第77話「これで終わりじゃないのです」


 記憶を頼りに神社の場所に辿り着く。


 そこはラプラスの話にあった尾白満おはくま神社である。


「たしかあの本殿の中に御神体というか、デーモンコアがあるはずだ」

「デーモンコア?」


 悪魔を呼び出す元凶の核という意味で、俺が名付けたものだ。もちろん、ラプラスの喩え話にあったデーモンコアにかけている。


 念のため、家からガイガーカウンターを持ってきた。これは、3年前に親が買ってきた放射線測定器である。あのときは、まあいろいろあったからね。


 電源をオンにして慎重に建物に進む。現在の測定値は0.1マイクロシーベルトアワーだ。


 まさか本当にプルトニウムでできているとは思わないが、本物だったら洒落にならないからな。


「なんなのそれ?」


 厚木さんが不思議そうに装置を見つめるが、俺は「ただのお守りだよ」と誤魔化す。


 本殿の扉を開けても、数値が急上昇することはない。測定値は変わらない。


 さらに中に入ると、ラプラスの話にあった朽ちた祭壇のようなものと、そこに置かれている球体の石が見えた。


 ガイガーカウンターを近づけるも、少し数値が上がるのみだ。身体に害はない放射線量である。取り越し苦労のようだ。いや、危険がないのがわかっただけでも、良かったじゃないか。


「これが話にあった悪魔を呼び出すための御神体ね」


 厚木さんが珍しそうに御神体である球体の石を眺める。


「うん。これが元凶。だから、これを壊す」

「バチが当たんない?」

「これが残っていれば斉藤は悪魔と契約をする。他の誰かがこれを使うかもしれない。そんな状態になるくらいなら、多少バチが当たってもいいだろう」

「あはは、土路クンらしい考えだね」


 俺は、その御神体に触れる。材質はただの石っぽい。ならばと、その球体を両手で持ち上げた。


 ずっしりと重いが、片手で持てないほどではない。


 そのまま、砲丸投げの要領で外へと投げ捨てる。


 放物線を描き、御神体は石畳の上へと落ちる。そして、砕けた。


「念には念を入れて、欠片は川に捨てに行こう」


 バラバラになった御神体を拾い集めると、俺たちはすぐに動いた。


 欠片は二人で分けて持っていき(小学生の身体では一人では重くてつらい)、橋の上からそれを落として捨てていく。


 もう未来予知もリセットも必要ない。


「さて、戻るか」

「え? 戻るの? もうあの場所には用がないんじゃないの?」

「尾白満神社自体にはな。けど、最終的に決着をつけなきゃいけない奴がいる」


 厚木さんがわずかに眉をひそめる。


「斉藤くんね。彼は御神体を探しにやってくると?」

「そう、もう一度悪魔と取引するためにね」


 奴はまだラプラスが消失したことに気付いていない。能力を手に入れて厚木さんの人格を壊そうと躍起になっているはずだ。


 ところが、御神体がなくなって悪魔と取引できずに奴は焦るだろう。


 最終決戦は、能力なしのノーマルな戦いだ。


 たぶん相手は、武器としてナイフくらいは持ってくるだろうな。俺に対してかなり怨みはあるだろうし、殺せば厚木さんがショックを受けるのは確実なのだから。


 だからこそ、今回ですべてを終わらせる。俺の持つ最大限の力で奴をねじ伏せるのだ。



**



「よう! 斉藤。久しぶりだな」


 俺は斉藤に声をかける。奴は本殿の中で埃まみれになって御神体を探していた。


「土路!!」


 彼の鬼のような形相がこちらに向く。


「まあまあ、落ち着けよ」

「御神体を持ち出したのはおまえか?!」

「そうだよ」

「どこへやった?!」

「壊してバラバラにして捨てた」

「なんだと?!」


 斉藤が全身を震わせながらこちらにやってくる。俺は、後ろで心配そうに見つめる厚木さんに笑顔で「大丈夫だよ」と呟く。ここに来る途中で、斉藤への対処方法は告げてある。


 巻き込まれないように、いや、俺の邪魔にならないように近づかないでくれと言ってある。


「もう悪魔との取引もできない。そして、おまえがマリと呼ぶ厚木さんのもう一つの人格とも会えないよ」

「どういうことだよ?!」


 斉藤の顔が蒼白になっていく。マリというラプラスの人格は奴にとっては、大切な人だからな。


「リセットされて戻された今日はな。もう一つの人格が生まれる前の日だ。彼女は存在していない」

「だったら、もう一度おまえを殺してマリさんを復活させる」


 斉藤がポケットからナイフを取り出す。刃が射出する特殊なナイフではない。小型のただの果物ナイフだ。


「それは無理だよ。今の厚木さんは記憶を保持している。ショックがあったとしても人格が分離する可能性は低いだろう。仮にもう一つの人格が出現したとしても、それは『おまえの知るマリ』ではなく、別人格の『誰か』だよ」

