初陣

練習試合で確かな手応えを掴んだクラップは次の練習では嬉しそうに練習場に入ってきた。

秀徹も前回の試合は非常にやりやすかった。一緒にプレッシングする相棒のフェルノーネやマニャが上手かったからだ。世界的強豪であるバルサシティにもあそこまで上手く立ち回れたのだから、本当にチャンピオンズリーグ優勝や、プレミア・リーグ優勝もあり得るかもしれない。秀徹は今シーズンの開幕に胸を踊らせた。



〜〜〜〜〜



リヴァプール・レッズ。現代のプレミア・リーグにおいてビッグ6と呼ばれる強豪の一角にして、世界屈指の歴史と実績を持つクラブチームだ。恐らく、日本人が今まで所属したチームの中で最も強い。


プレミア・リーグの情勢についても書き記したい。

プレミア・リーグの昨季優勝はロンドンブルーズである。エースのハザードらを起点にした彼らのカウンターサッカーは非常に強力であり、文句なしの強さを誇っている。今年も優勝候補である。

また、名門であり知名度や人気も抜群のマンチェスターユニオンも優勝候補の一角だ。自身をスペシャル・ワンだと語り、クラブミラノやクラブマドリードで監督をしてきたモウレーニが率いるクラブで、世界一のGKと名高いディベアや若手MFポルバなどを揃えている。去年は6位という不甲斐ない結果に終わったが、ヨーロッパマスターズリーグを制覇。大型補強も相まって期待がかかる。

他にも、昨季得点王のケレンが在籍するクラブトッテナムや超攻撃的サッカーでお馴染みのアーセナムなども強い。


ただ、今年の本命はなんと言ってもマンチェスターブルーズである。グアディオ監督が率いて二年目になるこのクラブでは、ようやく難解な彼による戦術も浸透しつつあり、LWGのサニャ、RWGのスターレング、CFのアグイロ、OMFのデブライルなどはポゼッションサッカーの妙をすでに習得していた。昨季は3位フィニッシュだったものの、今季はかなり強そうである。



さて、8月中旬のプレミア・リーグ初戦、相手はロンドンクリスタルズ。昨季11位と奮戦したが、レッズからすれば勝って当たり前の相手である。

ホーム戦となっており、レッズのファンはこぞって試合を見にアン・スタジアムへと赴く。レッズはアン・スタジアムで絶対的な強さを誇る。 (逆にアウェイ戦ではめっきり弱いのだが…。)ファンたちも彼らの勝利を疑わない。


そして、フォーメーションが発表されると彼らは狂喜乱舞する。二年間ファンが待ち焦がれていた選手がついにアン・スタジアムへと足を踏み入れることになったのだ。


4-3-3のフォーメーションで、今日はOMFにコウケーニョを置き、3トップには右からサリー、秀徹、サニャが入る。スピードスタートリオである。

選手入場の際、秀徹がピッチに足を踏み入れると、スタジアムから歓声が沸く。二年前に初の日本人選手として加入し、街はその有り得ないほどのテクニックを持つ少年を驚きとともに迎え入れた。そんな彼がレンタル先のシュトゥットガルトでリーグベストイレブンに入り、さらに次の年にはセリエAでMVPを獲るなんて。信じられないことだった。

当時は0€だった彼の価値は現在1億€。世界トップレベルの価値となり、リヴァプール・レッズでは最高値だ。期待しないはずがないのだ。



キックオフ直前、秀徹はもう一度気合を入れ直す。今からプレーするのは、全世界のサッカープレイヤーたちの夢の舞台であり、世界最高峰の舞台。自分の憧れていたリーグの1つだ。

ここで彼はふと父の言葉を思い出した。「お前なら世界一の選手になれる。」この言葉は言うのは易いが行うのは本当に難い。

今まで世界一だと言われた選手たちは誰もクラブキャリアにおいて大きな失敗をしていない。無論、細かいミスは付き物だが、一度でも通用しないリーグやクラブチームがあろうものならば、そこでは通用しなかったというレッテルが貼られ、そこで通用した選手と比較されて落とされる。故に秀徹に失敗は許されない。



数秒後、ホイッスルが吹かれて試合は開始。秀徹がキックオフのためにボールを蹴ると、それだけでシュートでも打ったのかと思うほどの歓声が上がった。


「こんなに興奮しているアン・スタジアムは見たことがないなぁ。」


というのが二年間監督を務めてきたクラップ監督の率直なところだ。


キックオフすると、コウケーニョがボールを持ってゲームを進める。コウケーニョはスピードはないがドリブル突破に秀でていて、パスセンスも抜群に高い。本来はLWGを得意とする選手だが、OMFとしても必要とされている能力を高いレベルで備えている。プレミア・リーグでも屈指のOMFだ。

ロンドンクリスタルズは、比較的低い位置で守備をするチームで、今回も4-5-1のフォーメーションでガッチリと守備を固めている。彼らはそうやって守りを固めて、ボールを奪ったらすぐに前線にいる強力なFWであるザフや元レッズのCFのベンテクに渡して決めてもらうという戦術だ。特にザフは異次元のスピードで相手を何人も突破できるような選手。油断できない。



コウケーニョからの攻撃はサリーとアレキサンダーとのすれ違いでボールをロストし、失敗。次は相手の攻撃に切り替わろうとしていた。が、ここでレッズのゲーゲンプレスは発揮された。奪われた瞬間、サリーはボールを奪いに動き、本来ならRSBでDFのアレキサンダーも後ろへ戻るだろうが、戻らずにサリーが出て行って空いたスペースを埋めてパスコースを切った。

