第3話 テレビで放送された特集

「こんばんは。ヨンデ―スポーツ2200の時間です。こんばんはー」


 日曜日の22時、TVのディスプレイにはNNKのスポーツ番組が映し出されている。

 主にNNKの報道番組で顔がよく知られているアナウンサーと、『醜聞砲』等と呼ばれる週刊誌によるスキャンダルを取り上げられたばかりの女子アナウンサーが番組を進めていた。


「本日のゲストはボクシング連盟会長、山野明さんにお越しいただきました。宜しくお願い致します」


 とても堅気には見えないサングラスをかけた恰幅の良い男が軽く会釈した。


「宜しくお願い致します」


「さて、番組の最初は特集です。本日は、きたる日本開催のオリンピックに向けて、将来の五輪代表候補と呼ばれている天才少女について取り上げてみます」


 そしてTVの場面はある中学の風景に切り替わった。



              ◇



「こちらは私立立国川中学校のボクシング部の練習場です。……おお、やっていますねー……凄い音です!」


 女子アナウンサーが指さした先にカメラがズームアップすると、二つおさげの少女が髪を弾ませながら、顧問と思しき教師のパンチミットにバンバンとテンポよくパンチを放つ光景が映し出された。


 少女はフック気味に顔面に向けて振られたミットをウィービングで鮮やかにかわし、体勢が戻る反動を利用してバネが跳ねるように顧問のミットにアッパーを放つ。

 そのあまりものスピードに女子アナウンサーは驚きの声を上げていた。


「凄い! 早い! まるでプロボクサーみたいですねぇ~」


 そして少女の幾つか練習風景を切替えながらナレーションが少女の紹介を始める。


「この子は前年の全日本アンダージュニア・女子ボクシング45キロ級のチャンピオン周佐勝子さんです。なにが凄いかって? 何と周佐さんは去年、中学一年生の時に将来の五輪代表候補と言われていた三年生の女子に勝って優勝したのです。特に凄いパンチがこれです」


 TV画面は前年の全日本アンダージュニアの試合のVTRに切り替わり、この少女・周佐勝子が対戦相手をパンチでリングの中央からロープ際まで吹き飛ばし、ダウンを取るシーンを映し出していた。


 勝子は所謂いわゆる両手で顎をきっちり守る亀ガードで対戦相手の懐に入り込み、リバーブローで注意を下に下げ、オーバーハンドライトを放つと、ヘッドギアの上からでもあるのに関わらず、相手は吹き飛ばされ、転倒すると大の字に伸びていた。


「まるでヘッドギアが紙みたいですね……。凄い威力です」


 TVはスローモーションで勝子の壮絶なKOショットを色々な角度から繰り返し映していたが、光景はがらりと変わり、夜の空手道場を映し出した。


「周佐さんが凄いのは実はボクシングだけじゃないんです。部活が終わった後、その行く先は何と空手の道場です」


「「「セイ! セイ!」」」


 勝子は体が二回り以上大きい大人達や男子に混じり、正拳突きや型、組手まで行っている。

 壱百零八手スーパーリンペイと思しき、流れるような美しくも力強い型を見せたと思えば、画面は気合と共にバッドを蹴り折る勝子の姿に切り替わる。


「うわぁー! すっごぉーい。シンジラレナーイ!」


 女子アナウンサーは真っ二つになったバットを手にし、目を見開きながら唯々ただただ驚嘆の声を上げていた。


「館長。周佐さんはどんな子なんですか?」


 身長180センチはあろうかという大柄で薄毛の館長は女子アナウンサーの質問に答えた。

 館長は元々はフルコンタクト空手出身で、総合格闘技の試合にも出場経験があり、かつては格闘技マニアの間でそこそこ名前が知れ渡っていた人物であった。


「それはもう、礼儀正しくて、良い子ですよ。あとは何といっても才能が溢れんばかりの天才ですね」


「天才と言いますと具体的に言うと?」


「ウチの道場では幼稚園か小学一年生位の子供の頃から初めて大体十年ぐらいかけて、早くても中学三年か高校一年生で黒帯を取得出来れば良い方ですが、周佐さんは小学五年の途中から初めて二年間余り。中学一年の時に黒帯を取れました。通常の期間の五分の一です。しかもボクシングの練習を一緒にしながらでですよ! 信じられます? 十数年間空手の指導をしていますけれど、こんなにセンスが高い子は他に見た事がありません」