「ただの可能性だろ? おまえを殺してダメなら他の奴を殺せばいい。マリさんが目覚めるまでボクは殺し続ける」


 興奮しきった斉藤とはまともに話が通用しようもない。まずは力でねじ伏せないことには聞いてくれないだろうな。


「だったらやってみればいい。できればの話だがな」

「イキってるんじゃねえよ!」


 それはおまえの方だって……というツッコミはやめておいた。


 斉藤が突進してくる。


 俺が丸腰だと思ってナメてるな。


 俺はジーンズの後ろポケットに入れておいたスプレー式鎮痛消炎剤を取り出すと、斉藤の顔めがけて噴射した。


 鎮痛消炎剤にはメントールが配合されている。これが目の粘膜に大量に入ればどうなるかはわかるだろう。


「ぅぎゃああああ!!!!」


 彼は咳き込みながらナイフをその場に落とし、しゃがみ込んで両手で目を押さえる。特に目への刺激は相当なものだろう。おまけに状態異常「盲目」の効果もある。魔法じゃないけどな。


 俺は斉藤が落としたナイフを拾うと、刃が付いていない反対側を奴の首筋へとそっと当てる。


「チェックメイト……おまえの場合は王手と言った方がいいか」


 その行動で奴の身体がおとなしくなる。相変わらず目をゴシゴシとこすってはいるが、抵抗するのは諦めたようだ。


「厚木さん。もういいよ。あと、アレを」


 俺は後ろで見守ってくれていた彼女を呼ぶ。


「斉藤くん。大丈夫? これで目を洗うといいよ」


 と、携帯用の洗眼薬を渡す。敵とはいえ、失明なんて後味の悪い未来は望んでいないからな。


「……」


 斉藤は黙ってそれを受け取った。俺は、奴が変な動きをしないようにとナイフは当てたままである。


「さて、これで落ち着いて話ができるな」

「……今さら何を話そうっていうんだ」


 ふてくされたように斉藤は呟く。


「ラ……マリからの伝言だ」

「……!」


 はっとした顔で、俺を見上げる斉藤。


「サイトーと過ごした時間は楽しかったよ。けど、あたし、他に好きな人がいたんだ。ごめんね、キミの想いには永遠に応えられない」


 ラプラスが俺に託した言葉をそのまんま斉藤に伝える。


「嘘だ!」

「おまえ、マリに好かれてると思ったの? 彼女が好きだったなら、彼女がどんな性格で何を好むかをわかっていたはずだぞ。それとも、おまえはマリという人格の表面的なものしか見てなかったのか?」

「……」


 しょぼんと黙り込む斉藤に、俺は最後の一手を指す。


「おまえはフラれたんだよ」

「……マリさん……」


 彼は項垂れる。そして、大粒涙をこぼし始める。


 失恋がつらいのは痛いほどわかる。俺も厚木さんにフラれたばかりだからな。


「だがな、彼女が自身の消失を願ったのは斉藤、おまえのためでもあるんだぞ! おまえの願いを叶えさせないために、悪魔の取引を無効にするために、あいつはおまえを助けるために消えたんだ。それを無駄にするんじゃねえよ!!」


 それは半分本当のことだ。俺の周り限定で、不幸な人間を出さない。それがラプラスの望み。


「それでも俺は……」

「マリを復活させるのか? 本人がそれを望まないのにか? おまえは本当にマリが好きだったのか?」

「……」


 斉藤に全ての真実を伝える必要はない。重要なのは、奴を納得させることだ。負けを認めさせることだ。


「好きだった子の願いくらい叶えてやれよ。あいつが望んだのは平和な世界だ。お前を含めて誰も悲しまない世界だ。それを覆そうとするなら、斉藤、おまえをマリの敵として扱う」

「……ぅぁあああああ!!」


 斉藤が大声で泣き出した。やり場のない気持ちを吐き出すためだろう。奴は自分の行動が詰んでいることに気付いたのだ。そして、もう二度とマリ……ラプラスに会えないということも。


