黒花

@AmamiyaLin

第1話

 花子は列車の中を歩いている。

 目的地は一番前の車両である。そこには前向きの座席があって、楽に窓の外の風景を眺められるからである。

 夜8時を過ぎると、都心部へ向かう列車でもかなり空いている。移動するのにそれほど不便ではなかった。足を通路へ差し出して座っている男性もいたりするが、大して問題にはならかった。

 車両を隔てるドアを次から次へと通過していくと、やっと一両目も車両に入った。人はそれほど多くはないが、気楽に座れるところはなかった。後ろ向きは嫌だし、前向きの座席にはほとんど人に占領されている。窓側の席が全部埋め尽くされているわけではないが、座られ両足を大きく広げている男性が通路側に座られ、入りづらいポジションもいつくかあった。

 花子は少しがっかりした。しかたなく、一番前にある小さなドアの窓越しに、列車室とその前の風景を眺めることにした。運転士は指差し確認を雑にこなしながら、つまらなそうに列車を操作している。運転士は花子に見られてることにすぐ気づいたようだが、特に気にしていないようで、淡淡と操作をこなしている。

 すると突然、列車が地下へ入り、野山の風景が途切れてしまった。都心部の地面は田舎と違い、貴重資源である。地下を走るとより経済的と判断されるだろうと花子は思った。視線を再び車内と乗客を向けて、人々を観察する。揺れる列車の中で文庫本を読んでる人は可笑しいと花子は前から思っていた。目にも悪いし、いろんなことに邪魔されるし、本当に文字を読んでいるか自体が疑わしい。本当に本が大好きな人なら、ちゃんと時間を作って、静かな庭や書斎に座り、青空の元で読んだほうがいいに決まっている。列車の中で本を読んでいるやつはただ時間つぶしとして読んでいるに違いない。もし家に帰ったら、ネットやテレビを楽しんで、絶対二度と本を開けないだろう。

 この時、花子は何かがぶつかった音を耳にした。その後、列車はだんだん減速し、しばらくしてから完全に止まった。明るい車内照明のためか、日々の生活に疲れたためか、車内の乗客は何もおかしく思わなく、そのまま座っている。車内放送がなく、しばらく静けさが辺りを広がった。列車の運行する音のない車内は妙な空気が漂っている。いまの状況は可笑しいとみんなが知っているものの、あえて黙り込んでいる。誰かが正確な指示を与えるまでずって黙り続けるのだろう。

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