 町道場などでは短い期間で黒帯を取れる場所もあるが、この空手道場はそれなりに権威がある流派の総本部に近い名門であり、町道場とは権威が違った。

 その名門道場の館長であり、プロ格闘技の他様々な流派で経験がある館長が勝子の事をべた褒めしているのだ。

 この事実だけ見ても、どれだけ勝子の空手技術が高いのかを物語っていた。


「へー! まさしく天才ですねっ!」


「そう。生粋の天才ですよ。あの子は私の子供の頃なんか足元にも及びませんよ。あと、ボクサーだからパンチが凄いのは勿論ですが、実は蹴りも凄いんですよ」


 それは余程意外な事だったのか? 女子アナウンサーはまた驚嘆する。


「ええっ? パンチだけじゃなくて、蹴りも凄いんですか」


 ボクシングの大会で優勝するぐらいだからパンチが凄いのは当たり前だとして、蹴りまで凄いとは予想もしていなかった様だ。


「そりゃ、もうスピードが半端じゃないし、フェイントで幻惑させて相手の虚を突く様なトリッキーな蹴りで、自分よりも体が大きい男子から簡単に一本を奪えるんですよ。彼女なら伝統派だろうがフルコンだろうが総合に近い空手ルールだろうがルール関係なしに、大会の試合に出てくれたら間違いなく優勝するでしょうね」


 同じ空手を称しても、異種格闘技と言っても差支えの無い、全くルールが違う三種の競技で優勝できると館長は太鼓判を押すのだ。

 少しでも格闘技を知る物であれば信じられない事であるが、その全てを経験した館長が言うのだから信憑性がある。


「でも、周佐さんは当分選手としてはボクシングに専念するから空手の試合には出ないみたいですね」


「そうですね。残念ですがボクサーとしてオリンピックを目指している本人の意志を尊重してあげたいと思いますし、応援もしたいと思います」


 館長の残念そうな顔を映した後、TV画面は再度立国川中学の映像に切り替わる。

 その後、座りながら女子アナウンサーは勝子にインタビューする画面に切り替わった。


「ボクシングも空手も強い周佐さんだけれど、周佐さんはどっちをやりたいの?」


 勝子は少し迷ったような顔をして答えた。


「うーん……体が二つあるのならば、どっちもやりたいですね。将来的には総合格闘技の大会にも出たいと思っています」


「ボクシング一筋って訳じゃないの?」


「勿論、ボクシングでオリンピックに出場したいと思っています。でも、それだけで終わるつもりはありませんから」


「ボクシングでプロ入りは目指さないの?」


「正直興味が無いですね。アマチュアのボクサーでもプロボクサーより強い選手は一杯居ますし、どうせプロになるなら総合格闘技の方が良いですね。オリンピックに出場出来たらその後は総合格闘技をやりたいです」


「珍しいね。普通はアマチュアボクシングでトップに立ったらプロボクシングで世界王者を目指す物かと思っていたけれど?」


「オリンピックのアジア予選が突破できるか、世界選手権でメダルが獲れるレベルならプロの世界王者になるのは難しくありません。でも、それよりはもっと新しいチャレンジをしたいと思います」


「お兄さんが総合格闘技をしていたからやりたいの?」


 これは事情を知らぬ女子アナウンサーにとっては台本通りの事務的な質問であったが、過去の経緯を知る者であれば、この質問がどれだけ勝子の心に突き刺さるか分からない者は居ないだろう。

