犬の旅
奈良大学 文芸部
犬の旅 梅竹
かつてこの大陸の平和は一つの超大国により保たれていた。
フェデラシオネ王国。一時期、この大陸はフェデラシオネそのものと称されるほどの権勢を誇った王国であったが、権力闘争や腐敗の横行、暴君の悪政により数多の国家が独立する事態になった。もっとも、そのような事態に陥っても王国の軍事力は未だ健在であり、独立した国家のほとんどが王国の庇護下に入ることを承諾した。
その力に陰りが生じ始めたのは十数年前から大陸中央部で始まった砂漠化からだ。この砂漠化は王国の国土で始まり、深刻な食糧問題をもたらした。王国は数億の餓死者を生み出すこととなり、彼らの威光は過去のものとなった。
この状況を好機と見た帝国、俺の祖国が王国に対して宣戦を布告、戦争が始まった。
おぼつかない足取りで前へと進んでいく。体のあちこちが危険信号を発しているが、死んでたまるかという思いだけが俺を動かしていた。
簡単な任務のはずだった。王国の国土を壁に帝国と向かい合うモンテグナ公国の内情偵察、それだけだ。しかし、動きはすべてあちらに筒抜けで、ろくな情報も集められず戦闘になった。その後、撤収ポイントにたどり着いたのは良いが、ヘリは俺を置いて飛び立っていった。直後に何かの墜ちる音がしたので置いていかれたのはラッキーではあったが。
何かが足に引っかかりバランスを崩してしまう。足元にあったのは公国軍の奴らの死体だった。その姿はそう遠くない未来の自分の様で息を詰まらせてしまう。
落ち着け、こんなもの今までも見てきただろうと頭の冷静な部分が叫ぶ。けれどこれまで感じたことのない程強烈な死の芳香を前にして冷静を保つのはひどく困難なことで、とてもじゃないが今の俺にはできなかった。
立ち上がろうとするが足がうまく動かない。生まれたての小鹿の様に立とうとしては転びを何度も繰り返しながら、それでも前へと進み続ける。
いつの間にか少し開けた場所へと出ていた。見渡してみるとあちこちにガラクタが散らばっていた。その中に一際気になるものがあった。近づいていくにつれ、その姿がより詳細にわかっていく。
ソレは大雑把に説明するのならば小犬のような形をしていた。ただし、毛皮は全く見当たらず、代わりに全身が金属で覆われていた。眼はよく見るとレンズのようだった。
見たことのない奇妙な存在に興味を持ってしまい、少し手で触れてみる。最近ここへ捨てられたのか、腐食しているところはどこにもなかった。
「第三者の接触を確認、再稼働プログラムを実行」
「うおぉ!」
触っていると、その犬に似たものから声が流れてきた。思わず情けない声を出し投げ捨ててしまう。
「プログラム完了。起動者を確認中」
「しゃべれるのか、お前」
ソイツは立ち上がり、こちらへ近づいてくる。
「まずは感謝します、人間。私はマキナ第42工場にて製造されました潜伏型ドロイドです」
「これがドロイド……それにマキナだと? なんでそんなヤツがこんなところにいるんだ?」
マキナ、他国との一切の交流を停止した謎に包まれた国家。かつては大陸一の技術国として広く知れ渡っていた国で、ドロイドの開発、製造を行うことのできる唯一の国家であった。
その後、突如として全ての国家との国交を破棄。ドロイドの存在もメジャーなものではなくなることとなった。かくいう俺も今初めてその姿を目にしたくらいだ。
「解答、本機体は公国領に建設されている地下工場にて製造されました。偽装を施した後に潜伏調査を行う計画でしたが、何らかの問題が発生。ここへスリープ状態で廃棄されていました」
「地下工場? もしかしてそれは帝国にもあるのか?」
「不明、その件についての情報は与えられておりません」
「……ならマキナの現状は?」
