アン・スタジアムの奇跡

代表ウィークも終わり、ついにヨーロッパの頂点を決めるチャンピオンズリーグの準決勝が開幕した。

注目されるのは、前回の準優勝チームであるレッズとスペインの覇者・バルサシティの一戦である。レッズは主力選手である秀徹が離脱している。以前、アジアカップで彼が離脱していたときも不在の影響がチームに大きな打撃を与えており、今回もレッズはそうなると予想されている。



その1stレグはアウェイゲームだった。秀徹は治りも中々早く、2ndレグ出場に期待がかかっているものの、1stレグはベンチに座ることも出来なかった。

バルサシティはポゼッションサッカーを極めたチームであったが、近年はバルデル監督による勝利を追求したバランス型サッカーを展開。国内リーグでは無敵の強さを誇る。

以前はコンパクトサッカーを展開しており、MFとFWの距離を詰めて美しいパスワークで敵を崩していたが、今はメーシュ頼り。彼は常に前線に張っており、ボールを奪ったら一旦彼に渡し、そこから何とかしてもらうという戦術になっている。


美しさはないサッカーだが、それでも強いのは事実だ。LWGにはコウケーニョ、CFにはスアリスなど素晴らしいメンツを揃えているし、中盤のラキティック、ビザル、ブスケットも手堅い。


レッズは、それに対して4-3-3のフォーメーションで臨み、CFにフェルノーネを置くなどして手堅い配置がされている。


キックオフ後、試合は意外にも互角の戦いになった。やはりバルサシティはポゼッションを戦術の主軸ではなくしたが、それでもパス回しから攻撃を組み立てている。そこにレッズのハイプレスを当てるのはかなり効果的だ。

しかし、クラップが秀徹が不在になることによって起こる決定力不足を解消するために、CMFに攻撃的なケイトとチェレンバンを入れたことは致命的なミスとなった。


レッズの前線のマニャ、フェルノーネ、サリーからは厳しいプレスがかかるものの、それに追随する中盤によるプレスがいつもより緩く、最初のプレスを突破されると相手の攻撃の準備を整える時間を与えてしまう。


前半21分、LSBのジョルディ・アリバが左サイドからアーリークロス (相手のDFが自陣へと戻りきらないうちに相手の裏を狙って放たれるクロス)を放ち、裏へ抜け出したスアリスが滑り込んでボールの軌道を変えてゴール。バルサシティが先制した。

このアーリークロスが成功してしまったのも、中盤の二人が厳しいプレスを怠ってすぐに自陣内へと攻め込まれてしまったことが要因だ。そのせいでレッズのDFは戻る時間を十分に与えられなかったのだ。ここでクラップはこの二人の起用は失策だったと悟った。


さらに前半41分、メーシュがアタッキングサードに差し掛かってボールを受け取ると、そこから中盤の二人を出し抜いてドリブル。彼の足の異常な回転の速さから繰り出される、独特のリズムを刻むドリブルは止め難い。

そしてペナルティエリアで再び裏抜けしたスアリスにパス。スアリスはボールを受け取ると、強烈な一撃を放つがクロスバーに直撃。が、跳ね返ったボールをメーシュが押し込み、結局バルサシティが追加点を奪取した。



その後、レッズは選手交代などをして守備戦術をもう一度見直し、気を取り直して後半に臨んだ。すると、守備自体はより堅固になって決定機を与えなかったが、バルサシティのGKであるシュターゲンが神セーブを連発。ゴールをこじ開けることは出来なかった。

後半36分にはゴールから20mといった嫌な位置でフリーキックを与えてしまい、メーシュがそれを左上の隅に正確に蹴り込んでさらに追加点。

トドメを刺すかのように、アディショナルタイムにはコウケーニョに代わって入ったデレベレがもう1点を獲得した。


レッズはアウェイ戦で4-0と屈辱的な敗北を喫することになってしまった。

また、次のプレミア・リーグ第34節でもアウェイゲームが祟ってか格下相手に2-0で敗北。マンチェスター・ブルーズについに勝ち点で逆転されてしまった。そんな最悪なテンションの中で2ndレグのホームゲームが始まった。



前回のフォーメーションの失敗から学んで、今ゲームでは中盤にはフェベーニョ、ミレナー、ヘンドレーソンが並ぶ。攻撃力は少し落ちるかも知れないが、守備力には定評がある。

前線にはサリーが負傷してしまったので、マニャ、オリゲ、シャクルが並んでいる。秀徹は一応ベンチ入りしているものの、スタジアムでの試合前練習には参加しなかったことから、恐らく出場は不可能なのだろうと推測されていた。


キックオフ後、ゲームはレッズの圧倒的なスピードを活かしたハイプレスによるバルサシティの妨害により、支配率はバルサシティが上回るものの、常にレッズが有利に進めた。


まずは前半8分、マニャとミレナーによるプレスでピテがGKにバックパス。それをシュターゲンが前線へと大きく蹴り出すと、待ってましたとばかりにデークがヘディングで前線へと跳ね返し、前へと出ていたアレキサンダーにボールが渡った。

