揺れる心

ワールドカップは国別の争いである。普段は欧州などのクラブで活躍していない選手もお目にかかれるし、各クラブとしては新たな選手を発掘する絶好の機会だ。

ワールドカップでの活躍でビッグクラブへの移籍にこぎつけた例もある。例えば、秀徹とチャンピオンズリーグで戦ったナベスは、ワールドカップでクラブマドリードに目をつけられ、移籍の話が持ち上がった。


今回も同様だ。他にも目をつけられた選手は数多いるものの、最も注目されたのがやはりナバッペと秀徹だ。二人ともが初のワールドカップで4ゴールを決めるなどして結果を残したことから、どんな場面でも活躍できる選手であると証明した。それも18歳にして、だ。

約10年間、サッカー界はローガンとメーシュによって常に支配されてきた。彼らがいなければ世界最優秀選手賞を獲れたのに…、と涙をのむ選手も少なくない。この10年間はサッカー界的にも豊作であり、もう少し早く生まれていれば、サッカー界を支配していたと思える選手も存在している。


そんな二人の後を継ぐ、次世代の旗手としてナバッペと秀徹は本格的に脚光を浴び始めたのだ。



クラブマドリードは、チャンピオンズリーグの活躍や、昨シーズンの秀徹の43試合35ゴール20アシストという圧倒的な成績から、彼の獲得を目指していたが、このワールドカップが決め手となってレッズにオファーを提出。

提示した移籍金額は2億€(約260億円)。レッズにとってもクラブマドリードにとっても最高額のオファーとなった。

しかし、レッズの上層部は一年前とは考えを変えており、秀徹は残留すべきだと考えていた。まだ秀徹が成長して、より高い移籍金を残してくれることを期待しているのだ。


なので、2020年までの契約を延長するため、契約延長のオファーを提示した。


「オファーの提示額は年俸950万€(約12億円)で、2023年までの契約になる。契約解除金の設定はなしだがどうする?」


小林からの説明を受けて、秀徹は考える。この契約は悪くない話だ。年俸も現在の3倍ほどになるわけだし。

ただ、今の秀徹の評価に対して低いのは確かだ。もし、パリシティのオファーにサインすれば、年俸にして20億円はもらえるだろう。


今の秀徹が目指しているのは、ローガンと同僚になることである。ローガンも33歳。もういつまでも待っていてはくれない。ただ、だからといって簡単に自身を育ててくれたレッズから離れることも難しい。

ローガンのいるクラブマドリードと契約すべきか、レッズと契約を延長すべきか…。難しいところだった。


「もう少し考えさせてほしいと伝えておいて下さい。」


マドリードからの年俸の提示額は1400万€。流石はマドリードといった提示額であり、ローガンがいるというだけでなくマドリード自体にも魅力がある。非常に難しい決断になりそうだ。



一方で、バルサシティもメーシュの後継者を探している。バルサシティは今やマドリードのローガン以上にメーシュ依存が深刻化している。

彼はチャンスメーカーとフィニッシャーの役割を同時に果たすため、彼に頼るサッカーは本当にやりやすいのだ。ただ、今はそれで良いのだが、彼も31歳。後継者が必要だ。

そこで目を付けたのがマドリードも狙っている秀徹だ。バルサシティの幹部らは、秀徹こそが現役プレイヤーの中で最もメーシュに近い仕事が出来る選手だと評価している。


サイドからの崩しはもちろん、中央でのパス回しやアシスト、チャンスメークからフィニッシュまで全てをトップレベルでこなせる。さらに身長も同じくらいなので、余計にメーシュ二世として売り出しやすい。

バルサシティは結局、正式にオファーを提示することはなかったものの、秀徹にちょくちょく接触しに来るのだった。



7月の下旬から、レッズも練習を再開する。秀徹の変わったことといえば、亜美がイングランドにちょくちょく遊びに来るようになったことぐらいだろうか。

彼女は7月はほぼイングランドに入り浸っており、日本半分イングランド半分といった生活になっている。


クラブは、秀徹の慰留 (クラブへの残留を促すこと)のためにコウケーニョが移籍して以来空き番になっていた背番号10を秀徹を渡した。彼がいなければマニャがつけていただろうが、マニャも秀徹がつけるならば納得できる。

この時点で、秀徹の心の中は50%(フィフティー)50%(フィフティー)であった。背番号もまだ正式発表ではないので、ここで退団しても問題はないし、秀徹の中でレッズの契約延長オファーが引っかかっていた。