「詳細は不明、ですが現在マキナがターミナルコアのAIにより管理されていることは確実です」
「ドロイドの国……」
マキナの現状に地下工場の存在、懐に飛び込んできた二つの情報はいずれも本国へ持ち帰らねばならないものだ。
「こちらからも質問をしたい、人間。ここから王国へ行くにはどちらへ向かえばよいだろうか」
「お前王国に行きたいのか」
「肯定です、人間」
「その人間ってのやめろ。俺にはルカって名前がある。」
「了解したルカ。では私の識別番号を教えますので今後はお前ではなくそちらで呼んでください」
「絶対長いだろソレ、一々面倒だし犬みてぇだからドクでいいだろ」
「ドク?」
「そっちの方が呼びやすいし何より効率的だ。好きなんだろ?」
「ルカの言い分には一理あります。では私の呼び名はドクと」
「話を戻そう」
「なぜ王国に? という質問でしたか。私の任務が大陸の現状を調査、収集しマキナへ持ち帰ることだからです」
「丁度いい、王国へは俺も行こうと思っていたんだ。何なら一緒に来るか?」
情報を持ち帰る、俺もコイツも似た目的で動いている。そこに仲間意識を感じたのも提案をした理由の一つではあるが、一番はコイツを帝国まで持っていくためだ。コイツの中にはより有益な情報が眠っているんじゃないか、そう考えたが故の発言だった。
「いいでしょう、私も同行しましょう」
「決まりだな。ならとっとと行くぞ、まずは移動手段をどうにかしないとな」
そうして一人と一体は木々の中へ溶けていった。
木々が生い茂る大自然の中に人の手で作られた道路が一筋、真っ直ぐ水平線の彼方まで続いているその上を、低い轟音を響かせながら一台の車が駆け抜けていく。
「おいドク、王国の国境まであとどれくらいだ?」
「推定、あと三十分以内に到達する見込みです」
「そうか」
そのまま車を走らせていると、それまで道路を挟み込んで乱立していた木々が忽然と姿を消し、目の前には青空と砂で覆われた大地のみが広がっていた。
「二十年前はここまで砂漠になってなかったと思うんだがなぁ」
おぼろげになった記憶を思い出しながら呟く。ドクはその呟きに反応する。
「映像データの収集を要求します」
「映像つっても砂しかねぇぞ?」
「私の情報には、ここには緑の大平原が存在していたと記録されています。この変化に関して説明を要求します」
「詳しいことは知らん。知ってるのは十数年前にいきなり大陸の中央部で砂漠化が始まったってことくらいだ」
「興味深い情報、感謝します。それで情報収集の是非は?」
「はぁ……、検問所が見えるまでならいいぞ」
「感謝する、ルカ」
ドクは這うようにしてリュックから出てくると、ドアの腕かけに上り、風景の記録を始めたようだ。
犬であるならば尻尾があるべき場所からはコードが伸びており、その先端は車のステレオジャックにつながっていた。そこからドクがシステムを乗っ取る形でこの車は走っている。
「ホント、これに関してはロボット様々だよなぁ……」
ドクがいなければここまでは来られなかっただろう。仮に一人でここまで来られたとしても数倍の時間を要したであろうことは想像に難くない。
しばらくすると砂の世界に鉛色の線を引くようにフェンスが横一列に並んでいる姿が見え始める。
「そろそろ検問所だ、戻れ」
「了解した」
ドクは言うや否や腕かけから飛び降りリュックへと戻っていった。
検問所に近づくにつれ、徐々に人影のようなものが二つほどわかるようになってくる。人影はこちらに静止するよう求めるしぐさをしている。指示に従い検問所の少し手前に車を停める。
「エンジン止めとけ」
「了解」
エンジンが止まり、ステレオジャックからケーブルが引き抜かれてリュックの中へと戻っていく。
