No.9 ソフトタッチ・バイオレンス



 なぜ彼女がここに?

 見るものを圧倒する豊満なバストと、白蓮を思わせる清楚かつ高貴な相貌を持つ彼女のことを、俺はずいぶん前からよく知っていた。

 初めて会ったときは単なる田舎村の娘にしか過ぎなかったが、気づけば公認魔術オフィシャル・ウィザードの資格を手に入れ、半年ほど前にはとうとう九賢人の座にまで上り詰めたスーパーハイスペックガール。

 それが俺の知り得るレウミカ・リンカーンという少女についての全てだ。


「申し訳ないけれど、そこにいる私の同僚を解放してもらえないかしら? 心配は要らないわ。もう暴れたりはしないはずよ」

「え? あ、ああ! ごめん! これには深い事情があって」

「いえ、わかっているわ。君には何の非もない。どうせろくに話も聞かずいきなり襲われたのでしょう?」

「そ、それは……そうなんだけど」


 眉間に手を当て溜め息を一つ吐くと、レウミカは俺に小さく頭を下げる。

 この俺が組み伏せたクロウリーと名乗る女は、やはり世界魔術師機構に属する者だったらしい。

 ゆっくりと首根っこを掴んでいた手を離し、俺も距離を取る。

 すると舌をペロリと出し、悪戯が見つかってしまったかのようなバツの悪そうな顔をしてクロウリーは立ち上がった。


「なはっ♪ どうもレウミカさん。遅かったですね」

「まったく。貴女はいったい何を考えているの? ムトを見つけたらまずは私に連絡。そういう手筈だったはずでしょう?」

「すいません。あまりにも愉快な顔をしていたので」

「私たち九賢人よりも強い相手なんていくらでもいるの。自らの力を驕り相手の力を顧みないことは身の破滅を招くわよ」

「なははっ♪ 年下にしかられちゃいました♪」

「ふざけないで、クロウリー。私は本気で忠告しているの。それに九賢人としては私の方が年上よ」

「そうでした。本当にすいません」


 唐突に始まったレウミカのガチ説教を眺めていると、危険な状態が去ったことを確認したのかマイマイとヒバリがこちらへやってくる。

 

「す、すごい。ムトって銀麗の八番目と知り合いだったのか?」

「ま、まあね。それなりに」

「しかもあっちの白髪の女って、災厄の九番目クロウリー・アインシュタインだろ? 九賢人をあそこまで子供扱いしちゃうなんて、本当にムトって凄い魔法使いだったんだな! 最後の方なんて何が起きてるのか全然わからなかった!」

