方向性の違い

日本に帰ってきた秀徹は、都内のとある高級和食店で亜美と会食していた。お互いまだ18歳ほどであるが、この店は1食で3万円以上取られるような店だ。普通ならばその歳で入るのはありえないだろう。

だが、映画2本、ドラマ3本、CM5本に出演する亜美の年収は1億円を優に超えているとの噂で、それを十分払えるし、秀徹に至っては10億円を超えている。だからこそこのような店で会食できるのだ。


秀徹はこの和食店を選んだ亜美を粋だなぁと思う。イギリスのご飯はそれほど美味しくない。言われるほどまずくもないのだが、味は大味で日本の真逆を行っている。もう慣れてしまったので今更文句は言わないが、日本の料理の方が性には合っている。


「お、美味しいですか…?」


不安そうに亜美は訊いてくる。普段はあまり散財せず、もらったお金もほとんど貯金か寄付に回している秀徹は久しぶりにこんなに美味しい物を食べたので無言になってしまっていた。


「すいません…、美味しすぎて黙っちゃってました。」



二人は緊張してあまり喋らない。そこで、秀徹は亜美が出演していた映画やドラマの話を振ってみる。わざわざこの日のために普段見ないそういうものを、取り寄せたりして見ておいたのだ。

これでやっと二人は話題を見つけ、映画などの裏話から今度はサッカーの裏話などに移り、数日後に控える代表戦の話題になった。


「あの、日本代表はどうですか?ほら、監督と仲が悪いとか色んな噂が飛び交ってますけど。」


やはり色んなところから情報は漏れるものだなぁと秀徹は改めて思う。監督のヘイルと選手が対立しているというのは確かなことであり、一応1位でワールドカップ最終予選を勝ち上がったものの、このままではワールドカップで戦えないと考える選手は多い。

秀徹ももちろん監督に対しては色々な面で反感を覚えている。戦術の不一致、選手に対する当たりの厳しさ、理由が不明確な指示の連発。言い出したらキリがない。

また、例えば話の長さ一つとっても、ヘイルは異常に長い。戦術にこだわるのは良いことだが、チームの元々の色を無視して自分のしたいようにさせるのは間違っているし、そもそも実を結んでいない。ここまで勝ったのもアジアという比較的弱い集団の中で、日本が個の力を発揮して勝ったに過ぎない。


「内密にしてほしいのですが、実のところみんなあの監督にはうんざりしています。戦術の押し付け方が酷いですし、戦術も合ってないですし、ルールも非常に厳しいです。僕が言うのも何ですが、ワールドカップには期待しない方がいいかもしれません…。」


内部にいる選手がそこまで言うとなれば、かなり危機的な状況なのだと亜美も察する。確かに、最近の日本代表の試合は見ていて連携が取れていないような印象を受ける。得点も力任せの個人技でのものが多い。悪い意味で日本らしくない。


「それは心配ですね…。」


亜美はか細くそう呟くので精一杯だった。



〜〜〜〜〜



翌日のネットニュースでは、亜美と秀徹の「密会」が大きく取り上げられ、練習場に到着した秀徹はヘイル監督に真っ先に怒られる。


「一体お前はこの代表戦を何だと思ってるんだ!」


しばしば代表戦の招集を蹴っている秀徹に、ヘイルはここぞとばかりに怒りをぶつける。秀徹はクラブでは真面目だが代表ではそう真面目ではない。ヘイルの叱責もそっぽを向いて聞き流している。


「お前、その態度は何なんだ!」


秀徹はついに襟首まで掴まれ、ヘイルの怒りを受ける。ようやくそこでキャプテンの長谷川が止めに入って収束へ向かったが、秀徹はヘイルに怒りの眼差しを向ける。


「あなたが集合しろと言ったのは今日です。昨日は特に指定はなかった。何が悪いんですか、何に怒ってるんですか?意味がわかりません。」


そして挑発気味に言葉を発した。集まってきた長谷川やDFの吉野、長戸らも秀徹の言葉を止めない。無言の同意である。


本多は以前の6月の時の試合でヘイルに反抗して以来招集されていない。新天地のメキシコでも数回ゴールを揺らすなど、活躍しているにも関わらず。これは反抗したこととの因果関係があるだろうと誰もが予測しているし、それが怖くてそれ以来誰も反抗していない。が、ついに秀徹は言ってやったのだ。


「あとここで言っておきますけど、あなたの方針はどう考えても間違ってますよ。あなたが元々いたアルジェリアでは、フィジカルも強かったしスピードもあったから縦に速いサッカーってのが出来たかもしれませんけど、ここは日本です。

あなたの言うようなサッカーを0から作り出すよりも、日本に根付いているサッカーを改良していく方が良いと思いませんか?」


ヘイルは物凄い形相を浮かべて秀徹を睨む。普通の選手が言ったならば今すぐ練習場から追い出されるかもしれない。だが、秀徹は日本で絶大な人気を誇り、その実力も世界で7位だと認められた人物だ。勝つためには簡単に追放できないし、何より日本国民からの反感を買ってしまう。それでは監督業を日本で続けることも困難となるだろう。


「じゃあ何が望みだ?言ってみろ。」


ヘイルが聞くと、迷わず秀徹は、


「バルサのようなパスサッカーの究極系を目指すか、そこまでじゃなくとも自由なポゼッションサッカーをやるか。どちらにせよ愚直に縦へ縦へを目指すサッカーではないです。」


と返答する。ワールドカップも目前。ここで戦術を変更するという選択肢はヘイルの中にはない。自分で積み上げてきた物を自分の判断が誤りだったと認めた上で壊す勇気は持っていなかった。