人影がこちらに近づいてくる。さぁ、ここが正念場だと腹をくくり、小道具と共にこちらからも近づいていく。
「パスを拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
男にそのパスを渡すと写真とこちらの顔をよく確認している。
大丈夫なはずだ、と心の中で繰り返す。髪の色に肌の色、顔の一パーツどれをとってもパスに写っている顔そのものだ。
「確認できました、王国へは何をしに?」
「僕はカメラマンでね、王国は戦争中だろう? 戦時下の写真というものを是非とも収めたくてね」
わざとらしくカメラを見せびらかしながら返答する。
「この検問所、人が少なくないか?」
「そうなんだよ、なんか戦況がよくないらしくてな。どんどん人員が前線送りになっているのさ。今じゃここは俺と後二人だけさ」
王国はかなり疲弊しているようだ。思わぬところから土産話が手に入ったことに笑みをこぼしそうになるのを抑える。
「そうなのかい。これ、少ないだろうが足しにしてくれ」
男に紙袋を渡す。男は不審そうに受け取り、中身を覗く。すると呆然とした表情のままこちらへと顔を戻す。
「おい、これ……」
「謝礼だよ、取材に応えてくれた。良ければ皆で分けてくれ」
「ありがとう友よ‼ 王国にようこそ、良き旅を!」
男は袋の中から束を一つ、自分の懐に入れてから検問所の方へ走っていった。
喜んでくれたようで何よりだ。車のついでにくすねてきた物だったが、役に立った。
「話はついたぞドク、エンジンかけろ」
ケーブルが元の位置に戻っていく。ステレオジャックに接続されると数秒の後にエンジンの振動が伝わってくる。検問所を通り抜けた後、こちらに向かって兵士たちが手を振る光景がサイドミラーに映る。
検問所が見えなくなると、次第に笑いがこみあげてくる。
「いやぁ、良い奴らだったぜ」
「あなたは彼らがいい人間であると?」
「アイツらのおかげで俺たちは無事王国へはいれたんだぜ?」
「与えられた職務を全うせず私欲に走るという行為は、良い人間の定義とは遠くかけ離れたものであると推測しますが?」
「皮肉だよ、それくらい分かれ」
「理解不能、説明を要求します」
「面倒、却下」
ただでさえ達成感に浸ることを邪魔され少し頭にきている。相手などしていられるか。
「運転しとけ、俺寝るから。なんかあったら起こせ」
「睡眠をとらねばならないなど非効率の極みです。ドロイドには必要ありませんが」
「はいはい、ドロイド様はすごいですねー」
そう返すと、ドクからの返しは聞こえてこなくなる。まぁいいだろう。そのまま眠りへと落ちていった。
「ルカ、起きてくださいルカ」
「なんだドク、もう町についたのか」
「いえ、前方に武装した複数人を確認、判断を仰ぐために起こしました」
「はぁ? ここは公国側の南部だぞ? なんでこっちに軍の奴らがいるんだ」
「武装、と言っても正規軍の水準ではありません。せいぜい民兵レベルのものです」
「まぁいい、とりあえず俺が相手するからお前は引っ込んでろ」
「了解」
そのまま車を走らせていくと有り合わせの素材で組み立てたようなお粗末な検問所らしき建造物が近づいてくる。男が二人、衣服に統一性は見られなかったが、どちらもマフラーのようなもので顔を隠している。そのうちの一人がこちらへ銃を向け、もう一人がそれを諫めるようなやり取りが目に入る。
「あー、これは厄介そうだなぁ」
小さく呟く。相方を諫めていた方が近づいてくる。
「パスを見せてもらえるかい?」
「どうぞ。こんなところに検問所なんてあったんですね」
「俺たちが自主的に行っていることなんだ。手間をかけるがすまない」
「なるほど、自警団ってところですか?]