「そ、そう? 俺、凄かった?」

「うん! 超凄かった!」


 ヒバリはというと、目をキラキラと輝かせて俺を見つめていた。

 実際凄いのはジャンヌであって俺ではないが、これも役得というものだろう。

 あの暴帝オシリウレスに憧れるだけあって、有名な魔法使いとの戦いはお気に召したらしい。

 というかあの女も九賢人だったんだな。


「……でましたね妖怪チチユサ女。相変わらず下品な身体です。またそのふしだらなチチィでご主人を誘惑しに来たんですか?」

「……貴女も久し振りね、マイマイさん。三年前と、、変わってないようで安心したわ」


 そして我が頼れるメイドは、無事窮地をやり過ごした俺に労いの言葉をかけることもなくレウミカにガンを飛ばしにいった。

 そういえばこの二人も顔見知りだった。

 ご覧の通り、仲が良いとはいまいち言い難いが。


「マイマイさん、凄い怒ってるな。オレにも結構当たりが強いけど、それ以上だ」

「あー、まあ、あれは基本的にマイマイに問題があるんだよ。あいつは自分より胸の大きい女の人全てを目の仇にしてるんだ」

「胸の大き……っ!? へ、へぇ! そ、そそそうなんだ!」

「どうした? ヒバリも胸の大きい方が好きなの? ちなみに俺は乳輪は小さい方が好み」

「なっ! ば、馬鹿じゃねーの!? 意味わかんねぇーしっ!」


 ヒバリは顔を真っ赤にして俺から顔をそむける。

 せっかくの男同士、親交を深めようと思ったのだが、どうも下ネタは苦手なクチのようだ。

 少しだけ困る。

 なぜなら俺は下ネタ以外で男友達をつくる方法を知らないから。

 あとなぜかヒバリは自分の胸を手で隠して、俺に警戒するような視線を送っていた。

 さすがに男を襲ったりはしないのに。

 さっきヒバリのなら先っちょはイケそうとか一瞬思ったことは謝るが、あれは一時の気の迷いだ。


「そんな下品なものぶら下げて恥ずかしくないんですかぁ? 私だったらあまりの羞恥に外は一歩も出歩けませんけどねぇ!?」

「本当に貴女はいつもいつも……恥ずかしいのは貴女の言動の方だといい加減気づくべきよ。私に嫉妬なんてしなくてもいいのに。貴女は十分魅力的よ?」

「は? なんですかその超上から目線? なにを大人な対応見せる私素敵みたいな雰囲気出してるんですかねこのチチミカは?」

「そんなつもりはないのだけれど。あと私の名前はレウミカよ」


 懲りることもなくレウミカに噛みつき続けているマイマイを見ていると、そのうち俺の方が恥ずかしくなってきた。

 普段はわりと冷静なことが多いのに、どうもデカパイを目の前にすると彼女は理性を失ってしまう。変なところで俺に似ている。

 これは今度俺の方から貧乳の素晴らしさについて講義でもした方がいいのだろうか。

 いや、そんなことをしたら俺の魔法の杖が折られてしまいそうだ。


「なはっ♪ これは興味深いです」

「うわっ! びっくりした!?」


 するといきなり顔の真横から声がして、俺は軽く飛び上がってしまう。

 見ればそこには、実に楽しそうに笑うクロウリーの姿がある。

 あらためて近くで見ると、真っ白な髪と黄金色の瞳が神秘的な美貌に映えていて、透明感のある肌に擦りつけるのを我慢するのが大変だった。

 胸の膨らみは中々で、乳首の色はきっと薄ピンク色だと予想した。


「レウミカさんにもご友人がいたんですね。彼女にはどうせ友達なんて一人もいないと思っていたので、意外です」

「そ、そんなに意外ですかね? レウミカは結構人気者ですよ?」

「普通あの年齢であそこまでの力を持つと、他者を見下し、排斥するようになるものですが、彼女は違うみたいですね。どこか目指している明確な目標があるのかもしれない。それも自分では全く及ばないような、遥か高みにある目標が」


 聞けばクロウリーはまだ九賢人になってから日が浅く、レウミカのことをよく知らないらしい。

 知らない人から見ると、彼女はそんな風に見えるのか。

 あのレウミカでさえそうなのだ。

 普段自分がどんな人物に思われているのか俺は少し不安になった。


「ああ、忘れてました。貴方にも謝らないといけませんね、ムト・ジャンヌダルク。先ほどはすいませんでした。改めてよろしくお願いします。かながねご高名は耳にしていますよ」

「え? あ、ああ。べつに大丈夫ですよ。こちらこそよろしくお願いします。クロウリーさん」

「そうですか。ではさっそくですけど、暴帝オシリウレスをどこに監禁しているのか教えてくれますか?」

「ちょっ!? だ、だからそれは俺がやったんじゃないんですって! 俺の偽物がいて、そいつがやったんです!」


 話を変え、俺に謝罪の言葉を向けたと思ったら、次の瞬間クロウリーはまたあり得ない方向に話の矛先を再変化させた。

 暴帝オシリウレスを俺が監禁しているなんて悪い冗談なのか。

 だいたいあの人に鎖をかけても、呼吸をするだけで鎖を歪ませてしまいそうだ。


「あ、やっぱりそうなんですか? レウミカさんや、ガロゴラール会長もその可能性は指摘していました。名を騙るだけでなく、目撃情報も本人に酷似していたので、こうやって実際に私たちが派遣されたわけですけど」

「はい。実際にその偽物に会ったんですけど、顔は俺とほとんど同じでした。見た目で判別するのは不可能なほどです。たぶん容姿をコピーする能力かなんかがあるんじゃないかと」

「はあ。なるほど。実際に会ったんですか。戦闘は行いましたか?」

「いえ。すぐに姿は消してしまったので」

「はあ。そうですか」


 クロウリーはぼんやりした表情で、何かを考えているようだ。

 態度には出さないが、俺のこともまだ完全に信じてはいないかもしれない。

 そして会話はそこで途絶えてしまい、華麗なトークセンスで場を再び暖めることもできない俺は、我がメイドの哀愁漂う戦いに注意を戻すことにする。


「もう怒りました! そうやって貧富の差を見せびらかすチチミカさんにはこうしてやります!」

「ひゃんっ! ちょっとマイマイさんっ!?」

「なん……だと? 私の手に収まり切らない……?」


 その時、俺の若干アッパー系コミュ障入ってるメイドは、信じられない行動に出る。

 なんとレウミカの、あの神聖なる大きなレウミカを揉みしだき始めたのだ。

 あの馬鹿メイド。

 いったい何を考えているんだ。

 いいぞ。

 もっとやれ。


「これはもはや暴力ですね……物理的にも、私の精神的にも凄まじいダメージですよ……」

「はぁっ……ん! マイマイさん……いい加減にして…ひゃんっ!」


 これは僥倖。

 しかしもう目の保養などという生易しいものではない。

 俺の下賤なる小さなムト・ジャンヌダルクが雄叫びを上げている。

 このままではいけない。

 いや、とても素晴らしい状況ではあるのだが、タイミングがすこぶる悪い。


「いやー、本当に仲睦まじいですね、あの二人は。私、羨ましいくらいですよ」

「なあ、ムト。これはさすがに止めた方がいいんじゃないか……ってなんでそんな前傾姿勢を取ってんだ?」

「うっ! そ、そうだな。たしかにもう割と瀬戸際だ。これ以上はまずい」


 視線の先では、魅惑の曲線美を誇る双丘が自由自在に形を変えている。

 想像以上の弾力性だ。

 さすが俺の専属メイドとだけあって、鮮やかなソフトタッチによってレウミカのポテンシャルを最大限に生かしていた。



「こ……《コールドケース》」


 