 中学二年生の少女はそんな悪意が込められた質問に返事を詰まらせたが、少し間を置いて答えた。


「さぁ? どうでしょうね? ご想像にお任せします」


 勝子が誤魔化すように笑うとインタビュー画面から日常の学校生活の風景に画面が切り替わった。


「とーっても強い周佐さんですが、学校では気さくな人気者」


 クラスで勝子と学友が仲良さげに会話したり、一緒に給食を食べている。

 女子アナウンサーは顔にそばかすが目立つアップスタイルの髪形の学友に尋ねた。


「周佐さんって普段はどんな子?」


「うーん。何時もぼけーっとしているかな?」


 あははは

 と笑い声が周囲から沸き起こる。


「でも、面白くて優しくて、とおーっても良い子でーす!」


 そう言って、そばかすの少女は仲良さげに勝子に肩をかけて顔の近くに引き寄せた。

 勝子は少し戸惑うような表情で笑っていた。

 この笑みの意味を視聴者の中で気が付くとしたら、彼女のクラスメート位のものであろう。


「じゃあクラスの皆からメッセージをどうぞ」


 勝子を中心にクラスの男女が集まり、一斉に言った。


「「「周佐さん。オリンピック目指して頑張って!」」」


「はい……頑張ります」


 照れたように勝子が言うとクラスメイト達は一斉に笑い出した。



              ◇



 そして画面は再びNNK放送局に戻り、アナウンサーが感嘆の声を上げた。


「いやー、凄いですね。ボクシングだけじゃなくて空手も強いなんて」


 するとゲストとして招かれている山野は仏頂面で言った。


「本当は空手なんか止めて彼女にはボクシングに専念して貰いたいんですけれどねぇ。そうすれば金メダルだって夢じゃないんですが」


「その通りかも知れませんが、周佐さんはオリンピックに出場したら将来的には総合格闘技の試合にも出たいと言っていますね。その為の準備では?」


 アナウンサーの一言で、山野は不機嫌そうに声のトーンを上げた。


「それはボクシングを踏み台にしているみたいであまり良くないですね! 多分彼女の兄がオリンピックに出場し損ねて総合格闘家になった影響もあるのでしょう。でも総合格闘家としては大成しなかった彼の失敗に学んで欲しいものですね」


「しかし、周佐さんのお兄さん、周佐克季さんは全日本選手権で優勝したけれどアジア予選に出れませんでした。その不満があったのでは?」


「それはまだ彼がアジア予選を突破できるレベルではないと判断した為です。代わりに出た選手は敗北しましたが、恐らく彼が出ても結果は同じだったでしょう。そんなのは少し客観的に自分を見る事が出来れば分かった事なのですけれどねぇ。彼があと四年続けていれば、間違いなくオリンピックに出場出来たろうに。我々協会の人間としては残念だし裏切られた気分なのですよ」


「彼女にはそうなって欲しくないと?」


「そうです。彼女は兄以上のセンスがあります。だからボクシングに専念すればきっと金メダルも獲れるんです。彼女の兄は育てても恩を仇で返されましたが、そんな事はもう言いません。彼女が結果で答えてくれれば良いんです。……それにしても、こちらとしては水に流すつもりだったのに、こんな風に煽るなんてひどい番組ですね」


 発言の矛盾にも気づかない山野の高圧的な物の言い方にもアナウンサーは慣れた物なのか、動じた様子も無く答えた。


「それは申し訳ございません。只、こちらとしては煽るのではなく、それだけ周佐さんの才能が多岐に渡るという事や、空手道場の館長さんのような声もある事をお伝えしたかったのですよ」


 尚も反論しようする山野を遮るように、女子アナウンサーは高い声で話題を変えた。


「それでですね、本日山野さんにお越しいただいたので、周佐さんの技術について解説して頂きます」


 山野はまだ不満を言いたげであったが、自分本来の仕事を思い出したのか、勝子のコンビネーションについて解説を行う。

 彼女に対してどれだけ目をかけているか等と関係ない話を交えながら、分かりづらく無駄に長い山野の解説が終わると、アナウンサーはこう締めくくった。


「色々な人から期待されていると思いますが、周佐さんには将来オリンピックに出場できるように頑張って欲しいですよね。以上、本日の特集でした」

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