「まぁ、そんな感じかな」
こっちの方は話が通じるようで助かった。問題はもう一人の方だろう。あからさまに敵意を振りまいている。
「おいお前! 帝国人だろう」
一瞬にして全身を動揺が駆け回る。まさかバレたのか。
「おい、何を根拠にそんなことを言っている?」
「いいや間違いない。俺にはわかる。コイツは確実に帝国の犬だ」
「だから何を根拠にと訊いているんだ」
「俺がそうだといえばそうに決まってるだろ‼」
あぁ、今のやり取りで彼らの本質が垣間見えてしまった。全員が全員そうではないかもしれないが、自警団などという高尚なものではない。もっと単純で悪質なものだ。彼らはただ敵が欲しいだけなのだ。新しいおもちゃを使っても赦されるような。
「いいか、この男は帝国人じゃない。お前の帝国への怒りはわかるが、それを関係のない人間にぶつけてもいいと思っているのか⁉」
「アァ⁉ なんだソレ……あ、そ、そうだよな。そういうのは駄目だよな」
取り繕った言い方だ。おそらくそういう設定で自警団に入ったのだろう。誰かの入れ知恵か、敵は多そうだ。
「すまなかった、少々彼は怒りっぽくてね。どうか許してやってくれ」
「そんな、気にしていませんので大丈夫ですよ」
後ろの方から鬱憤を晴らすように車を蹴る音が聞こえる。
「よし、パスも大丈夫だろう。ようこそリべリの町へ」
「ありがとう」
「ケッ、異邦人が」
どうにか検問所を抜けることができた。だが気をぬくことはできない。むしろここからだろう。
車を少し走らせていると町が見えてくる。町と言っていたがどちらかといえば村の方が似合っているようなところだった。
「さて、まずは宿だ」
「ここに立ち寄ったのは、食料の補給目的ではないのですか?」
「もう日が落ちるかもしれねぇからな。それに人間の生活も調査する必要あるんじゃねぇのか?」
「人間の生活……確かに調査が必要ですね」
「だろう?」
車をなるべく村の外側に停める。もし何かあった際、即座にここを離れるためにも
「さて、それらしきところは……と」
そこかしこにさっきの検問所の奴らと同じような格好をした連中がいる。十数人程度と見積もっていたがその数倍はいるかもしれない。相手をするならば骨が折れそうだ。
「おいドク、先に食料調達に変更だ。どうやらこの村、想像以上に敵が多そうだ」
「敵ですか?」
「あぁ、常に獲物を探している腹を空かせた肉食獣みたいなのがな」
なるべく人気の少なそうな道を選んで進んでいく。どうやら村の中央部で何かが起こっているらしい。細心の注意を払いながら顔を出してみると絞首台のようなものとその周りに群がる人の群れが目についた。台の上にはマフラー付きが一人と両手を後ろに回し膝立ちになっているマフラーのない奴らが数人。
「親愛なるリべリ村の皆さん‼ この連中は我々を騙し、王国民としての誇りをドブに捨て帝国に媚を売ることで私腹を肥やしてきた裏切者です。このような行いが許されても良いのだろうか? いや、そんな筈はない! これから行われるのは魂の汚れた者どもの浄化であり、諸君の中に潜んでいる同類共への警告である‼」
よくもまぁ自身を正当化する言葉をつらつらと並び立てられるものだ。人間というのは大義名分があれば、ここまで他人を害することに抵抗がなくなるのかとある種の感心すら抱いた。
「ふむ、あれが人間の生活ですか」
「な訳あるか。さすがにこれを人間の生活として報告されるのは辛抱ならん。さっさと食糧買い込むぞ」
道を戻ろうと広場に背を向けると乾いた音が数発鳴るのが聞こえた。観衆の悲鳴が聞こえてこないことが先程の光景が日常的なものとなってしまっていることを教えてくれる。
なるべく日持ちの良さそうな食糧を可能な限り買い込んで車に載せる。