アレキサンダーはアーリークロスでCBのアンティティとピテの間を狙い、それにいち早く反応したマニャがシュート。

シュートは惜しくもシュターゲンに阻まれたが、この試合はレッズの思惑通りに進んでいると気付かされるようなプレーだった。


続く前半10分にはまたもやレッズのカウンターが炸裂し、マニャのスルーパスにオリゲが合わせてレッズが先制。カウンターを食らって手薄になっていたバルサの守備につけこむ素晴らしいプレーだった。


1点の先取後は一進一退の攻防を続けた。バルサシティもメーシュにさえボールが渡れば攻撃に切り替われており、アリオンの奮戦がなかったら点がすでにうばわれていたかもしれない。というか、去年のロレスがGKだったら2点ぐらい入ってもおかしくない。

アリオンはレッズに来た頃は若手で実力あるGKという評価だったが、今では世界を代表するGKという評価を下されており、ディベア、シュターゲン、ノイヤーらと並ぶ最高峰のGKと称しても問題ない。本当にレッズは買い物上手だ。



さて、終始優勢というわけではなかったが、基本的にはレッズの思う通りに進んだ今試合。後半からは負傷したLSBのロバートをミレナーとポジションチェンジさせてからCMFにワイデルダムを投入。点を取りに行く体制を整えた。

前半は、相手の攻撃はブスケットから開始していた。彼が上手く攻撃に絡めると、スムーズに攻撃が進んだのだ。そこでレッズは彼を徹底的に封じ込める作戦に出た。


この作戦は効果抜群。相手の中盤のブスケット以外の選手はラキティックとビザルは、前者はプレーメーカーというよりボックストゥボックスの選手、ビザルは攻撃参加できる潰し屋という感じの選手だ。

つまり、優秀には変わりないが、攻撃を組み立てるような能力はあまり有していない。バルサシティは攻撃でかなり苦戦を強いられることになった。



一方、レッズの攻撃は絶好調。空中戦に強いワイデルダムを入れたことでクロスを狙うプレーが増えた。後半6分、右サイドからアレキサンダーのクロスが供給され、そのボールはプレスに来たラキティックに当たったものの、リフレクトがワイデルダムへと到達して追撃弾。4-2とした。



このゴールは運の側面も大きかったが、同時に運がレッズに味方したともとれるようなゴールだった。ここからレッズはさらなる猛攻を仕掛けるのだった。


バルサシティは4-2とされながらも、まだ2点あるという余裕があった。この時点で、焦りや不安があったらまた話は変わっていたかもしれないが、まだ攻撃も1stレグのようなスピード感を欠き、レッズのペナルティエリアにも踏み込めない状況が続いた。

一方のレッズは最大限まで選手を前へと進ませた。これはかなりのリスクを伴うものの、レッズの選手たちは守備に戻るのもとても早い。大きな危機は回避できたし、アリオンがゴールの前でどっかりと構えているため、バルサシティの選手に得点させる予感すら与えなかった。



後半13分、ヘンドレーソンの縦パスがオリゲに入り、マニャとオリゲが連携してペナルティエリアに侵入。オリゲは一旦右サイドへと出てクロスを上げるも、これは必要以上に浮いてしまって攻撃終了。

かと思いきやオリゲが右サイドに来たことで中央に寄せていたシャクルがこれをもう一度足元に置き、左サイドからクロスを上げた。


このクロスに反応したのはやはりワイデルダム。彼はクラップ監督の狙い通りにヘディングで2ゴール目を挙げ、試合を4-3へと持ち込ませた。



このゴールを通してやっとバルサシティにも危機感が芽生え始める。監督のバルデルにも冷や汗が滲んでいた。そこで、思い切ってフォーメーションをチェンジ。LWGのコウケーニョを下げて守備的な選手を投入した4-4-2で心機一転、リスタート後の試合に臨んだ。

レッズのここまでの攻撃の起点となってきたのは、右サイドにポジションを取るアレキサンダーとヘンドレーソンだ。ここを抑えるためにバルデルはLMFにビザルを置いた。これによってアレキサンダーはクロスを上げにくくなり、レッズの攻撃の暗黒期が到来することになった。


だが、一方でそれはバルサシティにとっても諸刃の剣であり、4-4-2にしたことで中央の厚みがなくなってしまい、中央からの攻撃を売りにしていただけに攻撃力が著しく低下。試合は一旦膠着状態になった。



そんな中で後半30分に墓穴を掘ったのが他でもないバルサ、もっと言えばバルデル監督だった。相手の右サイドへの抑止力となっていたビザルを交代させてアルテールというプレーメーカーの選手を投入したのだ。

別にアルテールが悪いわけではないが、これは完全に失策であった。



後半32分、右サイドが手薄になったことで、早速アレキサンダーが仕掛ける。ビザルの代わりに入ったアルテールは中央に入り、ラキティックが右へ移動。アレキサンダーと対面するLMFとなったのはRSBであったロベルタだった。

彼の守備力は低くないが、ビザルのような足を出したりハードなプレスをかけてくるような怖さがない。アレキサンダーは落ち着いてドリブルし、ズルズルと右サイドを上がり、最終的にコーナーキックを獲得した。



アレキサンダーはコーナーキッカーではない。そのため、ボールが出た後にキッカーのシャクルと交代するために中央へと歩き出そうとしていた。

その時、ゴール前で固まっている選手の中にオリゲがおり、相手はまだ準備が出来ていないことから彼がフリーであることを見つける。


(キタキタ!今出してしまえ!)