 だが俺が目の開き過ぎでドライアイになるより先に、夢の時間は終わりを告げてしまった。

 吐息が白濃くなるほどの冷気にあてられ、俺の不自然な体勢も段々と改善されていく。

 気づけば常識外れの暴挙を犯した貧しき蒼い髪の少女は、この世に絶望したかのような表情のまま氷漬けにされていた。

 

「ふぅ……まったく。君の従者は本当に躾がなってないわね」

「ご、ごめん、レウミカ。あいつはちょっと、たまに頭がおかしくなるんだ」


 これほどの寒気の中、耳まで真っ赤にしたレウミカが咳払いをしつつ俺たちの方にやってくる。

 服と髪には少し乱れが残っていて、妙にいやらしかった。


「お楽しみでしたね。レウミカさん」

「馬鹿なことを言ってないでクロウリー」


 いまいち掴みどころのない性格をしているクロウリーは腹を抱えて笑っている。

 ヒバリはというと、彼も彼で頬を紅潮させて下を向いていた。

 純粋無垢なお子ちゃまには、少し刺激が強かったかもしれない。

 見た目の年齢とこの反応から考えて、彼もまだ童貞だろう。

 俺はヒバリが大好きになった。


「なはっ♪ それでムトさんから話を聞きましたが、どうやら帝国の首都アレスを襲撃し、暴帝オシリウレスを攫ったのは彼の偽物らしいですよ」

「やっぱりそうだったのね。その偽物に心当たりはある?」

「それがまったくないんだよ。どうも向こうは俺のことを知ってるみたいだったけど」

「そう……君に恨みを持っていそうな人物、ね。たしかに数が多すぎて絞り切れなそう」


 真剣な面持ちでレウミカそう呟く。

 どうも俺とは正反対の理由で、偽物の正体に悩んでくれているようだ。

 

「とりあえずはいったん本部に戻って報告かしらね。どうする? 君も一緒にくる?」

「え? あ、ああ、実は俺も本部に用があったから、一緒に行けるならありがたいよ」


 思考の時間が終わったらしいレウミカの提案に、俺はこれ幸いと乗る。

 世界魔術師機構の本部に用があったというのは本当のことだ。

 俺の偽物の正体を探り当てるために、俺がこれから会いに行こうと思っていた人物は二人いて、そのうちの一人がそこにいる。

 話を訊きに行こうと思っていた一人は、この世の全てを知ると云われるファイレダルの智帝ユーキカイネ。

 そしてもう一人が世界魔術師機構本部のあるオリュンポス島に幽閉されている、“黒の王ドラコ”ピルロレベッカ・ナーガイン・シヴァだった。

 いまこそ力を失っているが、彼女はかつて闇の三王として名を馳せ、この世界で数千年もの間生きている。

 そんな彼女ならば、他人になり変わるなんていう特異な能力について何か知っているかもしれないと思ったのだ。

 

「そう? それなら私も助かる。君はたしか転移系の魔法を使えたわよね? これでわざわざユラウリさんを呼ぶ手間が省けるわ」


 話は決まったとばかりに、レウミカは言葉を切る。

 それでもまだマイマイの氷漬けを解く気はないらしい。


「な、なあ、ムト? オレはどうしたら?」

「ん? あー、そうだな。申し訳ないけど、ヒバリもついてきてくれる? ヒバリ・ラグランジュ大改造計画はちょっと後になっちゃうけど」

「それはいいんだけど……オレなんかが付いていっていいのか?」

「え? いいんじゃない? たぶん」


 変なところで及び腰のヒバリに、若干適当な言葉で安心するように言う。

 九賢人のほとんどは顔見知りなので、それほど問題が起きるとは思わなかった。

 今回クロウリーと知り合えたことで、これでもう会ったことのない現九賢人はあと一人くらいしかいない。


「すいません、レウミカさん。私はもう少しこの国に残っていいですか?」

「どうして? 何か気になることでもあるの、クロウリー?」

「ええ、ちょっとまだ、調べてみたいことがあって」

「そう……わかったわ。でも何かわかったら、必ず報告して」

「わかってます♪ またレウミカさんにしかられるのは嫌ですからね♪」


 一方どうやらクロウリーは、俺たちとは一緒に来ないようだ。

 素性に謎の多い分、ミステリアスな色気のある彼女ともう少し親睦を深めたかったが、それはまたの機会ということになった。 

 そしてレウミカが俺たちに視線で合図を送る。

 

「さて、それではいきましょうか」

「あの、レウミカ? 行く前にマイマイを元に戻してあげてもいい?」

「そうね。このままにしておくわけにもいかないし、構わないわ。でもムト、また彼女が暴走したら、今度はちゃんと止めてくれるのよね?」

「も、もちろん」


 もちろん止めるわけはない。

 さすがの俺もそこまで無能ではない。

 俺はあまりにも憐れな、それでいて有能なメイドの氷結を溶かしながら、そして転移の準備を始めたのだった。




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