このままこの村を出てしまおうとも考えたが、車の周りをわかるだけでも数人のマフラー付きが監視していることに気づいてしまうとその気は起きなくなった。このまま出ていこうとすれば、難癖を付けられてこの村に留まることになるか、即蜂の巣になるかのどちらかだろう。
大人しく食糧を置いて宿屋を探すほかなかった。まぁ、車を停めたところの近くにあったのが幸いか。
「……らっしゃい。何人だ?」
「一人で一泊したいのですが、部屋は空いてますでしょうか?」
「……ふん」
どうやら宿のオーナーは俺を快く思っていないようだ。不機嫌そうな面持ちでテーブルに料金表と部屋のカギを置いてくる。載っている金額より少し多めに置く。鍵には二階のものと思わしき番号札が付いていたのでそのまま二階へ上がっていく。
部屋は入ってすぐ正面に小窓がありそれ以外にはベッドだけ、部屋自体も人が何とか生活可能な程度の広さでしかない。これを宿屋と言い張るのは無理があるだろう。無闇に近づいてきた異邦人という蟻を捕食するための蟻地獄。こちらの方が似合っている。
これからすぐか、もしくは寝静まる真夜中か。いずれにせよ襲撃は確定的だ。覗き穴を覆い隠し、ベッドの位置を動かし、通路を塞ぐ様に置く。
「おいドク、お前生体感知器とかねぇの?」
「盗聴機能などはありますが、そのような機能は搭載されておりません」
「まぁ、ないよりはマシか。盗聴機能はどう使う?」
「こちらを盗聴したい空間、あるいは対象の近くに設置することで作動します」
ドクの胴体の側面が一部開いたかと思えばそこから足元へサイコロのような黒い物体が転がってきた。これが盗聴器なのか?
「どうやって盗聴内容を聞くんだ?」
「残念ながら私は単独稼働を前提として製造されていますので、音声を出力する方法は持ち合わせておりません。拠点へ帰還し情報バンクに接続されることでのみ内容の受け渡しが可能となっております」
「お前にも盗聴器から入ってくる内容はわからないのか?」
「いえ、それは可能です。ですがルカに音声をそのまま聞かせることができません」
「なら大丈夫か」
部屋を離れて上ってきた階段を覗く。幸運なことにオーナーはどこかに行っているようで、設置は問題なく行うことができた。
「ドク、複数人の足音が聞こえてきたらすぐに教えろ。いいな?」
「了解」
こちらの手持ちはピストルのみ、更に弾も多くはない。相手は長銃を持った数十人。相手をするだけ無駄だろう。
考えている内に太陽は地平線の向こうに隠れてしまい、夜が訪れる。
「ルカ」
「来たか?」
「はい、少なくとも五人以上」
窓をちらりと覗くと外にも二人。
「どういう感じで来ると思う?」
「仮にここを何度も使用しているとすれば、今後も使用するべく部屋に傷を残すような行為はなるべく避けるでしょう。その点を鑑みれば、何らかの方法で外へ誘い出しそこで拘束、翌日処刑でしょうか」
「なるほどな、俺は扉越しにぶっ放してくると思う」
「根拠をお伺いしても?」
「あいつ等は第一に銃が撃ちたいんだ。だから、帝国との内通だの帝国人だのとあることないこと言いまくり自分たちに都合のいい敵を作る、いくら撃っても断罪されることのない敵をな。そんな奴らが一々部屋のことなんて考えると思えん」
「ですがそれでは非効率的です」
「人間は効率的かどうかで判断しないのさ」
小声で話し合っていると扉をノックする音が聞こえる。
「お客様? お客様いらっしゃいませんかー?」
息を殺して潜んでいると外が少し騒がしくなる。
とっととやろう。我慢。穴だらけ。聞こえてくるだけでも物騒なものが紛れ込んでいる。
すぐ窓を割って外へ出られるように近づいておこう。そう考えるのと時を同じくして彼らの襲撃は始まった。
費用なんて知ったことではないといわんばかりに絶え間ない銃声の嵐が始まる。
部屋の片隅で身を丸くする。こればかりは運だ、致命傷を受けないよう祈るしかない。
数十秒、あるいは数分だろうか。ようやく耳をつんざくような騒々しさが鳴りを潜め、静寂が空間を支配する。
