要求は至ってシンプルでクリアな物だった。


「私にあるのはたった一つの要求だけだ」

「え? それは何?」


 すっと、金色こんじきの視線が細まる。

 ごくりと、俺の喉がなった。


「私の意識が外に出るべき際の合図が欲しい」

「は?」


 何だって?合図?

 ああ、成る程ね。打ち合わせみたいな。そういうアレだったのねコレ。

 え?じゃあ何?この別人格めちゃくちゃ礼儀正しいじゃん。

 勝手に意識乗っ取るのは無作法だと判断して、俺に呼び出す時の合図を決めてくれと頼む為に俺を呼び出したのか。

 うわ!めっちゃいい子じゃん!

 惚れそう!自分自身だけど。性別すら曖昧な存在だけど。いやまぁ女って事にしとくか。


「合図が欲しい。私が躊躇しないように。合図が欲しいのだ」

「うっ、うん。分かった分かった。ちょい待って。今考えるから」


 力強い瞳が俺に自らの要求への答えを促す。

 本当に同じ瞳を持っているのか怪しくなる程に強い光だった。

 くすむ事に馴れた俺には少し眩しいくらいに。


「……“魔力纏繞”。これでどう?戦闘の基本らしいし。それに初めて君が――」

「うむ。無属性魔法か。承知した。宿主、貴公がその魔法を唱える時、私が貴公に成り代わり、最強を証明しよう」

「あ、あぁ。それじゃあ頼むよ」


 そう言うと、そいつは少しはにかんだ。

 胸が大きく一つ波打つ。 自分と同じ顔の筈なのに全くの別物に見えて来た。

 おいおい本格的に俺ヤバいんじゃないか?

 いや、俺は女性耐性が極端に低いからこのくらい普通だ。

 自分の別人格にドキドキするのも至って普通に決まっている。

 こいつの声もどちらかと言えば女性らしいのがいけないんだ。俺はおかしくない、おかしくないぞ。


「それでは話はこれで終わりだ」

「そ、そっか」

「では」

「待っ!待ってっ!」

「うむ?何だ?」


 俺は思わず叫んでいた。

 自分を決して裏切らない存在。

 そんな存在になり得る可能性を秘めた彼女に、俺は思わず声をかけていた。


「え〜と、なっ、名前。名前をまだ聞いてないから」

「名? 私はただの最強。名など有りはしない」

「え? ないの? で、でもないと不便じゃないか?」

「名がないと不便? そうか、貴公がそう言うならばそうなのだろう。名か……そうだな、宿主、貴公が私に名を付けてはくれないだろうか?」

「お、俺が?」

「うむ。言っただろう。私は貴公の付属品だからな」


 そうか、こいつには名前がないのか。

 というか良く考えたら当たり前か。

 こいつは俺を最強にする為だけに生まれた俺の別人格。

 つまるところ俺自身なのだから。

 俺自身か……じゃあこいつもムト・ジャンヌダルクって事になるのか?

 いや、でも丸っきり同じ名というのも興が削がれるな。

 そうだ! 

