夢の舞台

チャンピオンズリーグ第1節のレッズvsパリシティの試合はレッズのホーム、アン・スタジアムで開催される。レッズはこのスタジアムにおいては異常なまでの強さを誇り、今回も格上殺しを期待されていた。



秀徹はこのチャンピオンズリーグという大舞台に立つことを待ちわびていた。シュトゥットガルトやミランでは立てなかったこの舞台。立てて本当に夢のようだ。

さらに、そんな夢の舞台で本職のLWGとしてプレーできるのも大きい。レッズ入団から初めてのLWGでの起用である。

キックオフしてレッズボールから試合が始まると、レッズは速攻を心がけて攻め立てた。今日はコウケーニョがOMFに入っているので、ボールの受け皿もある。



パリシティの中盤はチアゴ・トッタ、ベラッツィ、マレアで構成されており、トッタとベラッツィは組み立てに参加するプレーメーカータイプでマレアは攻撃的MFタイプ。あまり中盤で敵の攻撃を防ぐことを考えてはいない。

そのため、左サイドから秀徹、コウケーニョ、フェルノーネの三人でトライアングルを作って攻め立てるが、それを中盤で止めることが出来ない。一人でもアンカーや潰し屋がいたら話は別だっただろうが、それもいない。


前半6分、安定して攻撃を続けていたレッズに得点機がもたらされた。その三人によるパス交換で中盤を抜き去り、コウケーニョが素早く左サイドのスペースにスルーパスを出す。それを秀徹と相手のRSBのアウデスが追いかけた。彼は今年からパリシティに加入した元ユーヴェの選手であり、去年のミラン在籍時からお互いに激しいバトルを繰り広げていた。


アウデスは秀徹の圧倒的な速さを見て、ふと、とある以前の対戦選手を思い浮かべる。クリストファー・ローガンだ。彼はバルサシティ時代にしばしば対決し、秀徹と同様に激しく戦った。

圧倒的なスピードにテクニック、さらに決定力を持つ選手であり、存在感が他とは違った。チームメイトのメーシュと比較される理由が彼にはあった。


秀徹がローガンを彷彿とさせるのはその全てをまだ同レベルとは言わないものの、近いレベルで兼ね備えているからだ。先にボールを取った秀徹はアウデスの左足の前でボールの軌道を変え、股を通すエラシコを決めアウデスを何でもないかのように抜き去っていった。


ペナルティエリア内に侵入した秀徹は、エリア内を見渡して考える。どうすればいいかと。

そこで彼はマニャ中央へと近寄っているのを利用してゴールを決めようと思い立つ。が、目の前で彼をブロックしようとするのはチアゴ・シムバだ。彼は世界最高峰のCBであり、対人守備力、カバーリング、ビルドアップ (DFなどの後ろからパスを繋いでゲームメイクすること)など何もかもが優れている。ここですぐにパスを入れてもシムバの反射神経で防がれてしまうだろう。


秀徹はそれを何とかしようと素早く足でボールをこねくり回してシムバの気を引き、少しボールを動かしてシュートフェイントを使う。まあ、確かに打てない位置ではないため、シムバも多少は警戒してブロックの体勢に入った。が、どうせフェイントだと思っていたため、秀徹が抜こうとしてもすぐに対応できる体勢だ。


(さあ、左にカットインするんだろ?来いよ、奪ってやるから!)


シムバは心の中でそう唱えて待ち構える。秀徹はボールを彼の思ったとおりにシムバの左へと移動させた。が、ボールの軌道はすぐに変わり、シムバの股へと吸い込まれていった。


(エラシコか…。)


シムバは悔しく思うが何も出来ない。というのも、シュートブロックをする際には出来る限りブロックする面積を増やすために足を広げる。その隙を狙われたのだから、その狙いを知覚してから足を戻してももう遅いだろう。


そのようにして2連エラシコで二人を抜いた秀徹は最後にラボーナ (軸足の後ろに蹴る足を回して、両足を交差させた状態でボールを蹴る技)を行って柔らかいクロスを上げ、マニャはそれに合わせてヘディング。ゴールが決まった。

夢の舞台でのアシストに、秀徹は心から喜んだ。



1点を先取したレッズはそのままの勢いで攻め続けた。パリシティはリーグでは絶対的な力を持つが、それが故に点を取られることやそのビハインドを追うことに慣れていない。なので、戦力の割に大舞台で弱いとされる。

今回も、それが顕著に出た。1点が入れられてしまうと、途端に特に中盤やDFの動きに焦りが見られ、ミスが目立った。もちろん、レッズによるハイプレスの影響もあるのだが。


その勢いで前半の42分には秀徹がディフェンスのパスミスを拾ってゴールにそれを押し込み、チャンピオンズリーグにおける初ゴールをあげた。そもそも日本人にはチャンピオンズリーグでゴールを決めた選手があまりいない。18歳にして決めるのは、世界では最年少というわけではないものの、日本人ではぶっちぎりの最年少だ。



レッズにとって充実の前半が終わったところでハーフタイムに入り、パリシティの選手たちは落胆の色を見せながらドレッシングルームに下がっていく。そこでネイワールは中盤の選手たちに、