左手に数箇所貰ってしまったが、命に比べれば安いものだ。
「なんだこりゃぁ⁉ ベッドが……」
「あの野郎、俺たちに気づいてやがったのか……! クソッ‼」
扉の先にそびえるベッドに気付いたのか、動揺する声が聞こえる。
頃合いだろう。ドクを抱えて外にいる一人めがけて飛び降りる。男が俺の動きに気付くことはなく。そのままソイツをクッションにして着地する。
車へ向けて走る俺を後ろから弾丸が抜き去っていく。ピストルを振り返ることなく適当に乱射する。威嚇目的だが効果は十分のようで銃撃の勢いが目に見えて弱くなる。
あと少しだ、最後の筋を左に曲がる。そうして気を抜いた時というものはひどく不用心なことを体で思い知らされる。横から出てきた敵に足を撃たれてしまい、もつれて転倒する。ピストルもドクも転倒した際に手放してしまう。
「あ、焦ったぜ。まさかこんなとこまで逃げてくるなんてな」
軽口の一つでも返してやりたいが、恐怖で口も身体も動かない。それどころか諦観すら湧き上がる始末であった。眼を閉じ己の最期を待つ。一発の銃声が響き渡るが何も感じない。
即死というものはこういう感覚なのか、そう思っていると何かの崩れ落ちる音が聞こえる。
眼を開けると先程俺に銃を突き付けていた男が倒れていた。状況が呑み込めず周囲を見渡していると口から煙を放つドクの姿が映った。
「お前……なんだよソレ」
「私の自衛装備です」
「そんなもん持ってるなら先に言えよ……」
「そのようなことは聞かれませんでしたので」
「はぁ、もういいや」
拳銃をホルスターに戻し、車まで急ぐ。ドクを助手席に放り込み車に飛び乗る。そのまま車を走らせ夜の砂漠へと飛び込んでいく。
「ふぅ、死ぬかと思った」
村の明かりが完全に見えなくなると体から力が抜けていき、ひどい脱力感が身を包む。その感覚に任せて車のシートにもたれかかる。勢いが強かったのかシートの軋む音が聞こえてくるが、今はそれすらも子守唄の様に心地よい音色に思えた。
「その割には生命活動に支障をきたす程の損傷は見られませんが」
「お前は本当に気分を台無しにするのが上手いよなぁ」
「それは私を称賛しているのでしょうか?」
「はいはい」
「これからどちらへ向かうのですか?」
「出来ることなら王国内を回りたかったがプラン変更だ。町に寄るのは必要最低限にして最短経路で帝国へ向かう。あんなのが何度もあれば心臓に悪い」
さすがにそこまで王国がひどいことになっているとは思わないが、念には念を入れておくべきだ。
「そうですか、では」
「おい、待て待て待て」
ドクがいきなり車外へ飛び出そうとしたので、慌てて捕まえる。落とした衝撃で回路のどこかがおかしくなったか。
「どうしましたか?」
「いやどうしましたか? じゃねぇよ。お前今何しようとしてた」
「あなたは先ほど帝国へ向かうと仰いました。なので私はここで降り自身の任務を継続しようと思考しました」
「一旦落ち着いて考えてみろ、今の王国はさっきのみたいに荒れてるにきまってる。そんなとこに近づいてみろ、即スクラップがオチだ。それよりも先に帝国に行って、そっち調査してからこっちに戻ってきた方が断然安全で効率的だ。そうだろう?」
こいつなしでは車も動かせない。こんな砂一面の何もないところを徒歩で歩かされるわけにはいかない。
「確かにその方が効率的です。しかし、私は学びました。決して効率化された行動のみが正解ではないということを」
「やかましい。いいから真っすぐ車動かし続けろ」
そうしてガヤガヤと騒ぎながら、二人を乗せた車は走り続ける。
目指す先は帝国と王国の最前線。一人と一体は死んだ大地を駆け抜けていく。
犬の旅 奈良大学 文芸部 @bungeibu
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