第50話:邪悪な魔族の男は、説得に応じない

 俺は地面に転がる魔剣を拾い上げて、俺を追いかけてきたザギルの方に向いた。


「くっ!」


 剣を構えた俺を見て、急に立ち止まったザギルは恐怖に歪んだ顔を見せた。

 しかも両手は体の前で、くっついたまま。

 なんとも情けない姿だ。


「ザギルさん。どうだ? やっぱりこのまま俺たちを見逃して、どっかに行ってくれないか?」


「ほっほっほ……あなた、もう私に勝ったつもりですか? ちゃんちゃらおかしいですねぇ。私の魔法は、この手のままでも発動できるものもあるんですよ。それであなたの命も終わりです。さあ、見せて差し上げましょう!」


 ザギルはくっついたままの両手を、目の前に差し出した。そこに凄まじい魔力が集約していく。

 しかたない。

 このままにしておいたら、俺が殺される。


 俺は構えた魔剣を、横にひゅんと振った。

 ザギルの両手が肘のあたりでスパッと斬れる。


「うぎゃっ! な、なぜ……? 強化魔法がかかった腕が、なんでこんな簡単に……?」


「さあ? あんたの魔法なんかより、この魔剣の方が圧倒的に強いからだと思う」


 俺は淡々と答えて、今度はザギルの首に向けて魔剣を横一閃した──



 ザギルは魔剣で首を斬られると、グェッと叫び声を上げた。そして身体中が黒い霧のようになって霧散した。


「凄いぞアディっ!」


 キャティが駆け寄ってきて、俺の腰に抱きつく。


「うわっ……」


 あのいつもクールなキャティが。

 抱きついてくるなんて信じられない。


『こらっ、女剣士! 離れろ! アディが困っておるではないかっ!』


「あっ、すまぬ!」


 キャティはピースの声にハッと我に返って、真っ赤になって俺から離れた。

 別に困ってはいなかったけどな……


「でも無事で良かった……ありがとうアディ」


 キャティの顔を見ると、その目には涙が浮かんでうるうるしている。

 キャティは俺のことを、よっぽど心配してくれたんだ。


「あ……方向がわかる」

 

 『あやかしの魔力』が解けたのだろうか。

 キャティは家の方向がわかると言い出した。


「とにかく今日は、もうトレーニングはやめにして帰ろう」


 俺がそう言うと、今度はピースもそうだなと答えた。

 キャティもうなずく。


 俺たちは、ジグリットが待つ家へと帰ることにした。





◆◇◆◇◆


「アディ! キャティ! 大丈夫か!?」


 俺たちがジグリットの家に入ると、彼は目を丸くして叫んだ。


 俺とキャティの服装が全身ボロボロだからだ。


「ああ大丈夫だジグ。心配をかけてすまない」


 俺はジグリットに頭を下げてから、ことの経緯を説明した。




「そうか。とにかく二人とも……それにピースも無事で良かったよ」


「ああ、そうだね。それにジグが発案してくれた、接着スキルを使った攻撃も上手くいって良かった」


「あはは、そうだな。あのスキルは色んな使いようがあるから、これからも色々と試してみよう」


「うん、そうだね」


 ジグリットは、彼の計画に背いて森の奥まで行ったことには、何ひとつ責めることはなかった。

 ただひたすら、俺たちの無事を喜んでくれている。


「でもジグ。結果的には無事でよかったけど、危険を招いたのは、ジグの言う通りにしなかった俺のせいだ」


 俺が反省してそう言うと、横からキャティは俺を庇ってくれた。


「いやアディだけじゃない。私もそれに賛成した。私のせいだ」


『いや。そうしようと言い出したのは私だ。私のせいだ』


 魔剣の中からピースもそう言う。


「いやいや、待て待て。君たちはすっかり、いいチームになったじゃないか。僕の計画なんてどうでもいい。僕の考えることが常に正しいとは限らないのだから」


 ジグリットは嬉しそうに笑っている。


「それにアディ」


「えっ?」


「すごくいい顔になってる。男らしいというか、自信に溢れているというか……」


「えっ? そ、そうかな……」


 いい顔?

 自分ではそんな気はなかったから、ジグリットの言葉には戸惑う。

 しかしジグリットからはそんなふうに見えるんだ。

 俺は少し嬉しくて、今日一日の苦労が報われたような気がした。

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