別に、彼は年俸はある程度あればそれで良いのだが、2023年までの契約は長すぎる。


そんな雑念もあって、中々練習にも集中出来ない。それを見兼ねたクラップは、秀徹と個人面談をすることにした。


「秀徹、君がクラブマドリードとレッズの狭間で迷っているのはよくわかる。僕は別に君をレッズに無理に残留させようとは思ってないんだ。上層部とも正直意見が合わない。君の望みは何だい?」


「クリストファー・ローガンとプレーすることです。クラブマドリードに行きたいというより、そっちの思いの方が強いんです。」


意外な答えに、クラップは思わずにやける。確かに彼がローガンの信者であることは知っていたが…。


「それじゃ、君に極秘情報を教えよう。彼、つまりローガンはイタリアに渡るつもりらしい。おそらくはユヴェ・トリノへ移籍するだろう。」


まだ巷に出回っていない情報だ。レッズもたまたまイタリアのスカウトマンから得た情報であって、一部のクラブ関係者しか知らない。


「もし、クラブマドリードにローガン目当てで行くならば、止めておけ。それか、せめてもう少し待ってみろ。」


きっとクラップが言うならば本当にローガンは去るつもりなのだろうと秀徹も考える。元々ローガンとマドリードの会長との仲違いが噂にはなっていたのだ。移籍しても何ら不思議ではない。

しかし、秀徹はレッズからの契約延長オファーを受けたくもない。まだどうしようか決めかねる。

そこで、クラップが秀徹にこう提案した。


「契約延長が嫌なんだろう?それなら、再交渉するか、いっそのこと延長は拒否してしまえば良い。まだ2020年まで契約は残っているわけだし、ローガンとどうしてもプレーしたいなら、今季は無理だろうが来季にローガンの行くクラブへ逆オファーでもすれば良いんだ。」


そんな手があったのか!

秀徹ははっとさせられた。契約延長はせずとも残留はできるし、延長しないからと言って起用されなくなるような心配も、クラップが監督でいる限り要らない。


「いいですね!そうします!」


秀徹の道は決まった。



7月21日。クリストファー・ローガンの移籍がユヴェ・トリノから正式に発表された。移籍金自体は1億€(約130億円)と世界最高額というわけではなかったのだが、33歳にしてその額は異次元である。そしてやはりマドリードに9年間も在籍し、4度のチャンピオンズリーグ優勝へと導いた大スターの移籍は衝撃度も高く、ネイワールの移籍どころの騒ぎではなかった。

秀徹はクラップにこのことを伝えられていたし、ローガンからも連絡が来たのでわかってはいたが、それでも衝撃的だった。また、それとともにクラブマドリードのオファーは拒否した。



様々な噂が流れつつも、残留を果たした秀徹をレッズファンやレッズの選手たちは歓迎した。

サリーも、昨季は秀徹を上回る52試合44ゴールという結果を残したものの、このチームで一番上手い選手は秀徹だと確信している。彼が留まれば今年はプレミア・リーグ優勝も叶うだろうとすら思っている。



レッズは今季、チャンピオンズリーグ優勝とプレミア・リーグ優勝を成し遂げるために、大胆な補強を行った。

能力に疑いはないが、ケアレスミスが多かったロレスをレンタルでトルコへ飛ばし、ローマからアリオンをGK史上最高額で獲得した。これで、もうGKの失敗に怯えることはなくなる。

また、去年獲得しておいたケイトというCMFが合流し、DMFのフェベーニョも加入した。二人とも中盤にバリエーションをもたらす実力者。秀徹とどのような連携をするか楽しみだ。

前線はレンタルから帰ってきたCFのオリゲと、スイスのエース・シャキルが加入。バックアッパーとしては十分なメンツである。


こうして、間違いなくマンチェスターブルーズにも負けないスカッドが完成した。それでもベンチメンバーは心許ないが、名将・クラップが率いるチームだ。それも彼が指揮すれば大した問題にはならないはずだ。


プレミア・リーグの第1節の相手は強豪・アーセナムに決まった。難しい相手ではある。

だが、負けるわけにはいかない。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:2億3000万€

今シーズンの成績:0試合、0ゴール、0アシスト

総合成績:106試合、80ゴール、43アシスト

代表成績:12試合、10ゴール、3アシスト

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