それぞれの事情
(改善されねえなぁ…。)
コウケーニョはあれから5試合で様子を見たが、フォーメーションの組み方をリーグ戦では一向に大きく変えない。4試合というのは、リーグ戦3試合とカップ戦1試合とチャンピオンズリーグ1試合だ。
ちなみに、イギリスでは、カップ戦が二種類ある。リーグカップとFAと呼ばれるカップ戦だ。リーグカップの方が参加チームが少なく、FAはアマチュアからプロまで様々なチームが参加する。リーグカップの方が早めに決勝まで終わり、FAはリーグ最終節後に決勝戦が開催される。基本的にFAの方が伝統がある大会とされており、現在はリーグ戦の方が重視されるものの優勝は大変名誉あることだ。
まあ、レッズが今回出場したカップ戦はまだリーグカップの3回戦なのでサブメンバーによる出場だった。故に秀徹やサリーらにはあまり関係なかったが、それ以外のリーグ3試合ではサリーが起用されている。
ただ、以前までのような明らかにサリーに忖度するような起用法は避けられており、秀徹とマニャとフェルノーネがそれぞれ2試合ずつ起用されている。良い傾向である。
問題なのは試合内容だ。サリーはやはり何回忠告しても言うことを聞かずに彼が持ったら、行き詰まった時に味方にパスを出す以外にはドリブルとシュートしか選択肢がない。守備もある程度はするものの、フェルノーネ、秀徹、マニャほどの貢献度はない。一点でもその守備に漏れがある場所があればハイプレスは成立しない。コウケーニョははっきり言って、サリーを起用しないことが唯一の解決策だと考えていた。
「おい、ムハメド。」
コウケーニョはサリーに改めて話をしようと、練習後に彼を呼び止めた。
「また君か。何なんだ一体。」
サリーは不機嫌そうに振り返り、臨戦態勢に入った。
「お前が入ると守備が崩れる。守備をするか、出ないかだ。」
「君も守備はしないだろう?僕は君よりもスピードがあるし守備も出来てる。」
「だから俺はクラップ監督にOMFでの起用を中心にしてくれって頼んでる。それに俺と比較しても無駄だよ、シュウトやマニャと比較しなきゃ。」
それを聞いてサリーは顔をしかめる。彼はクラップの戦術は理解しているつもりだが、守備をそこまでやる必要はないのではないかと考えていた。
とはいえ、痛いところを突かれたサリーは毎回お決まりの言葉を投げかけた。
「結局、それでも結果を残してる。僕は7試合で7ゴール1アシスト。君は7試合で3ゴール3アシストに留まっている。」
サッカーは決して結果が全てというわけではない。年間20ゴール決める選手がいたとしても、その選手を差し置いて5ゴールしか決めていない選手がMVPに選ばれることもある。ゴールなどの目に見える結果以外のパスやドリブル、守備やセービングなどでも貢献できるからだ。ただ、サリーのここまでの結果は圧倒的だった。
「結果がすべてじゃねえ。」
コウケーニョはそれしか言えなかった。
その様子をひっそりと見ていたクラップ監督は、捨て台詞を吐いたコウケーニョと目が合った。クラップ監督はその様子に思わずにやけてコウケーニョに静かにこっちに来いと合図を出す。コウケーニョは、頷いてクラップの方へと移動し、二人は夕暮れ時の誰もいないピッチに座り込んで話し合いを始めた。
「監督、サリーのことをどう思ってるんですか?」
コウケーニョは尋ねる。
「上手く育てれば世界最優秀選手賞を取れる資質があると思っているが…。」
「違います。そうじゃなくて、今のプレーです。」
本当は話したくないと言わんばかりの表情で、クラップはそれに答えた。
「このチームの予算は限られてる。中堅クラブに比べれば多いが、マンチェスターブルーズやこの間戦ったパリシティのように資本元からジャブジャブと金が溢れてくる状態にはない。
だから上手く獲得した選手を活かして勝たなきゃならない。サリーはこのままだと控えに甘んじることになるだろう。確かに君とシュウトとフェルノーネ、マニャのコンビはとても良いからだ。そうすればレッズにとっては損になる。
君はバルサシティに出て行くつもりなのだろう?だからこそ今のチームを心配してるのだと思う。僕は彼にチャンスを与えている。まずは彼に得点を奪う感覚を覚えて欲しい。もちろん今までも奪っていたが、もっと彼は取れるだろう。そして、チームプレーの重要さに気付かねばならない。自分自身の力で。
今年はリーグ戦は重視していない。チャンピオンズリーグで結果を残せれば良い。だからチャンピオンズリーグではサリーを起用していない。」
コウケーニョはハッとさせられる。確かにサリーはチャンピオンズリーグの第2節でも不満そうにベンチに座っていた。
改めて、クラップ監督は凄いとコウケーニョは感じる。チームの状況を全てをわかった上でサリーを起用していたからだ。最早サリーも他のチームメンバーも彼の手のひらで踊っていたようなものだ。
「なぜそこまでサリーにこだわるんです?」
「別にこだわってる訳じゃない。僕はこのチームにいる誰よりもレベルの低い選手だった。体格には恵まれたが、スキルやフィジカルはだめだった。5部リーグ並の選手だった。でも、1部リーグ並のインテリジェンスは持っていた、だから2部リーグでプレーしていたよ。
