第36話:ドSな魔王様は、案外いいことを言う

◆◇◆◇◆


 翌朝。

 ジグリット宅に向けて出かける。

 今日から訓練だ。


 手にした魔剣からは、『ふん、ふん、ふーん』とピースの鼻歌が聞こえる。


 ご機嫌なようだな。

 昨夜のシャワーのおかげか?


 最後は無理矢理封印してしまったが、そんなに怒ってはいないようだ。

 まあ、機嫌がいいのは何よりだ。


 それとも、昨夜は俺に強制的に封印されたから……俺に文句を言うとマズいと思ったのだろうか?




 ジグリット宅に着くと、彼から今後のトレーニング方針を教えられた。


 最初の3週間は、俺とキャティとで、剣士としてのトレーニングをする。

 その後最後の1週間は、一部トレーニングもしながら、毎日魔物討伐をする。

 つまり実戦訓練だ。



 ジグリットが立てた計画に従って、俺たちはトレーニングを始めた。



「まずはアディ。剣の素振りを見せてくれ」


 ジグリットにそう言われ、キャティも見守る中、素振りを披露する。

 もちろんピースを内包した魔剣でだ。


 ヒュンヒュンと音を立てて、俺は素振りをみんなに見せた。



「うーむ……まあまあ……かな」


 歯切れの悪いジグリットに、キャティも同意する。


「そうだな……まあまあ……だな」


 まあまあか。

 悪くはない評価で良かった。


『貴様ら。物事はハッキリと言え』


 俺が手にした剣の中から、急にピースの声が聞こえた。


 ──どういうこと?


『そんなのは、まあまあとは言えん。へっぽこだ』


「おいおい、ピース。君は辛口だな」


『何を言っておる、ジグ。私が今まで見てきた歴戦の勇者に比べて、話にもならん』


 なんだよピース。

 エラい言われようで落ち込むしかない。


「ピース。勇者と比べるのは、アディがかわいそうだろ?」


 そうだよ!

 昨日、シャワーを浴びさせてやった恩義を、もう忘れたのか?

 

『違うぞジグ。アディは仮にも私という魔王の力を持つ魔剣を扱うのだ。それくらいの実力を持っていて欲しいではないか』


「それはそうかもしれないが……」


『それにアディはキチンと教えればそれくらいなれる……そういう素質があると、私は見込んだ。だから私はそう言ったのだ。なんなら私が教えるぞ』


 ──あ。


 俺に素質があるなんて……

 そういう風に思ってくれてたのか。

 悪く思って申し訳なかったよ、ピース。


「それはいいな。ぜひアディを鍛えてやってくれ、ピース」


『ああ、わかった』


 ピースの声も心なしか嬉しそうだ。

 俺にとっても、歴戦の剣士の太刀筋を知るピースのアドバイスはありがたい。


 そしてジグリットが、もう一つの提案をした。


「それともう一つ、アディ。君のスピードを鍛えよう」


「スピード?」


「ああ、そうだ。君の動きを早くすることで、その【接着スキル】を攻撃スキルにできる」


「へっ……? どうやって?」


「まあそれを教えるのは、後のお楽しみだ。とにかく剣術とスピード。そこに重点を置いてトレーニングしよう」


「あ、ああ。わかったよジグ」




 そんなこんなで、俺のトレーニングが本格的にスタートした。

 ジグリット宅周りの森で、剣術訓練とスピードアップのため足腰の鍛錬を行う。


 ピースの剣術アドバイスはありがたい──

 さっきはそう思ったが、甘かった。


 それはアドバイスなんてもんじゃない。

 アイツはやはりドSだ。


 それは、極めてスパルタな訓練だった。





『こらーっ、なんだアディ! そのふにゃふにゃな太刀筋はっ!? もう一回やり直しぃぃっっ!!』


 ピースは思いっきりダメ出しをする。

 そして何度も何度も、同じ動きを繰り返し、やらされた。


 身体中が痛くて、もう動かなくなってもそれは止まない。


「ピース……もう……限界だ……」


『何を言ってる、アディ! 限界は自分で作るもんじゃない! まだやれる! まだやれっ!!』


 そうやって、また訓練に駆り立てられる。


 ジグリットとキャティも時々アドバイスをくれながら、ピースの叱咤を苦笑いで見てる。


「ジグリットぉ……キャティ……た、助けてくれ……」


『こらっ、アディ! 他人に助けを求めるなっ! 戦闘でいざとなっても、貴様は他人に助けを求めるのかっ!?』


「あ、いや……それは……」


『他人に助けを求めるんじゃなくて、貴様が他人を助けられるようにならないとダメだろう!』


 ──あ、はい。

 仰るとおりです。


 ピースのヤツ……

 魔王だけど、凄くいいことを言うな。


 俺ももっと、気合い入れてやらなきゃ。


 ──そう思って、俺は力を振り絞って、トレーニングに取り組んだ。




 そうやって、剣術、それと足腰を中心としたスピードアップの訓練を、3週間ぶっ通しで行なった。


 キャティも俺と一緒に、厳しいトレーニングをひたすら続けた。



 そして──3週間が経った。

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