葉桜の君に 夕紅桜
世楽 八九郎
続き
名前には魔性が宿る。
その男にとっては春川桜子というのがそれに該当したのだろう。
春の夕暮れ時を足早に帰ろうとしていた彼の足をこの公園に縫い付けたのは満開の桜ではなくその名前なのだから。
一本の桜の木とジャングルジム、ブランコとベンチが二つの人気のない小さな公園に彼女はいた。そこへ通りかかった真面目ぶった服と不釣り合いなスニーカーという
彼女はにこりとして『春川桜子です』と返した。
そのぎこちなさからしてこの春に生徒と担当教師になった間柄であろう。女学生の制服と背丈からして中学生だろうか。男は彼女が座るベンチとは別の方へ腰かけた。そこで初めて桜の花に気づいたのか、それを指して彼女の方へ笑みを浮かべた。男の反応が面白かったのか彼女はくすくすと笑う。
それをきっかけに二名はしばし他愛ない話を交わしていたようだったが、やがて彼女は何かを訪ねたようで男は答えに
ベンチに腰かけて自身の膝がしらの辺りを示す様に指を踊らせながら、二度同じ言葉を紡いだように見えた。その仕草は優雅なものだったが、男をじっと見つめている様子から彼女にとって重要な問いかけなのだろう。
やがて男が身じろぎしてなにがしか伝えようと喘ぐように口を動かすが舌がもつれるばかりで明瞭な言葉にはならなかった。
そんな男の姿を見て彼女は走り去った。そう形容するには幾分優雅な足取りで。
人気のない夕暮れの公園に男と満開の桜だけが残された。
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