武人─Bujin─

@nyan-wan

第1話

身体中に傷を負った男が、帰って来た。


生まれ育った国に、帰って来た。


戦争に勝って、帰って来た。








「帰って来てすぐに迎えてくれたのはお前か。


もう誰も迎えに来ないなんて考えてたが、現実は甘いな。」


「やあグレイスお帰り、何年ぶりだ?」


「さあな、戦場じゃあ年なんて数える余裕はなかったよ。


俺はそうだな、自分の名前すら忘れていた。グレイスか。」


「極限状態だったそうだな。無理もない……死地を一人で潜り抜けたのだからな。」


「ええと、ところでお前は誰だ?挨拶して名前を呼んでくれたってことは知り合いなんだろうが。」


「ジェレミー。お前はそう呼んでいた。」


「ジェレミーか。ああ、大変だったよ。死なないだけで痛覚は残ってる。」


「赤く染まったな、お前の制服も。」


グレイスの制服は血まみれだ。敵を殺せば殺すほど、そうなる。


もちろん、そこには自分自身の血液も混じっているわけだが。


「はは、ある意味連中の勝利かね。で、ブラウン少尉は?いるんだろ?」


「今は中将だよ、名前を覚えてるのか?」


「『敵』の名前を忘れるスットボケ兵士になったつもりはない。やれやれ、残酷なヤツほど出世するもんだな。通してくれ。」


「じゃあ、また後でな。ああ、バーの名前、覚えてるか?」


「もちろんだ、その頃には服の赤さが増してるかもな。」


「着替えてこいよ、仕事服でバーに来るヤツがあるか。


お前は尚更そうだ、クレイジー・グレイス。」


「あー、あー……何だ、その……実に残酷なアダ名だ。


クレイジー?誰がつけた、その呼び名。」


「お前が戦ってる最中に国のバカどもがつけやがったよ。お気楽なもんだな、愛国愛国と喚いてりゃ愛人を抱ける。」


「なるほどな、すぐには殺さないでおこう。」


「気を付けろ。ブラウン中将殿ならお前を永久拷問しかねない。


折り紙つきの小物だからな。」


「心配するな、酒の禁断症状だけで共産主義者を張り倒してきたのがこの俺だ。」


グレイスは笑って、ジェレミーと別れる。




連合軍研究所の建物を出てすぐ、『迎え』だ。


部下からの信頼が厚い彼はそういうことが出来る。


「お帰りなさい、大尉。


良い報せと悪い報せがありますが……。」


「ええと、誰だったかな?」


「フランクです。」


「フランク、俺は好物は最後に食べるんだ。御褒美的な意味合いでな。


悪い報せから頼む。」


「クソッタレのブラウンが中将になりました。」


「それは知ってるとも、だが問題はないな。」


「何でです?」


「言い忘れたな、ジェレミーとは戦場に向かう前からの約束だったんだ。


必ずブラウンを殺すって。素敵だろう?」


「……相変わらず無茶ですけど止めても止まる人じゃないですよね。」


「分かってるなら全速力だ。ブラウンを殺して酒を飲んで妻を抱く。


こんな素敵なことがあるか?これからずっと、欲望のままに生きさせてもらいたいねえ。」


「俺だってそうしたいもんですけど……そうはいかんですよ、中々ね。」

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