さらに秀徹がサリーと連動してボールをカットしに行き、そのスペースをコウケーニョが埋めに行く。これぞクラップが目指したゲーゲンプレスであった。


ロンドンクリスタルズは戸惑う。確かにゲーゲンプレスをして来ることは知っており、ある程度対策していたが、これほどに速く、パスする隙を与えないとは思ってもいなかった。特に秀徹とサリーによる異常なスピードのプレスは彼らの心を動揺させ、焦らせ、安全な後ろへのパスを選択させていく。これはレッズの思う壺であり、結局GKに渡ったボールはクリアされていく。大抵のGKはフィールドプレーヤーほど足元の技術が高くない。

近年は足元の技術を求められつつあるが、それよりも当然ながらセービング能力を優先させるため、セービング能力も高くて足元の技術もあるGKなどそうはいない。故に、GKがクリアしたボールは味方の元に正確には飛んでいかない。全体的にポジションを押し上げているレッズにそれもカットされ、またレッズの攻撃が始まった。



前半12分には連続される攻撃で疲れてきたところを、秀徹がドリブルを持ち込んで相手を二人抜いて最後はスルーパスに反応したマニャがシュートしゴール。マニャは高い身体能力を活かして体をバネのように使って足を伸ばして、普通では届かないようなボールにも足を伸ばして届かせた。


さらに消極的になったクリスタルズに畳み掛けるように、攻撃を仕掛けたレッズは、20分にコウケーニョによるミドルシュートで追加点をあげた。クリスタルズはレッズを恐れてさらに引いて守るようになったので、コウケーニョが左斜め45°ほどの場所からカーブシュートでゴール右隅を狙い、ゴールを決めたのだ。



最早、この試合は対決というよりは蹂躙という方が相応しいような試合だった。クリスタルズのファンにとっては最悪のスタートになったはずだ。試合結果は5-1。

クリスタルズは一点返したものの、これはGKのロレスがやらかしてしまったが故のゴール。DFに何か落ち度があったわけでもなく、相手としても褒められたような一点ではない。強いて言うなら、落ち着いて決めきったベンテクは褒められても良い。


この試合は、クリスタルズの特定の選手に攻撃を任せるようなスタイルがレッズによって打ち破られ、弱みが浮き彫りになった。中盤がほぼ機能していなかったから、その選手たちにボールが回らなかったのだ。

逆に、レッズは力を発揮し尽くした。3トップのスピードスターはお互いに力を出し尽くし、

サリー 2ゴール1アシスト

マニャ 1ゴール

コウケーニョ 1ゴール1アシスト

秀徹 1ゴール1アシスト

とそれぞれが1ゴールずつ決める活躍をした。少し自己中心的だったが、サリーはファンが目を見張るような決定力で2ゴールをあげた。コウケーニョも三人を助け、自身も輝いていた。

秀徹もフリーキックではあるが、コウケーニョにキッカーを譲ってもらって1ゴール。美しいシュートだったということもあって、観客は今日一番の盛り上がりを見せた。


今後、この3トップはシュウトのS、サリーのS、サディオ・マニャのサディオからSをそれぞれ取ってトリプルSなどと呼ばれることとなり、レッズの新たなスタートリオとなるのだった。



〜〜〜〜〜



「やったな、シュウト!」


試合後、クラップは秀徹に駆け寄る。誰よりも彼の成功を願い、彼がゴールを決めた時に喜んだ人物だ。


「ええ、あの時監督に出会えて良かった!こうやってゴールを決められたんですから!」


秀徹もそれに喜びの顔で応える。


一方で、それを気に食わない顔で見つめる人物もいた。サリーだ。

彼は初加入で2点のゴールを決めた。普通ならば彼こそが最も称えられるべきであり、祝福されるべきだ。しかし、されない。


(そうか、僕には監督の寵愛はないからか。)


サリーはそう感じ取る。秀徹は特にこのチームで大切にされている選手だ。練習のメニューや管理のされ方も明らかに他の選手よりも異質であり、クラップが執着していることは目に見えている。

サリーは、精々評価額は4000万€程度であり、実際それぐらいの値段でローマから移籍してきた自分とは違うのだと思い知った。ただ、それは受け入れがたい事実であり、覆してやりたいと考える。


(僕が定位置を確保して、絶対にアイツよりも成績を取ってやる…!)


彼の心では嫉妬と彼への憎悪の炎が渦巻く。ここから彼の快進撃は始まるのだった。



無論、このクラップの溺愛っぷりを快く思わない選手は他にもいる。今回はベンチを温めることになったフェルノーネもその内の一人だ。しかし、サリーのような思いはない。彼は生粋のチームプレイヤーであり、レッズが勝てれば嬉しいし、レッズのためならば自分はベンチを温めることになっても良いと思っている。


皮肉なことに、強い選手になればなるほどエゴも強くなり、出場機会や相応の報酬を求める。フェルノーネのように例外もいるが、多くはその例外に当たらない。レッズはコート外で大きな混戦に呑まれていくのだった。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:1億€

今シーズンの成績:1試合、1ゴール、1アシスト

総合成績:63試合、46ゴール、22アシスト

代表成績:3試合、2ゴール、1アシスト

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