つまり、サッカーは上手い下手と同じぐらいに頭の良し悪しでも差が生まれる。いかにテクニックがあろうと、サッカーが下手なやつはいる。
まさに昔のシュウトはそれだ。テクニックは正直16歳にして君をも上回っていたが、サッカーは下手だった。まあ、彼は特殊な環境下で育ったから僕が戦術について説けばスポンジのようにそれを吸収していったから今では戦術の理解度も高く、確実に世界でもトップクラスの上手い選手になってくれたが…。
サリーはローマでも活躍していた。ウイングの選手としてはトップクラスの活躍の仕方だったと思う。あり得ないほどのスプリントの速さとドリブル能力を兼ね備えた彼を僕は育てたいと思った。彼ほどの才能を腐らせるのは才能がなかった僕だからこそ駄目だってわかるんだ。」
それを聞いてコウケーニョも黙りこくる。それを陰から聞いていた秀徹も複雑な表情を浮かべた。最近の采配を見て、正直クラップの采配を疑いつつあった。ただ、チャンピオンズリーグでの采配の鋭さに少し救われていた部分もあった。
秀徹にはサリーを恨む気持ちがある。何度と何度も仲間や自身のチャンスが彼に潰された。ここまで秀徹は8試合で5ゴール3アシスト。途中出場も多いがなんとか出場機会を確保している。
もしサリーがいなければ…、得点も出場機会もより多く確保できたかもしれない。
(それでも…、彼は強い。彼がもし本当に俺達と連携したらそれこそ本当にプレミア最強になれる。)
秀徹としても協力したくない思いは山々なのだが、チームのためを思うならば協力しなくてはならない。
(よし、やるか…!)
〜〜〜〜〜
突然不意にパスが来た。
「え?」
思わずサリーは声をあげた。紅白戦でもし組んだとしても絶対に秀徹とコウケーニョはサリーにパスを出さない。これは皆が知っている事実だった。だがパスが突然、秀徹から彼に供給されたのだ。
一瞬、その事実に戸惑ったものの、サリーはそこからはいつものようにドリブルしていく。だが引っかかる。なぜ秀徹が自分にボールを寄越したのか。
否、先程言ったパスを出さないというのは正確には事実ではない。どうしても出さなくてはならないというタイミング以外では出さないという意味だ。今回は中盤から秀徹が下がって足元でもらいにいったシーン。そのどうしてものタイミングではない。
さらに驚いたことに、その後CFに配置されていた秀徹はサリーにペナルティエリア内でパスを要求したのだ。ゴールを無理矢理決めるのは大変な場面。彼は自分でもその時なぜ出したかはわからないが、とにかくパスを横へと出した。秀徹はそれをするっと簡単にゴールを決めてしまった。
(あれ、こんなにゴールって簡単に取れたっけ…。)
サリーはゴールセレブレーションを行う秀徹を見てそう思う。現在はリーグ第9節の試合の最中。相手はロンドンブルーズで、簡単な相手ではないはずだった。
ここ数週間、サリーは仲間からの批判やプレッシャーにさらされながら、緊張感を張り詰めさせてゴールを生み出してきた。それが何か弾けたような瞬間だった。その後秀徹はサリーにも近づき、拳を合わせた。
サリーも一瞬は今後彼らと連携してゴールを生み出そうかと考えていた。ここまでの結果は7試合では7ゴール1アシストだが、直近3試合では1ゴールにとどまる。サリーの限界説すら囁かれていた。そんな中で一人で点を取るのはやはり厳しいかもしれないと思い始めていたのだ。
ただその一方で、そうすればやはり出場機会が確保できないかもしれないという不安も渦巻く。チームにとって絶対的でなければ秀徹やマニャといった才気ある選手にポジションを奪われてしまう。
結局、彼の脳内会議ではこのまま同じようなプレーを続けるという結論に辿り着いた。
1-1で試合は折り返すことになり、ドレッシングルームでコウケーニョはサリーに話しかけた。
「また君か。何の用?」
サリーはまた同じような内容を話されると思い、コウケーニョを避けようとした。が、コウケーニョはそれに食い下がってこう言った。
「いいかムハメド、俺は冬に移籍するだろう。お前も知ってるバルサシティに。すでにクラブ間でも大筋合意しているから後は移籍金の調整だけだ。
つまり、お前の出場機会は俺が冬に抜ければ絶対的に確保される。プレミアで通用するウイングは俺が抜ければお前とマニャとシュウトだけだ。だから…、俺には協力しなくていいから他の奴には協力してくれ。チームのためにも。」
「…。」
ここでサリーの心境に変化が見られた。
今レッズは9節までで4勝3分2敗で7位までその順位を落としている。良い選手を取り揃えた今季だからこそ、クラップへの批判も高まっている。ここらでロンドンブルーズのような相手に勝たなければそれは払拭出来ない。
そんな試合の後半戦、レッズの本当の力が発揮された。
高橋秀徹
所属 リヴァプール・レッズ
市場価値:9000万€
今シーズンの成績:8試合、5ゴール、3アシスト
総合成績:70試合、50ゴール、26アシスト
代表成績:3試合、2ゴール、1アシスト
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