瓦解

「アイツなんか張り切ってるなぁ…。」


「ホントだよなぁ〜、何かあったんか?アイツ。」


コウケーニョとマニャは二人でサリーを見て話している。加入当初から熱心に練習する選手ではあったが、今の彼はそれとは別人のように真剣な眼差しで練習に励んでいる。特にシュートに関する練習は非常に熱心だ。

それに、内申上げに勤しむ受験生のごとく、毎日クラップ監督の元を訪れては戦術やどのように動くべきかを質問している。どうにも、コウケーニョやサニャには、それが本心から質問をしたくてやっているようには思えなかった。


(そこまで出場機会を確保したいか…。)


コウケーニョはぽつりと思った。



リーグ戦第2節、期待されるレッズは3トップをコウケーニョ、フェルノーネ、サリーとし、秀徹とマニャをベンチスタートとした。


(なんだろう、この違和感ある配置は…。)


練習では秀徹はフェルノーネよりも良いパフォーマンスをしていたし、戦術的にもコウケーニョを出すならばフェルノーネは役割が少々被る。秀徹かあるいはCFも出来るマニャを出した方が良い。だが、フェルノーネが出ている。


(これは…、サリーに結果を出させるための布陣じゃねえか。)


フェルノーネはCFとしては珍しい、味方をサポートしてポストプレーやペナルティエリア内でのアシストを重視している。コウケーニョは自分でも狙いに行くがアシストも多い。

もしや、クラップに毎日サリーが通っていたのはこの布陣を試させるように働きかけていたのではないかとすら思ってしまう。


そう思ってクラップの方を見ると、何だか目が濁っているように見える。コウケーニョから見ても、秀徹は確かに可愛がられていたが、それも彼の才能と若さに裏打ちされたものであり、不当とは全く思わない。クラップはそのことをサリーに指摘されて考えを変えたのだろうか?



コウケーニョが険しい顔でクラップを見つめていると、試合が始まった。相手は格下ということもあり、レッズが有利に立ち回った。現在、クラップが目指しているのはカウンターサッカーではない。ポゼッションでもない新たな攻撃的サッカーである。

出来る限りボールを失わずに素早いサッカーを展開し、ボールを奪われたらすかさずゲーゲンプレス。ディフェンスラインも高く保ちながら、もし相手がパスを繋ごうとしても、リスクを覚悟の上で早いうちに潰そうというものだ。理想的なのは前回のクリスタルズに対して行った断続的な攻撃である。

とはいえ、難しいのは事実なので、布陣を調整中である。今回は3人CMFを置く形だが、これは攻守のバランスは保たれるものの、断続的な攻撃を保てないことがわかった。いくら3トップがプレミア・リーグ屈指の攻撃力を持っていようが、毎回上手く行くわけじゃなく、途中でバックパスを選択せざるを得ないこともある。そういう時にOMFを置いてボールを拾わせないと対応できないのだ。フェルノーネは攻撃の組み立て時には確かにOMFぐらいの位置を取るが、攻撃時は通常のCFと同じくエリア内で待機したりスペースに飛び込むのでそこはクラップの計算違いだった。


とはいえ、90分あれば独力でゴールをこじ開けられるようなチームだ。後半25分にサリーがコウケーニョのパスを受けて抜け出し、ペナルティエリア内で一人をキックフェイントでかわし、シュート。グラウンダー性のシュートはゴールの片隅に刺さった。が、格下相手に1-0。ディフェンスは比較的上手くいってクリーンシート (無失点)を達成したものの、攻撃面で課題があった。


後半、マニャはフェルノーネに代わって試合に出たが、秀徹は今回ずっとベンチを温め続けた。そのこともコウケーニョは不満だったが、何よりサリーの強引で独りよがりなプレーで幾度か得点機を逃したことに怒りを隠せなかった。


「おい、ムハメド (サリーの名前)。どういうことだ。何であの時パスを出さなかった。」


「いつの話だ?僕は献身的に…」


「うるせえ、いつの話かわからねえのはそういう場面が何回もあったからだ。フリーだったフェルノーネや俺に出せば点が入ったかもしれないシーンをお前は踏みにじりやがった。」


「それは違う、それに君らに渡しても決められたかはわからないだろう。」


「ふっ、お前がシュートを無理矢理打つよりも絶対にマシだ。」


コウケーニョはサリーに迫ったが、サリーは断固として非を認めない。コウケーニョはフェルノーネに止められてそれを中止したものの、両者の中には大きな溝ができてしまった。止めに入ったフェルノーネもサリーの独りよがりなプレーに対しては不満を持っていた。コウケーニョが抗議していなかったら、彼が抗議していただろう。



翌週から始まった練習でも、溝は埋まらないままであった。チームリーダーのヘンドレーソンもこの状況はまずいと思ったかサリーと話し合うが、サリーは自身のゴールを持ち出しては、