 しばらく厚木さんと二人で、斉藤が泣き止むまで見守った。想いが伝わらないという立場は三人とも共通だ。


 敵対してたとはいえ、俺たちは似た者同士である。そのことは忘れてはならない。



**



 落ち着いた斉藤と家まで送ると、俺は厚木さんにこう告げる。


「これで終わりじゃない。すぐに行動するぞ」


 俺がそう言って歩き出すと、厚木さんが焦ったように追いかけてきて隣に並び問いかける。


「どこに行くの?」

「まずは高酉だ」

「え? ありす? けど、まだ知り合ってないよ。来年学年があがってクラスが一緒になるんだけど」

「別に知り合うのが前倒しになってもいいだろ。今現在でも高酉はイジメで苦しんでいる。助けるんだよ。彼女を」

「そうだね。わたしどうかしてた。すべてを知ってるはずなのに」


 厚木さんは悔しそうにそう溢す。


「高酉を助けたら、次は志士坂だ。そして黒金に、案山。ついでにその他もろもろの人生に干渉しよう」

「うん。わかった」


 その日は高酉と接触し、知り合いになる。まあ、厚木さんはもう友達感覚なんだけどね。


 イジメへの対策は次の日以降ということで、とりあえず解散となる。


 家に帰ると茜が拗ねていた。


「おにいのうそつき……」


 そういえば、すぐに戻るから遊びに行こうって言ってしまったっけ。まあ、妹にももうちょっと優しくしないとな。


「ちょっと待ってろ」


 俺だって茜との確執は解消したいと思っていた。自分が原因で妹の性格がひねくれたのであれば、リセットした今、やり直せる最大のチャンスなのだ。


「ねえ、母さん。手作りプリンの素ってなかったっけ?」

「ん? あるわよ。作って欲しいの?」

「ううん。自分で作ってみたいんだ。あと、茜と仲直りしたいから」

「あらあら、あなたたち喧嘩したの? 珍しいわね」

「うん、だから」

「プリンミ○スが戸棚に入ってたわよ。作り方でわかんないことあったらお母さんに聞いてね」


 母の優しい笑みが心に染みる。よし、小さなことからコツコツと、俺が未来を変えてみせる。



**



 次の日、厚木さんと待ち合わせをした。


 今日は運命の日でもある。彼女の両親が喧嘩し、厚木さんはそのことでショックを受けて過度なストレスを受ける。これが新たな人格発現のトリガーだった。


 記憶を持っている厚木さんに前のようなストレスがかかることはないが、それでも彼女にとっては精神的にキツいだろう。


 そんなわけで、高酉のイジメをなんとかするという口実でも外に連れ出す必要があった。


「おはくま!」


 公園で待っていると厚木さんが現れる。


 今思えば彼女の独特なこの挨拶も、ラプラスが悪魔取引のために見つけた尾白満おはくま神社の件が深層心理に残っていたからなのであろう。


「おはよう。今日は高酉へのイジメの証拠を集めて、あいつらを追い詰める」

「そこらへんはおまかせするよ。あたしは、あなたの脅しで圧力がかかった後の処理を行う」

「うん、頼む」


 強制的に高酉へのイジメを防がせるだけでなく、いじめっ子たちを再教育する方向へと持って行くのだ。


 昨日、高酉へのイジメを観察した結果、同調圧力的なものが多かった。つまり、みんながいじめるから自分もいじめないと危険だ。という感覚が彼女のクラスに蔓延していた。


 いじめっ子を撃退したところで、子供達は自分を守る為に、再びいじめを繰り返すだろう。


 対処方としてはいじめる側のリスクを正しく教えること。


 『あの子をいじめないと孤立してしまう』的なリスクより、『ネットに晒されて自分の人生が終わってしまう』というリスクを教え込むのだ。それを徐々に広げてクラスで、逆に『イジメはヤバい』という雰囲気を蔓延させる。


 子供の良心に訴えるイジメ解決方なんて効果が薄い。


 「イジメは悪いこと」ではなく「イジメは仕掛ける側が圧倒的に不利だ」という認識を植え付けるべきなのだ。


 心に余裕のない人間に良心を求めてはいけない。何かを変えたいなら恐怖で誘導しろ。子供の心に悪影響が出る? そんなものクソくらえだ!


 命の安全こそ、なによりの優先。加害者が優遇される世の中なんて、あってはならない。


「さあ、行こうか」

「う……ん」


 厚木さんが急に顔をしかめて右手をおでこにあてる。


「頭痛?」

「ん……なんか、あれ?」


 彼女の身体が崩れるように倒れる。俺は、あわてて彼女を抱き支えた。


「厚木さん!」

「……ぁあ、……なにこれ? 知らない……そんな……」


 彼女の顔が真っ青になる。発作か何かか? けど、そんな過去はなかったはずだ。身体はリセットされているんだ。彼女が急に何かの病気を発症するなんてことはないはず。


「厚木さん、大丈夫?」

「……っははは。そういうこと……うん、わたしはひどい子ね……こんなにも愛されていたなんて」


 彼女は蒼白になりながらも笑ったかと思えば、急に落ち込んだような声を出す。


「どうしたの? 頭痛が酷いの?」

「……ごめん……ごめんなさい……土路クン」

「なんで謝るんだよ」

「……ラプラスさんの記憶、全部もらったの」


 まさかと思い、俺は公園に備えつけてあった時計を見る。針が示すのは10時37分。


 今日のこの時間、ラプラスの人格は発現した。


 本来なら、生まれたラプラスにこれまでの記憶が受け継がれるはずだったのだ。だが、ラプラスの人格は存在しない。


 そのため、受け皿となったのが同じ身体を持つ厚木さん。彼女にラプラスの記憶が受け継がれてしまったということか。


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