 ジャンヌダルクという名は本来、ジャンヌ・ダルクと別れていて、“ジャンヌ”は本当はファーストネームのはずだ。

 なら、こいつの名は――、


「“ジャンヌ”、お前の事は、ジャンヌ。そう呼ぶから、俺の事はムトって呼んでくれ」

「ジャンヌか……いい名だな。感謝するムト。もし貴公が私の名を呼べば、必ずそれに応えよう」


 なぜかやたら緊張したが、一応しっかりと名を授ける事が出来た。

 二人揃って、“ムト・ジャンヌ・ダルク”。

 実質二重人格となった今の俺には、お似合いのネーミングじゃないか。


「それでは貴公の意識を戻そう」

「え?あ、ちょま――」


 俺の感情的にはまだジャンヌと話したい事がちらほらとあったのだが、俺が呼び止める前に再び唐突な視界の暗転。

 次に視界に景色が映る頃には、もう先程までの暗黒空間ではなくなっていた。







「……う〜ん?こ、ここは……?」


 視界一杯の緑。

 この場所を俺は知っている。

 確かダイダロスの森海とか呼ばれている異世界版青木ヶ原だ。


「さっきのは……」


【もちろん夢ではないぞ】


「ひゃっ!!!なんぞしたぁっ!?!?!?!」


 俺の頭に突然ジャンヌの声が響く。間抜けな奇声が当然口から漏れた。

 周りから見たら一人で急に驚き出した変態になっているのは間違いない。


【私にも理由は分からないのだが、何故か私の自意識が表層から直ぐには消えなくなってしまった。だが一応段々と薄まってきてはいる。恐らく時間が経てば深層に落ちていくだろう】


 そ、そうなんだ。

 というかじゃあ今は俺の頭の中スケスケって事?


【まぁそうなるな。無論意識を貴公と切り離そうと強く念じれば心を読めなくはなるが、そうした場合貴公が口に言葉を出さないと意思の疎通が出来ないという欠点がある】


 よし。なら今直ぐに切り離してくれ。頼む。

 男としてのプライドプライベートが侵されかかっているんだ。早急に頼む。


【むむ?そうか?私にはそのプライドプライベートとやらが分からないが、貴公がそう言うならば従おう】


 ふぅ。これで何とか俺の深淵な脳内独り言の独立性が守られた。

 危ない危ない。もし俺の頭が常に誰かに覗かれているとかなったら流石の俺でも気が狂ってしまうからな。

 ていうか本当に覗かれてないよな?

 実験しちゃうよ?

 よし行くぞ!

 僕はゲイです!!!


「僕はゲイです!!!」


【ゲイとは何だ?】


 ぬぉぉぉいいいい!!!!馬鹿なのか俺はっ!!!何で心の声と同じ事口に出してんだよ!!


「何でもない。気にしないでくれ」


【うむ。承知した】


 俺、脇毛が左だけ濃いんだ。


「俺、脇毛が右だけ濃いんだ」


【それは独り言か?それとも私への報告か?私の記憶だと特に右の脇の特別性は感じなかったのだが】


 え?そうなの?この身体だと脇毛のアンバランスは解消されてるの?

 ってそうじゃなかった。

 よしよし。ジャンヌは見事に口に出した方に反応を示したな。俺の頼みを律儀に聞いてくれたわけだ。

 これで安心。心置き無く自己嫌悪と煩悩全開の脳内セルフトークをする事が出来る。


【む?そろそろ私の意識は深層に落ちるようだ。次に呼び出す時は、例の合図を頼む】


「わ、分かった」


 ジャンヌがそういい残した瞬間、憑き物が落ちたような淡い感覚がした。

 彼女は眠ったのだろう。俺の合図が来るその時まで。


「何だか凄い疲れたな………」


 ふと視界を上下に動かせば、辺りはもう既に暗くなって来ていた。

 深い森の中で、一人夜を向かえる。

 普段の俺なら恐怖で卒倒しそうなシチュエーションだった。

 しかし、まるで憂懼は俺の心に降り立たない。そう、単純な俺は安心感を得ていたんだ。

 俺はもう一人じゃない。

 自分しか信用出来ない俺にもう一つの人格が生まれた。その事が俺の沈む事に馴れきった心情に劇的な変化を与えたのだと気づくのに、そう長く時間はかからなかった。



「綺麗だ……」



 冷んやりとする地面に仰向けに寝転がり、生い茂る木々の隙間から見える星空を眺めながら、俺は呑気にそんな事を呟く。


 随分昔に同じような事を口にした気がする。


 でもその時より、今見ている星屑達の方が遥かに美しい気もした。



 やがて不用心な俺はそのまま瞳を閉じる。不思議と本当に疲れていた。自分に今日起きた事が上手く思い出せないのもきっとこの疲労のせいだろう。

 そして眠りに落ちる、そう感じる一呼吸前に脳裏に浮かんだのは、黒髪で黄金の瞳を持つ、俺にそっくりの顔をした美少女だった。





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