「僕は結果を出してる!それを妬んでる君らが勝手に僕が自己中心的だということをでっち上げてるだけだ。」


と主張している。クラップはあまりこの事に関与せず、たまにサリーと話している程度だ。紅白戦では誰を持ち上げるわけでもなくチームを分けているが、公式戦となるとどう考えてもサリーに有利なフォーメーションを組んでいる。



リーグ5節を終えて、秀徹は4試合2ゴール1アシスト。フル出場はわずか2試合。他の2試合は後半からの出場だった。全く悪いパフォーマンスではないにも関わらず、この扱いは酷かった。コウケーニョは辛うじて出場機会を減らされてはいないものの、サリーとの接触が少ないLWGを担当し続け、その影響でサニャの出場機会が圧迫された。

特に3トップのトリプルSと持て囃された三人はともに出場する機会も第1節以来ない。サリーの成績は4試合5ゴール1アシストと調子が良いが、アシストが第1節以来ないことなどから独りよがりなプレーが未だ続いていることがわかるだろう。

レッズのチーム成績は3勝1分1敗。直近の三試合は1勝1分1敗と苦戦している。今年の優勝候補筆頭であるマンチェスターブルーズは5戦全勝で1位を独走している。レッズは現在5位。悪くない順位だが、決して目指していた順位ではない。



〜〜〜〜〜



「明らかにサリーはおかしいぜ、アイツのせいでチームの連携ってもんがめちゃくちゃだ。」


アレキサンダーは同学年で仲良くなった秀徹に愚痴る。


「ホントはシュウトと一緒に右サイドで攻めたいのによ。確かにアイツは上手いし速いけど、戦術とか連携を崩しやがる。なんとかならないかなぁ。」


秀徹は、本来RWGではないのは置いておくとして、点を決めることと良い選手であることは同じではないということを思い知った。人の振り見て我が振り直せではないが、今彼は1試合に1点以上を決める素晴らしい得点力を発揮している。それは稀有なことで、とても素晴らしいが、彼がいなければ2点決められたのに彼がいたことでそれが、1点になってしまったら意味がない。今の彼はそういうことをしている。

直近の3試合、サリーは一度休憩も兼ねて欠場したが、その時は強豪のアーセナムが相手だったにも関わらず結果は3-1で内容的にも圧勝。完璧なプレーを見せつけることができた。だが、その他はサリーが出場して1分1敗。得点者は彼だけだ。



次の試合はチャンピオンズリーグのグループステージ第1節だ。このチャンピオンズリーグはグループステージで4チームがホームアンドアウェイの総当たり戦を行い、上位2チームが決勝トーナメントに進める。この名誉ある大会に臨むにあたっては、各クラブチームは各々が所属するリーグ戦よりもこちらを重視する傾向すらある。

この大会にコンスタントに出場し、決勝トーナメント進出の常連になることこそが強豪の基準でもある。レッズはリーグ戦はチャンピオンズリーグ出場権獲得を目標にしているものの、チャンピオンズリーグでの目標は決勝進出と大きく出ている。



その目標遂行のため、第1節で戦うパリシティにも負けられない。パリシティは、アラブの石油会社が資本元となっているクラブで、莫大な予算を武器に各国から強い選手を獲得しまくっている。所属するフランスリーグはドイツよりもレベルが低いとされ、多くのスター選手にとって魅力的とは言えないが、彼らは莫大な金で選手を釣って、長い契約を結ばせ、契約満了まで移籍させずに囲うという方針をとっている。

今年は、バルサシティからネイワールを史上最高額の2億2000万€ (約286億円)で獲得。さらに、モナコで活躍していたフランス人FWのナバッペをレンタルで獲得した。4-3-3の3トップを形成するLWGネイワール、RWGナバッペ、CFのウルグアイ代表のカバーネは欧州最強との声も多く聞かれ、フランスのリーグ・アンでも1位を独走している。


対して、クラップ監督はある決断をした。サリーをベンチに下げることだ。

4-3-3でOMFにコウケーニョ、LWGに秀徹、CFにフェルノーネ、RWGにマニャを配置した。


サリーはこの決定に不服そうにクラップ監督を見る。だが、クラップはそれを一瞥しただけで彼には何も言わず、


「今日は前線からどんどんゲーゲンプレスやハイプレスをかけていこう。相手はFWに強力な選手を揃えているが、そこにボールを渡さなければ何の問題もない。徹底的に前線から潰していこう。」


と全体に対して呼びかけた。全世界が注目するリヴァプール・レッズvsパリシティの対決が始まった。



高橋秀徹


所属 リヴァプール・レッズ

市場価値:9000万€

今シーズンの成績:4試合、2ゴール、1アシスト

総合成績:66試合、47ゴール、22アシスト

代表成績:3試合、2ゴール、1アシスト

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