「とにかく俺にボールを回してくれ。なんとかする。」


と頼み込む。莫大な移籍金をかけられて移籍してきた彼。彼への期待度は高い。


「わかった。俺たちも焦らず守備をしよう。ネイワール、頼むぞ。」


キャプテンのシムバはそう返答する。ここからパリシティの逆襲が開始した。



パリシティの監督エナミも、この状態を打開するためにチアゴ・トッタを下げてビルドアップ能力とディフェンスに富むマリキーニョスを投入。中盤をぶっ飛ばして一気に前線へとロングパスを通せるようにした。

後半と同じように、秀徹たちはハイプレスをかけに行く。だが、パリシティはマリキーニョスやシムバを中心にロングパスを前線へと送る。フィジカルの強いナバッペやOMFのマレアはそれを自身の物とすると、独力で攻撃を構築していく。


マレアによる正確無比なスルーパスを爆発的なスピードを持つナバッペに供給される。ナバッペのスピードには、秀徹並のスピードを持つロバートですら追いつけない。とんでもないスピードだ。

さらに、彼はドリブルも上手い。ネイワールや秀徹には劣るものの、その速さと178cmとそう大柄ではないがガッチリと引き締まった肉体による強靭なフィジカルを武器に、一人や二人のディフェンスなら物ともせず突破していく。一旦はデークによってその攻撃は阻まれたものの、後半の始めからレッズは脅威に晒されることになった。



そうとなると、レッズも落ち着かなくなる。戦術は一貫性が重要だ。ミスを多少しても、それを貫くことが勝利に貢献するのだ。ただ、今のレッズは戦術として完成されたばかり。今までにない敵の強さの前に、動揺して中盤は少し引き気味になってしまう。


レッズはプレスを三段階に分けて行っている。第一波はFWの三人とOMFのコウケーニョによるハイプレス、第二波はCMFの二人と両サイドバックによるプレス、最後はデークらCBによるプレスだ。最後のは最終手段だし、発動しないことも多いが、第二波までを確実に発動させなければクラップ監督が理想とする戦術は成立しない。

中盤が引き気味になると、第一波の選手たちとCMFが分断され、その隙間にスペースができ、そこで好き勝手されてしまう。さらに先述のように戦術の不徹底にもつながる。最悪の事態だ。


そんな状況下で、ネイワールにボールが回る。彼は間違いなく世界最高のドリブラーだ。異常なまでのテクニックと体のしなやかさを駆使して、相手をもてあそぶように抜き去る。

ネイワールにマークしていたのはお世辞にも守備が上手いとは言えないアレキサンダー。予想通りネイワールにあっさりとかわされ、ネイワールは左サイドを独走することになった。


アレキサンダーがあまりにもあっさりと抜かれてしまったため、守備陣営は戻りきれず、中盤の二人も下がったとはいえアレキサンダーの代わりにプレスに行くには遠く、自陣を固めるにも遠いという絶妙に不適切な位置に居た。

故にネイワール、カバーネ、ナバッペvsCB二人という不利な状況となってしまった。ただ、ここで光ったのがデークの守備能力だ。

数的に有利な状態ならば、攻撃する選手にはあらゆる選択肢が与えられる。横パス、スルーパス、縦へのドリブル、カットインなどなど。

しかし、デークは相手の選択肢を極限まで狭めさせながら相手からボールを奪取することを咄嗟に出来る選手だ。相手のパスコースやドリブルできるスペースを瞬時に察知してそれを自身のポジショニングで消失させるのだ。さらに相手が何をするのか読むのも上手い。

百戦錬磨のドリブラーであるネイワールが縦にドリブルしようとしたのを瞬時に読み取り、大胆にスライディングして足を出す。デークの位置取りは超絶妙だった。ボールはデークの足にすくい上げられ、すぐにデークはクリア。なんとか三人による攻撃は防げた。



その後、クラップ監督はCMFに戦術理解度も高く、ディフェンスも出来るミレナーとエムレ・ギャンを投入。通常通りハイプレスをさせるようにし、レッズに前半のような勢いが戻ってきた。

後半25分にはパリシティの個の力に屈してネイワールのグラウンダークロスにカバーネが合わせて追撃弾を炸裂させたが、直後に点を返して気が緩んだパリシティのDFを食い破るように秀徹とマニャが攻め立て、最後は秀徹がミドルシュートを放ち、ゴールを揺らした。


試合が終わってみれば、危うい場面もあったもののパリシティという強敵に対して3-1。クラップ監督の交代策が明らかに効果的であった。

コウケーニョはやはり彼には卓越した采配力があると確認できた。だからこそ、サリーを中心とする起用法をし続ける理由がよくわからなかった。


(何か考えがあるんだろうか…。)


コウケーニョは夏の移籍こそ逃したものの、着々とバルサシティとの移籍交渉を進めている。冬の移籍期間には移籍することが秒読みの状態だ。

だが、コウケーニョは自身の才能を見出してそれを伸ばし、起用し続けてくれたレッズに感謝しているし、未だリーグ優勝をしたことがないレッズに優勝を果たしてほしいと願っている。チャンピオンズリーグでも同様だ。

それにはチームが一丸となり、力を100%引き出せる状態を作り出すことが必要だ。現実的には、今の最強フォーメーションは今日のコウケーニョをOMFに置き、秀徹、フェルノーネ、マニャを3トップに置くもので間違いないはずだ。なのにあえてサリーを中心に据える意味がわからない。


(少し様子を見てみよう。次からはそれも改善されるかもしれない。)



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:9000万€

今シーズンの成績:5試合、4ゴール、2アシスト

総合成績:67試合、49ゴール、23アシスト

代表成績:3試合、2ゴール、1アシスト

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