アレキサンダーは歩き出した2秒後にさっと反転してコーナーフラッグに戻ってコーナーキックを蹴り、無警戒のままボールはオリゲの足元へ。相手選手が気付いた頃にはもう遅い。オリゲは思い切り足を振り抜いてゴールネットを揺らした。


「「オーー!!!」」


まさかそんな機転が効いたプレーが炸裂するとは思っていなかったレッズファンは、思わず大歓声をあげる。ついにこれで4-4。このままいけば延長戦にまで持ち込める。世界中のサッカーファンがこの予想し得なかった展開に興奮した。



そこからもレッズは攻めの姿勢を見せた。あと1点さえ取れれば、世紀の大逆転であり、決勝へと進出出来る。今の4点を取られて完全に萎縮してしまっているバルサはそんな彼らを抑えて攻撃を再開する手立てがなかった。


だが、今日の試合で2得点をあげたり、ドリブルでチームに貢献していたオリゲの足が攣(つ)ってしまい試合続行不可能に。オリゲなしで逆転できるか?レッズファンはそんな不安な思いに駆られた。

仕方なく、クラップは選手交代のカードを切る。電光掲示板に映し出された交代する選手の番号は“10番”。


ついにレッズファンが待望したエースの出番である。


二週間半ぶりの秀徹の姿に、レッズファンは大喜び。あたかも逆転ゴールを決めたかのような歓声を秀徹に浴びせていた。まだ彼のコンディションは万全ではないが、「ここで出ずに負けたら一生後悔するだろう」という秀徹の言葉に感化されたクラップは一か八かで投入したのだ。


秀徹はCFのポジションに入ると、得意のドリブルでもう80分も戦って疲れてきた相手をかわしまくった。また、オリゲは攻撃面では貢献度が高かったものの、守備面では完全だったとは言えない。しかし秀徹は、すべてを完璧にこなしていく。

バルサシティはもうまともに前へとボールを進ませるのも困難になっていた。


そして後半44分。ボールをメーシュから奪い取ったフェベーニョがセンターサークル辺りにいた秀徹へとスルーパス。それにピテがついていき、レッズの最後の力を振り絞ったカウンターが始まった。


抜け出した秀徹に対してピテは二歩分ほど遅れてついていく。スルーパスが届く前に秀徹は走り出していたので、アタッキングサードに差し掛かる頃にやっと足元へと来そうだ。

流石の秀徹でも足元へと収めるには減速して丁寧にボールを処理せねばならない。ボールはグラウンダー性ではあるが、バウンドしているのでなおさらだ。そこでピテは減速した秀徹と、回り込んで正面から対峙することを試みた。

が、秀徹はボールを足元に収めることなくかかとを上げてボールを上へと飛ばし、特殊ではあるがシャペウ。ボールはピテの上を通過して行く。

秀徹は唖然とするピテを追い越してボールを今度こそ足元へと収め、飛び出してきたGKのシュターゲンもキックフェイントでかわしてシュート。ゴールネットは揺れ、今日5点目のゴールが決まった。


このゴールは昔クリストファー・ローガンが決めたゴールにそっくりだ。ピテは秀徹にローガンの姿を重ねる。彼は今まで、秀徹はメーシュに似た選手だと感じていた。身長やドリブルの仕方やボールへの絡み方。似た部分が多い。

だが、メーシュよりもトリッキーだしスピードもありローガンに似ている部分もかなり多い。そしてこんな結論を出す。


(奴はローガンとメーシュを掛け合わせたような選手なのではないか…。)


だとしたらとんでもないことだ。

柔のメーシュと剛のローガン。

シンプルなメーシュとトリッキーなローガン。

テクニックのメーシュとフィジカルのローガン。

考えてみればほぼすべての要素を秀徹は持ち合わせているように見える。


(何としてもバルサシティに来てもらわねば。)


ピテは悔しさとともに底知れない秀徹への恐怖を感じたのだった。



試合はそのまま5-4で終了。レッズがホームゲームで5点という大量得点を獲得する凄まじい試合になった。ファンたちは勝つことを信じて良かったと大喜びし、ある者は涙まで流した。



こうして「アン・スタジアムの奇跡」と後世まで語り継がれる劇的な試合が幕を下ろした。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億7000万€

今シーズンの成績:43試合、51ゴール、11アシスト

総合成績:149試合、131ゴール、54アシスト

代表成績:20試合、16ゴール、6アシスト

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