「小僧が何を言うか。お前が俺のサッカーについてこれなかったからって文句をたれるな。」


ヘイルはそう言って秀徹の提言を切り捨てた。この場から追放されなかっただけまだマシだろうか。



さて、数日後の話。親善試合の相手はオランダ。ワールドカップの前回大会では3位に入った強豪だが、今回は惜しくもワールドカップ予選で敗れて出場権を逃した。ヨーロッパはワールドカップの出場権を掴むのが、そもそもワールドカップのグループステージを突破すること並に難しい。


オランダは日本にとっては良い練習相手になる。前回のワールドカップや前々回に準優勝した時の中心メンバーのロッパンやスナエデルはもう代表を引退しているが、新チームへと刷新もしつつある。

所属選手では、秀徹とはクラブでも同じのデークや、18歳とまだ若いながらもアムステルダムFCで不動のレギュラーを勝ち取っているデ・リヒトなどのCBが特に強い。オランダは日本にない上背やフィジカルを持った選手が多いため、そういう選手にどう立ち向かうかが一つのポイントになる。



この数日間の練習中、日本代表の選手は皆顔が死んでおり、不貞腐れたような表情を浮かべて取り組んでいた。クラブと違って、どこの国の代表になるかは移民の2世とかじゃない限り選べない。選べても選択肢は多くても3つ程度だ。選手たちはどうにもならない無力感にさいなまれていた。

親善試合でもそれは同じ。速く縦へと繋ごうと選手たちは必死になって前を向こうとするが、フィジカルで勝るオランダはそれを尽く妨げる。その縦に速いサッカーが実現できているのは、皮肉にも監督に逆らった、技術力が飛び抜けた化け物である秀徹ただ一人だった。


秀徹は得意のドリブルやボールコントロールスキルと、当たりの強いプレミア・リーグで慣らした変幻自在のボディコントロールでなんとかオランダのディフェンスをかわしながら、パスコースを模索する。

日本人はフィジカルもあまり強くないし、繋ぐことを意識したプレーを昔から刷り込まれているため、ワンタッチでプレーすることや、ワンタッチ目に削られることに慣れていない。故に秀徹がいかに努力しても中々縦に速いサッカーは強豪相手では通用しない。



相手のエース、デピィに先制点を入れられ迎えた後半戦、速いサッカーの体現者として監督が重宝する浅井が右サイドに投入された。彼は日本人らしくないというキャッチコピーで売り出されている選手だ。

というのも、足が速く比較的フィジカルも強い。まあそれだけなのだが。サッカー面では非常に悪い言い方をすれば、サッカーが上手い陸上選手のような選手で、あまり秀徹が好むタイプではない。


足の速い浅井を活かせという指示もあり、秀徹のいる左サイドに偏重していた攻撃範囲は幾分か広がったが、攻撃の質は低下した。ただし、今までは足元でボールを呼び込むしか選択肢がなかった秀徹がある程度自由に動けるようにはなった。

ヘイルも自身の戦術が合うチームを指揮していれば、むしろ良い監督であっただろう。実際、戦術眼もまともだし交代策も比較的的確だ。しかし、彼には柔軟性が足りない。


秀徹がこの試合で学んだことは、とにかくオランダはDFが強いということだけだった。7回ものドリブル突破を成功させた秀徹だったが、得点機はCBのデークと若手のデ・レフトに阻まれた。

2-0という後味の悪い結果で終わった後、レフトと秀徹はしばらく睨み合っていた。レフトはカバーリングするのがとても上手く、ロングフィードの質も際立っていた。これでまだ18歳。秀徹のライバルになり得る存在だ。


結果も悪けりゃ内容も悪い。日本サポーターからはブーイングが飛んだ。ヘイルは記者会見などでは内部に何の問題もなく、日本史上最高のサッカーができるなどと謳っていたのに、この有り様だ。批判も当然である。


そのような状況に嫌気が差したのか、試合後のインタビューで、キャプテンの長谷川は今までではありえないような発言をした。


「まあ、内部で対立が起きているのは事実ですし、正直キャプテンの自分でも抑えきれないです。それに、自分自身も不満を抱えてます。」


これには観客も騒々しくなる。一つ前のインタビューでヘイルは大丈夫だと言い切ったのに、それを長谷川が打ち消したのだ。思い切って後続する秀徹も、


「監督の打ち出している戦術などには全く同意できない。」


などと公に言い放った。ヘイルは二人に対して激怒していたが、もう言ってしまったものは取り消せない。賽は投げられたのだ。



〜〜〜〜〜



試合の直後、日本代表の技術委員長の西田が間に入ってヘイルとの話し合いが開催された。西田は日本代表に以前から寄り添い、アドバイスをしてきた。もちろんヘイルに対しても。

日本代表のメンバーは西田に好感を持っており、何でも話していた。なので彼も、以前からヘイルに対するメンバーの怒りが溜まっていたことは重々承知していた。


西田はこの話し合いの場において、誰もヘイルに味方することなく、不満を淡々と話す長谷川や長戸、秀徹らの肩を持っていることから、事態は相当深刻であると判断する。最早監督解任以外に道はないかもしれない。ヘイルはヘイルで状況を受け止めるわけでもなく、選手たちといがみ合ったままだ。


(協会に解任を提言すべきかもしれないな…。)



ガミガミとヘイルに文句を言われながら、逃げるように秀徹はイングランドへと帰っていく。その旅が終わると、とんでもないニュースが飛び込んできた。


「おい、ヘイル監督が解任されるそうだぞ!」



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:1億5500万€

今シーズンの成績:31試合、24ゴール、11アシスト

総合成績:93試合、69ゴール、34アシスト

代表成績:6試合、4ゴール、1アシスト

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る